SELENE

<be on a date>

 

 天気の良い昼下がり。
 静かなクラッシックとコーヒーの良い薫が漂う、漆喰と腰壁が美しい古い建造物を利用した品の良いカフェ。
 まるでプライベートスペースのような、小ぢんまりとしたサンルームに通され、アンティークのテーブルに向かい合って座る。
 日差しに気持ち良くなりながら、運ばれてきたコーヒーを飲んでいると、突然拓也さんが言った。
「ねえ? 京は僕と正也、どうして解るの?」
「え?」
 俺はいまいち質問の意味が解らなくて首を傾げた。
「僕たちは本当に似てるらしくて……、まぁ『わざと』似せてる所もあるんだけど、大概の人は見分けがつかない。母親でも時々間違えるくらいなんだよ」
「ふーん……」
 拓也さんは拓也さん。正也さんは正也さんだろう?
 確かに2人は顔や体つきが本当にそっくりで、お遊びのつもりか、よく同じ服を着ているけど、違うだろう? 持っている空気が。全然……。
 あぁでも、確かに具体的にどこがって聞かれても……上手いこと言葉では答えられないかもしれない。言葉じゃ難しいな。……うーん、ちょっと考えてしまう。
「ふふ……」
 俺が真剣に答えを探しているのに気付いたらしい拓也さんの奇麗な顔が優しく笑った。途端に自分の顔が赤くなるのを自覚する。
 俺は自慢じゃないが口下手で、しかもあまり表情が顔に出ないほうなので、周りにいらぬ誤解を与えていると勝也によく叱られる。
 感情にも大きな波が出ないから、何を考えているか解り難いとも。
 でも、拓也さんを前にするとそれが通じないというか、如実に表れると言うか、現われないと言うか……なんというか……俺が俺じゃなくなる。
 口下手の度は増すし、そのくせ拓也さんの一挙一動に焦り、慌て、動けなくなってしまう。
 なによりも赤面するのが……ものすごく恥ずかしい。
「どうして解るのかな?」
「…………よ……」
「『よ』?」
 う……、上手く言えない。
 『夜の海』なんて説明……キザすぎ……駄目ダメじゃん。
 ああ……俺、小学校から国語もう一回やり直したい。
「……あ……」
「『あ』?」
 た、たのむ。……突っ込まないで欲しい。
 助けてよ、もう。
「愛の成せる技」
 って事にしておこう。月並みだけど間違いじゃないし、これならシャレでも通じる。
 ん? ……あれ? 返事が無い。
「……え?」
 うわ。拓也さんの顔赤い。初めてみた。
 なんか……なんか……可愛い。というか、いつも取り乱されるのは俺のほうなのに、面白い。
 なんとなく勝った様な気分ていうか、嬉しくなってクスクスと笑ってしまう。
 拓也さんの目がちょっと悔しそうになる。俺はそれを見てまた笑った。
「……ねぇ京?」
 コーヒーを一口飲み、拓也さんはふぅとため息をついた。
 たったそれだけで、すっかりいつも通りに気を取り直した目の前の奇麗な人が、ちょっと意地悪そうに俺に囁く。
「京は、いつになったら僕の事『拓也』って呼んでくれるのかな?」
「……!」
 俺が赤面するのが解っていて、この人はこういう事を言う。
 確かに、まだ俺は拓也さんの事を「さん」付けで呼んでいる。
 でも……でも……、それは……。
「あの時、ちゃんと約束したのに」
 うああ、そんな恨みがましく言わないで欲しい。それにあの時って……あの時って……。
「京も、『うん』って言ってくれたよね」
 ぎゃー。や……やめてくれ。お願いだから、ベッドの中での約束なんて……そんなの、そんなの……今ここで話す話じゃないし。
「……ぅ」
 精一杯睨みつけてやる。
「可愛いね」
 なんだその余裕は! しかもものすごく嬉しそうに笑うのは何で?
「好きだよ。京」
 そっと耳打ちされる。
 ああ……もう……、もう……絶対俺、全身真っ赤。
「愛しているよ」
 もう……、この人には絶対叶わない。


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