SELENE

KISS





 拓也さんって手が早い……と思う。
 てゆーか慣れてる。

 あんな……あんな……、お、思い出すのも恥ずかしいような……その……あの時も、すごく冷静で、俺だけが馬鹿みたいに訳が解らなくなってしまって……なんだかものすごくずるい。
 それは俺はキスだって拓也さんと付合うまでは数えるほどしかしたことが無かったし、キスはキスでも挨拶とか、ちょっと触れるだけのなんとも幼稚なやつで、拓也さんが俺にする、何もかも解らなくなってしまうような、いわゆる濃厚な「大人の……」ってのじゃなかった。
 そして……その……あっちのほうも……俺は拓也さんしか……知らないし。
 いや、別に嫌って訳じゃないんだけど、ついどうしても余計なこと考えてしまう。
 あれだけ「慣れている」と言うことは、今までにもそういう相手が拓也さんには……居たんだろうな……とか。
 逆にまったく経験が無い俺は、呆れるほど……下手なんだろう……とか。
 女のコみたいな柔らかい胸もない、こんなガリガリの俺の身体なんかで、拓也さんは本当にいいんだろうか。
 今更どうのとか言う以前の問題みたいな、しょうもないことをグルグル考えて、そんでもって馬鹿みたいに拗ねる自分をまた自覚して……かなり……へこむ訳だ。
 もちろん拓也さんが俺に言ってくれる言葉を疑っている訳ではないし、『もっと甘えて』って言ってくれる言葉はとても嬉しい。
 でも、ごめん……この不安を取り払うことは……今の俺には難しいのかもしれない。

 好きで。
 止まらないほど好きで。
 離れたくなくて。

 なのに。
 こんな事を考えてしまう俺は馬鹿だ。

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 休みの日、拓也さんと待ち合わせ。

 ぼんやりしてるのが好きな俺に合わせて、拓也さんは行き先をさりげなく静かな場所にしてくれる。
 今日も、二人きりではもったいないくらい広くて奇麗な場所に連れてきてくれた。
 どうしてこんな所を知ってるんだろう。
 誰かと来た事あるのかな?……なんてね。はは。ヤメロ。自分。
 ――国の施設だって言う話だけど、休みの日にこんなに人が居なくていいんだろうか。
 天井の高いガラスの温室。
 世間は冬だと言うのに南国の気温だ。
 穏やかな時間。咲き乱れる鮮やかな花たちの傍で、白いキバタンが数羽、毛繕いしている。

 ぐるりと温室内を一周し、噴水のある木陰のベンチに2人で座った。
 柔らかな日差しが木陰から漏れ、程好い湿度と花の香りが気持ちい。
 拓也さんの傍にいるというだけで、なんでこんな嬉しくなれるんだろう。
 思わす顔が綻んでしまう。
 俺って意外と単純だったらしい。
 あ、拓也さんも笑ってる。
 いいな、こういうの………………好きだ。
 ……でも……さ。
 誰も居なくても……腰に手は……まわさないでほしい……かも。
 は……恥ずかしいからさ。
 指……っ!そこ違うから! そりゃ、俺胴回り緩くて隙間だろうけど……っ。
 〜〜〜〜〜〜〜!!! だ、駄目だ……ってば!
 上着……車に置いてきちゃって失敗……っ……。
 駄目、胸……やっ……直接やだ……触わん……ないでっ!
「は、離して……拓也さん」
「どうして?」
「……だって」
「いや?」
 イヤって言えないの解っててこの人は。
 ホント頼むよ……駄目だって。ここ……いわゆる公共の場だし……って、言ってる傍からそんな所……!
「……あ……ぅんっ」
 うわー、かんべん。声が……っ。
「可愛い」
 〜〜〜遊んでるっ! 拓也さんは絶対俺で遊んでる!
「どうしたの?目が潤んでる」
「拓也さ……ん……、えっちくさい」
 精一杯睨んでやる睨んでやる睨んでやる!
「……なんて事を言うんだろうね京は。それにそんな顔しても可愛いだけだよ?」
 だからっ! そこで笑うのが余裕なんだって。その顔絶対反則だっ。
 …………………それに見惚れてしまう俺も大概終わってるんだけどさ。
 がっくり。
 脱力。
 もー。あーあ。
 楽しそうに笑った拓也さんの顔が妙に憎い。
「……ぁ」
 肩を抱き寄せられて……キス……される……?
 こ……こんな所でやばいって。そう思ってるのに、抵抗できないのはなんで?
 それどころか、近づいてくる拓也さんの顔を見ていたいのに、いつも何故か自然に目が閉じてしまったりして。
 ああ、もう、俺って意思弱い? もしかして。
「……んっ」
 キスするの、何度目だろう。
 もう数え切れない。
 いままでのキスの数なんか、拓也さんと付合って一週間で記録更新したと思う。
 拓也さんの匂いに包まれて、暖かい唇に啄ばむみたいに優しく何度も触れられると、何も考えられ無くなる。
 優しい手が俺の顔の角度を変えて、濡れた優しいものが俺の唇をつついて……俺が……迎え入れるのを待っている。
「ん……」
 こういう時の俺の声ってマジで恥ずかしい。この声誰よって感じ。もう……なにがなんだか。
 拓也さん、いつまでも慣れないヤツって思っているだろうなぁ。
 どこかまだ照れが抜けないまま、ぎこちなく唇を開くと、躊躇いも無く拓也さんが入ってきた。
 舌を絡め取られ歯列をなぞられると、鼻から甘い声が漏れてしまう。
 なんでキスだけでこんなに気持ち良いんだろう。もっと欲しい……って……思ってしまう。
 強く舌を吸われた。全身にゾクリとした快感が走り、身体が崩れそうになって思わず彼のシャツに縋り付いた。
 拓也さんが微かに笑う。
 ……そこで笑うなよ。
 キス一つでこんなになってしまう俺は、拓也さんから見ればさぞかし子供に見えるに違いない。
 さっきの拗ねた自分が蘇ってきて、少し強引に拓也さんを押し離した。
「……なに?嫌だった?」
「エロオヤヂ」
「あーあー、もう京てば、そんな事言わないの。どうしたの? どうしてそんなに拗ねてるの?」
 み、見破られてる。
 悔しい。
「京はもっと言葉に出したほうが良いね」
「……?」
「考えすぎ。思ってることの半分でもいいから口に出して?」
 今更そんな事言われても、こればかりは性分と言うか。
 だけど……うーん。
 わかった。
 他ならぬ拓也さんの希望だ。言ってやろうじゃないか。
「……拓也さん」
「ん? なに?」
「……キス、上手すぎ」
「駄目?」
「そうじゃ……なくて……」
 俺が言いたいのは、そういう事じゃなくて。
 解ってるくせに。
 俺だって別に細かい事を聞きたい訳じゃなくて。
 ああ、なんて言ったら良いんだ。
 ……恋愛って……ホント難しい。
「あ、そうそう。素直になるのは僕の前だけね。他の人の前では、もっともっと無愛想で居て欲しいな」
「無愛想……」
 そりゃ俺は無表情とか何考えているかわかんないとか愛想ナシとか……あ、これが無愛想か。
 ……むぅぅ。
「ほらほら、そんな可愛い顔しないの。その顔、他の人に見せたら、みんなの前でキスするよ?」
 ま……また、この人はこういうことを……っ!!!
 俺が真っ赤になるの、絶対楽しんでるなっ?
 本格的に拗ねてやる。
 もーいい。しばらく口きかない。キマリ! むーっ!
 って……あれ?
 うわっ!
 拓也さんっ! 駄目だって、ダメ。うわっ! うわうわっ!
 んー! んー!!!
 ……!! ……! ……っ! いきなり! いきなりーーー!!
 ん……はなし…て……ぁっ! あっ……っ……ん…………ん……も……。
 散々俺の口中を弄んた舌が満足そうに出ていき、仕上げに唇がチュっと音を立て離れていった。
「こういうのはセンス。ヘタなやつは何度やっても下手。……京は……とっても上手だね」
 抱きしめた腕を緩めず、拓也さんがシレッと言い放つ。
 反論しようとした俺の口は、あえなく三度の拓也さんのそれで塞がれた。

END   




 

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