文月小夜

 
   星観の夜


 高原の展望台へと続く道は、今の季節、どうしても渋滞気味になってしまう。
 拓也と京は展望台ではなく、その先の私有地が目的地なのだが、どうしてもこの道を通らなくてはならず、なだらかな山道を、ノロノロと進むしかなかった。
「失敗したなー。もう少し早く出てくればよかった。ごめんね、退屈だよね」
 ハンドルを握りながら、拓也は助手席に座る京に謝った。
「大丈夫」
 拓也が一緒だから、退屈などではない。気持ちの中ではそう言ってるのだが、実際に口に出てくるのは、とても短い言葉だ。
 今年の夏休みの最終日に、小さな彗星が琴座の近くを通り、流星がたくさん見られるという情報を得た。せっかくだからと穴場を探していたら、拓也の知人が持っているログハウスあたりが絶好の場所だとわかり、そこへ向かうことにした。
 ただしログハウスは長年使っていないとのことで、とても使用できる状態ではなく、二人は流星を楽しんだ後は、麓のペンションで泊まる予定をしていた。
 ペンションで観てもよかったのだが、どうせなら二人きりで見たいと欲を出した結果が、渋滞の中という結果を招いてしまった。
「喉が渇いたらうしろに飲み物を入れてあるから」
 軽食と飲み物を入れたバスケットをペンションで用意してもらった。
「あまり乾いてないから」
 遠慮などではなく、空調の効いた車内では、それほど喉も渇かない。
「拓也さん、疲れない?」
 山道の運転は神経を使う。それに渋滞が重なれば、疲れが倍増するような気がする。
「大丈夫だよ。京がいるから」
 さらりと答えられて、京は赤くなって俯いた。
 展望台まで5キロという表示が出たところで、道は二手に分かれた。私有地へ向かう道は拓也のソアラだけになり、それまでの鬱憤を晴らすようにアクセルを踏んだ車は、疾風のように走った。
 タイヤとスプリング、エアカバーやマフラーまでスピード仕様にカスタマイズしたソアラは、そのスピードにぶれることもなく、安定した車体で進んでいく。
 30分も走らせると、目的地のログハウスが見えてきた。
「ここだね」
 拓也は南へ向けて車を止めると、メタルトップを開いた。
 高原の夜は風も爽やかで、夏の終わりとは思えない清々しさだった。
「寒くない?」
 エンジンを切ると、周りから虫の声が聞こえてくる。
 薄手の長袖の上着を持ってきていた拓也は、それを京の肩にかけてやる。
「拓也さんが寒くなる」
「僕は大丈夫。それは京のために持ってきたんだよ」
 拓也はそのまま京の肩を抱き寄せた。
「僕は京を抱いていたら温かいから」
 優しい声と微笑みで、チュッと額にキスをされる。
「たっ、拓也さんっ」
 京は慌てて額に手を置いた。
「ここまでは誰も来ないよ。二人だけ」
 それはわかっていても、野外でキスをされると、どうしても慌ててしまう。
 辺りは薄闇に包まれ、目の前にある拓也の表情がようやくわかる程度。他に誰かがいても見えないだろう。
「可愛い、京」
 その言葉に抗議をしようとしたら、すぐに唇を塞がれてしまう。
 柔らかくて暖かい唇が触れ、優しく吸われる。
 チロリと舐められ、その舌が入ってくると、京は拓也の腕にしがみついた。
「愛してるよ」
 きらりと空の向こうで小さな星が瞬く。
「拓也さん……」
「星を観に来たのにね」
 拓也は小さく笑い、身体を離した。途端に寒く感じる。
 きらりと細い尾を引いて、星が流れた。
「あ……」
 京の小さな声に、拓也も空を仰ぎ見た。
 躊躇うように瞬いてから、すうっと星が流れ消えていく。
「綺麗だね」
 手を繋いで空を眺める。
「ねぇ、京は何を祈る?」
「…………ぇと……」
 正直に言うには恥ずかしくて、言いよどむと、拓也はくすりと笑って、京の耳に唇を寄せた。
「ずっと一緒にいようね」
 頬にキスされて、抱きしめられた。
 大好きな胸の中で、京は小さく頷いた。




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