SELENE

<なーすのおしごと>

 

「鑑賞用の患者さんがまた減ってしまった……」
「まったくだわ」
「アタシなんか、いかに退院を長引かせようか、真面目に考えちゃったわよ」
「な、なんか否定できないわ」
 なんとも不届きな会話であるが、気持ちは解らなくはない。
 今年頭から外傷と栄養疾患で入院していた、いかにもワケアリで儚げな高校生に、病院内の人気が密かに集まっていたのは確かだが、何よりも毎日通ってくる麗しの見舞い客達が、ハードな毎日を送る看護士達の心のオアシスとなっていたのだ。
「あの子が退院しちゃったら、お見舞いに来るあのチョー美形の同級生や、あの子と関係がちょっと妖しい美人のお兄さんも来なくなっちゃうってことよねぇ」
「あぁーん、なんか一気に寂しくなる〜」
「あ、あ、やっぱしあの関係妖しいって思う?」
「ムチャクチャ思うわよー」
「毎日来てたしね」
「極めつけ、自分も怪我して入院しちゃうし?」
「個室にベットもう一つ! だもんねぇ」
「だってだって、あの雰囲気! もう見てる方が照れくさくなっちゃうって言うか!」
「いっやーん」
 残念ながら、二人の関係がそういう意味で『怪しい』とは思いながらも、実際イチャコイていたり、ちゅぅしてる場面に遭遇した幸運者は居ない。
 唯一、人目に晒されたとも言える、拓也が救急で担ぎ込まれた時のあのドタバタは、的場の戒厳令で現場に居たもの皆、口を閉ざすことを求められていた。
 つうか、言われるまでも無く、目撃者達は一様に『もったいないから話したくない』『アタシだけのヒミツ』というのが正直な気持ちなのかもしれない。
 とはいえ、『絶対内緒ダヨ』とか言いながら、一部では密かに広がってゆくことも、哀しいかな人の性なのだが。
 そんなこんなで、漏れ広がる噂に尾鰭が付いて一人歩きし、耳に入れた者達のよからぬ妄想に拍車をかけ、働く女性達のヨコシマナ煩悩を刺激していたのが、つい昨日までの状況だった。
「やぁっぱしサビシーわよねぇ」
「検温楽しみだったのになー」
「担当になれて喜んでいたもんね〜」
「再入院って聞いたとき、思わずガッツポーズしちゃったわよ」
「こらこら」
「傷の手当てだって、もう……ウフフ」
「いやぁねぇ」
「だぁって私の担当、平均年齢65よ?あの子が居たから65だったけど、あの子が退院しちゃったら73まで上がるんだからね!」
「仕方ないじゃない。私だって71よ」
「それはそうだけどー」
「302の自称ヤンエグ(死語)さんはどうよ」
「40点」
「カライわね〜〜」
「だぁって」
「まぁね、あれだけ麗しい軍団見ちゃったら辛くもなるわ」
「あー、元気な入院患者来ないかなぁ」
「なによそれ」
「人間ドックとかさ」
「あ! それナイス!」
「上限35! 美形独身金持ちなら45までオッケー!」
「きゃははは」
「わははは」
「……はー」
「あーあー……」
「さ」
「仕事するか」
見目麗しい患者も見舞い客も来なくなってしまった大学病院の看護士達は、次の獲物を探し、またハード且つ、いつもの代わり映えのしない一日へと突入していったのであった。

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