「君が好きなんだ」
希一の言葉が観覧車のワゴンの中にポロンと零れ出たとき、唐突にドアが開けら
れた。
「お疲れ様でしたー」
妙に明るい声が二人の間に割り込んでくる。
「あ……降りよう」
タイミングの悪さについてないなと思いながら、希一は道路へと降り立つ。
「お客様?」
はっと気がつくと、順はまだ座ったままで呆然としていた。
「早瀬!」
希一は慌てて順の手を掴んで、外へと引っ張り出した。
出口で躓いて転びそうになった順をさっと抱きとめる。
「大丈夫か?」
希一の両腕に縋りついた順が顔を上げる。
視線がぶつかり合い、記憶が鮮烈に甦る。
希一は微笑み、順をしっかりと立たせた。
「あの時みたいだよな」
順も同じことを考えたのか、こくりと頷き、その動きに同調したかのように涙が一
粒、頬を伝った。
「早瀬……」
「あ……」
「大丈夫ですか?」
係員が心配そうに覗き込む。
「大丈夫です。お世話をおかけしましたー」
順の涙を誰にも見られたくなくて、希一は急いで手を引っ張り、観覧車のホームか
ら出口へと向かう。
ほどよく訪れた夕闇の時間が繋いだ手元を隠してくれる。近くで見ればわかるだろ
うが、人通りは少なく、希一は園内の遊歩道へと入った。
無言でずんずんと歩いてきたので、順は小走りになっていたせいか、はぁはぁと息
が荒くなっている。
「ごめん。大丈夫か?」
順は俯いたまままた頷く。
手を繋いだままだったことに気がついて、希一はそっと手を離した。
小さな温もりを失くしてしまい、とても寂しく感じる。
「あの……さ。さっき言ったこと、本気だから。俺、早瀬のこと、好きなんだ」
勢いで告白するのとは違い、あらためて向かい合って言うのは、かなりの勇気を必
要とした。
順は俯いたままで表情が読めず、どのように感じているのかがわからない。
「俺と、つきあってくれないか」
息が止まるかと思うほど緊張する。
今日はそこまでいうつもりではなかった。順が怖がらないように、友達として、も
う少し近づきたいと思っていただけだった。
けれど、嫌われているのではない、仁の言っていたように自分を意識してくれてい
たとしたら、我慢できなくなった。
「ダメ……かな?」
顔を上げない順のうなじが寂しそうに見える。背中も震えているように見えて、た
まらなくなった。
手を伸ばして順の身体を包んだ。
びくりと強張る順に、希一は優しく語りかけた。
「ごめんな。突然こんなこと言って。無理に返事しなくていい。俺のこと嫌いじゃな
いんなら、早瀬の気持ちが追いつくまで、いつまでも待ってる」
抱きしめた身体の意外なほどの柔らかさに眩暈がしそうだった。
もっと強く抱きしめたい欲望に駆られるが、ぐっと我慢をする。
きつく抱きしめれば、壊れそうだと思った。柔らかくて、甘そうで、綺麗で、まる
でマシュマロのようだと思う。
「僕……」
腕の中で小さな声がした。迷いながら、それでも必死に話そうとしているのが伝わっ
てくる。
「嘘みたいで、……信じられない」
それはOKの返事なのだろうか。
「遠くから見ているだけでいいって……ずっと思ってたから……」
控えめな言葉がとても愛しかった。可愛くて仕方ない。
順を好きだという気持ちが、身体中にあふれ出すような感覚だった。
「俺も今、そう思ってるんだけどさ。嘘みたいじゃなくて、こんな時は夢みたいって
言って欲しいな」
身体の横で下げられたままだった順の手がそろりと持ち上がる。
ゆっくりと希一の背中に回り、恐る恐るというようにシャツを掴むのがわかった。
「俺の、恋人に、なってくれる?」
少しずつ、小さな一歩ではあるが、確かに今、二人の関係は新しい道に歩き出そう
としている。
腕の中でこくりと頷いた順に、希一はそっとそっと囁いた。
「ありがとう」
はじめて見つめ合ってから一年と少し。
はてしない誤解の日々は長かったようで、けれど近い将来にはきっと二人で笑い話
にできるエピソードになるだろう。 順の固い殻はようやく割れ始め、首を出してく
れたところだ。希一のシャツを掴むだけできっと精一杯。
でも……。キスしたい。でも……怖がらせたくない。
ジレンマの中で、希一は順の唇はきっと本人のようにマシュマロのようなんだろう
なと、そんな不埒なことを考えていた。
おわり