SELENE

ONE DAY

 

 

 

 京の一日。

 朝、目覚めはとことん悪い。
 ようやく眠りに差し掛かった頃の起床は、流石に辛い為だ。
 恋人に強く諭され、なるべく早くベッドに入るようにしているが、どうも睡魔とは縁が薄いようで、浅い眠りを何度も繰り返しながら夜を過ごす。
 起き抜けの彼は文字通りゾンビ。仮に殴られても気がつかない可能性は高い。
 一日の平均睡眠時間は総計3時間ほど。最近はあまり悪夢を見ないようになり、徐々に長い時間眠れるようになり、大きな進歩が見える。
 無理やり起こした身体をふらつかせながらバスルームへ直行。水に近いシャワーを使い、なんとか意識を10%ほど取り戻す。
 母親が居るときは朦朧としながらも朝食を取るが、基本的に家族は不在がちのため、一人のときは水のみを摂取。
 あちこち身体をぶつけながら身支度を整え、今日は何月何日の何曜日だったかを確認。
 教科書は各2部購入し、1部は学校のロッカーに放り込んでいるので、ノート数冊のみで登校。
 この頃になると、だいぶ意識がはっきりしてきて、人の顔が見分けられるようになってくる。
 片道数十分の通学路の途中、数少ない友人に声を掛けられるが、生返事しか返さないので、あとでいつも後悔。希薄な生活学習能力を、人知れずあちこちで披露しつつ、授業開始。
 1時間目から体育があると地獄だが、他の教科の場合はなんとか教師の話を聞くことが出来る。
 得意科目は数学と化学。苦手科目は国語。
 実は英語授業もあまり得意ではない。何故かと言えば、あまりにも設問が難解で、求められている意味を考えるのに疲れてしまうから。よほど「この文章を翻訳しなさい」と言われたほうが楽で、そのたびに日本語は難しいと感じている。
 昼食。体調によっては、ほとんど物を口に出来ないが、食べられるときは学食か、買い弁。
 米粒よりもパンのほうが好き。肉や濃い味付けが苦手なので、大概野菜サンドを食べている。カフェテリア形式の学食でチョイスした場合の品揃えは、毎回ご飯、味噌汁、冷奴。おまけについてくる新香がご愛嬌というラインナップは、ほぼ老人食。
 コーヒーはブラック。恋人と一緒の時には、胃を心配されてミルクを入れられてしまうが、普段一人のときは、濃いエスプレッソのような味を好む。だが、炭焼きコーヒーはあまり好きではないらしい。
 学校の昼食を一緒に食べるのは、大体決まった友人とだが、一人でさっさと済ませることも多い。
 休み時間は本を読んでいるか、屋上でぼんやりしている。誰も居なくていい天気の日などは、少しウツラウツラすることもある。
 部活動はしていないが、時々親友が所属する剣道部の練習風景を見に行くこともある。
 徒歩で帰宅。このくらいの時間に一度、携帯電話に連絡が入る。勿論マメな恋人からだ。
 受話器から聞こえる声に、相槌を打ちながら帰宅路を少し外れ、近くの公園へ。
 これから逢う場合はそれぞれの予定を。そうでない場合は少し長く話を。
 今日は恋人のアルバイトの日なので、逢うことが出来ないと最初から了解済み。
 15分ほど話をしたあと、電話を切る。
 切る直前、真っ赤になって口ごもったのは、皆様のご想像通りのセリフを囁かれたせい。
 顔のほてりが引くまで、すこしその場でやりすごし、その後帰宅。
 家に誰かが居るときはそのまま夕食が始まるが、一人のときはシャワーを浴び、すっきりしたところで、常時付けっぱなしのマシンの前へ。 1日分のMAILをチェック。平均300通ほどのMAILを受信するが、約半分はDMなのでタイトル確認のみで削除。残りも企業の打診や仕事の依頼、もしくはハント系なのでほとんど無視。
 恋人からのMIALはフィルターを通してPASS付のフォルダに格納されるようにしているので、まずそこを開く。
 どんなに忙しくても、一日一通はかならずMAILを寄越す恋人のマメさに感心しながら、その内容にまたしても顔を赤くする。
 色恋というやり取りに、彼はいつまで経っても慣れないようで、誰も見ていないというのに、文面を見ては赤面し、思わずといった風に周囲を見回す。
 赤面しつつ、ウインドウを閉じては開きを繰り返しながら、返事をどう書くべきか、かなり悩んで苦しむ。返事を書かなくてはいけないというプレッシャーにハンベソをかきつつ、必死の思いで打ち込んだ内容が、大層あっさりした出来栄えで、己の文才の無さに毎度がっくりと肩を落とす。
 何度も読み返し、そのたび10分ほど悩み、手が付けられなくなりとりあえず送信。
 送った後、必ず後悔するが、出さないほうが心配をかけるので、コレで良しと、無理矢理自分を納得させる。
 その後、宿題があればそれをこなし、依頼された仕事があればそれにも手を付ける。
 一人の時の夕食は、それが落ち着いた大体21時頃。
 出来合いは好きではなく、冷蔵庫にある材料を調理して食べることが多い。
 今までならば、面倒だと感じたら食事を抜くことが多かったが、これも恋人に諭され、なんとか習慣付けるようにしている。
 一息ついた深夜23時、電話が入る。恋人からだ。
 アルバイトのある日に、夜、連絡が入るのは珍しい。驚きつつも、声が聞けるのが嬉しくて、自然に顔が緩む。
 恋人のアルバイトが明日中止になったので、逢わないかという誘いだった。
 勿論断る理由はない。
 約束の時間を決め、電話を切る。
 もう一度シャワーを浴び、今夜はゆっくり眠れそうな気持ちにほっとしながら就寝。

 そんな京の、普通の一日。


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