Merry Happy Christmas



 用意するプレゼントは二つ。それぞれに吟味して、迷いに迷って、二人の顔を思い浮かべて、うんと頷いて決心した。
 一つは啓に。バイトに通う彼は冬の寒い時期もバイクに乗っている。あまりファッションにかまわない啓は、普段もトレーナーかセーターにジーンズだし、バイクに乗るときはなんとカラー軍手をはめている。
 白の普通の軍手ではないところがせめてもの救いだが、軍手は軍手である。
 だから啓には厚手のフリースの手袋にした。ためしにはめてみたところ、内側にボアが貼られていて、とても暖かかった。
 そして愛しい喜紀には、マフラーと靴下のセット。受験生の彼は、部屋で勉強をしていると足元が冷えて困るとぼやいていた。マフラーは通学用に。靴下は啓に贈るのと同じようなフリースのいわば靴下カバーで、膝まで暖めてくれる暖かなものだった。
 風邪を引かずに全力を出し切って欲しい。そうすれば、春には同じ大学に通える。薫は今からそれがとても楽しみだった。
 啓と薫が同じ大学に通っているのがよほど羨ましいらしく、早く大学生になりたいと言っては、二人を困らせる。啓などはその前に『受からないと一緒に通えないぞ』とからかっているが、自分はそんな風にからかえない。むしろ、今からでも喜紀と一緒に大学に通いたいと思っているくらいである。
「プレゼントに包んでください」
 マフラーと靴下をセットに、手袋は一つで、二つ分のラッピングを頼んだ。どちらもクリスマス用の包装紙に金色のリボンをかけてもらう。
 一つの袋に入れてもらい、店を出たところで携帯が鳴った。ディスプレイには啓の名前が表示されている。
『なぁ、キキへのプレゼント、もう買ったか?』
 挨拶もなしにいきなり尋ねられる。どうやら、その切羽詰った様子に、何をプレゼントしていいものやら、悩んでいるらしいと察しがついた。
「今買ったところだよ。どうして?」
『そうかー……。まだなら、一緒に買おうかなと思ってさ』
「何を買うつもりなの?」
 少しからかうつもりで聞いてやる。
『あーーー、決まってない……。ってか、あいつ、何欲しがってる?』
 啓の返事に、薫はくすっと笑ってしまった。
『笑うなよ』
 むっとしているらしい啓の拗ねた声が聞こえてきた。
「何が欲しいとかはわからないよ」
『だって、薫、もう買ったんだろ?』
「うん、でも、気に入ってもらえるかどうかは自信ないけれど。だいたい、キキの欲しいものなら、君の方がよく知ってると思うんだけど?」
 つい嫌味交じりで言うと、啓も『拗ねるなよ』と言葉に詰まっている。
『で? 俺には何くれるの?』
 ないよと言いたいところだが、それではあまりに子供っぽいやり取りになってしまうので、ここは恋人らしく「内緒」と答えた。
『う、……楽しみにしてる』
 そしてクリスマスイブの約束の確認をして、通話は切れた。
 薫はプレゼントを大切に抱え、マンションへと急いだ。

「せんぱーい、開けてーーー!」
 ドアの向こうから聞こえる元気な声に、薫は慌ててマンションのドアを開けた。ドアの向こうには両手に一杯の荷物を抱えた喜紀が立っていた。
「どうしたの、この荷物。友永に持ってもらえばよかったのに」
 姿の見ない啓に、喜紀にこんなに荷物を持たせてと少し腹が立った。何しろ喜紀は高校三年生だが、とてもそうは見えないくらい、背も小さく、身体も細い。
「だいじょぶだって、これくらい。啓ちゃんはまだ買い物。ケーキとシャンパン買ってくるって。俺はチキン担当だったの。三人分買ったらこんなになっちゃった」
 両手に一杯の荷物は、パーティの食料と、そして二人へのプレゼントらしい。
「寒くなかった?」
 頬が赤くなっている喜紀に、よほど寒かったのかと心配になる。
「平気だって」
 喜紀はニコニコと笑って、ダウンのジャンパーを脱いだ。その中にはもこもこのセーターを着ていて、言葉どおり、外の寒さくらい平気という感じである。
「暖かそうなセーターだね」
 薫が言うと、喜紀はへへへっと笑った。その悪戯っぽい笑顔に、薫は少し眉を寄せる。
「もしかして、女の子に編んでもらったとか?」
 クリスマスのプレゼントに手編みのセーター。単純な思いつきではあるが、否定もできない。
「ち、ちがうよ! これは、そのー、母さんが……」
 喜紀の母親にはまだ会ったことはないが、啓に言わせると、喜紀を女性にして大人にした感じらしいので、よく似ているのだろう。
 母親に編んでもらったことを打ち明けたくなかったのかと理解して、薫はごめんねと謝って、喜紀をそのセーターごと抱き寄せた。
「キスは啓ちゃんが来てからだからね」
「わかってるよ」
 三人で選んだ三人の関係。一人がいないときには、抱きしめるまでで我慢する。その約束を喜紀は守っている。
「おーい、ドア開けろー!」
 ちょうどそのとき、ドアの外で啓が叫んだ。二人は顔を見合わせてくすっと笑い合った。

 三人だけのクリスマスパーティの中、もう気になってしょうがないというように、喜紀がプレゼントを交換しようと言い出した。啓も薫もその提案に異存はなく、それぞれにプレゼントを渡す。
 薫は二人から何やら大きな物を手渡される。二人の荷物がドアも開けられないほど異常に膨れ上がっていたのは、そのプレゼントのせいかもしれない。
 薫は迷わず喜紀のプレゼントのほうをまず開いた。大きさのわりに重くないことと、その柔らかさから予想していた通り、中からクッションが現われた。
「可愛いね」
 クッションは牛の形の大きなもので、中のビーズが細かいらしく、手触りがものすごくいい。ソファーに置いて寝転べば最高である。
 そして啓からのプレゼントを開くと、これもまたクッションになっていた。星型のフリース素材で、こちらも肌触りがいい。
「どっちも大切に使わせてもらうね」
「あっ!」
 薫が言うのと、喜紀が大きな声を出すのと同時だった。
 喜紀は二本のマフラーを手に困った顔をしていた。
 一つはもちろん薫が贈ったもので、茶色の手編み風のマフラーである。もう一本は啓の贈ったもので、広げればショールにもなるような、ウールの青いマフラーだった。
「外には薫のをして行けよ。俺のは広げて勉強するときに肩にかければいいしさ」
 啓の提案に喜紀は少し迷って、日替わりにすると宣言した。そして、じっと薫を見た。
「俺、なんだかやな予感がする」
 喜紀の言葉に、薫も苦笑する。
「もしかして?」
 薫は喜紀に両手を広げて見せた。手袋?という意味である。喜紀はまだ開いていない啓に早く開けてと急かした。
 二人のやり取りに、啓は一つずつラッピングを解く。そして、やはり出てきた二つの手袋に、はははと乾いた笑い声をたてた。
「俺の軍手、そんなにみすぼらしく見えたかな?」
 二人に頷かれ、啓はちぇっと言いながらも、右手に啓のを、左手に喜紀の手袋をはめて見せた。
「おっ、こういう使い方もいいな」
「へん」「変」
 二人に却下され、啓は肩をすくめる。
「ねえ、啓ちゃん、どっちの手袋をまず使う?」
 喜紀に聞かれ、啓はうっと詰まった。
「俺のと薫先輩のと、どっちがいい?」
 ストレートに聞かれ、啓は答えようがなく、左右の手をじっと見ている。薫は仕方ないなとばかりに苦笑している。
「ねえ、どっち?」
「お前、それは違反だろう。どっちも同じくらい気に入った。それでいいだろ?」
 三人の関係は平等に、そう思っている啓は、むすっとした顔で、答えをはぐらかせる。
「だって、俺は啓ちゃんから貰ったものから使うもん」
 喜紀の断言に啓は少し怒ったような顔をする。
「先輩だって、俺からのプレゼントから開けた。啓ちゃんだって、先輩のプレゼントから開けたじゃん」
 無意識のうちに出る行為を、案外喜紀が気にしていると知って、啓は複雑な気持ちになる。
「いいじゃない、友永、正直に言えば? 君だけが平等を気にしすぎてるよ。僕たちの関係はそれぞれの方向がバランス取れていてこそじゃないか。無理に君が平等にすれば、バランスが崩れるよ」
 薫の忠告に、啓は口を閉ざした。
「啓ちゃん、男らしくなーい。俺と薫先輩、どっちが好きなの?」
「お前、手袋を比べてたんじゃないのか」
 二人があまりにも自分の好きなものに忠実で、その明け透けな素直さに腹が立った。
「俺は、この手袋、毎日平等に使うぞ!」
「どうやって?」
「行きに薫。帰りに喜紀。次の日は反対。絶対そうする」
「啓ちゃん、バカじゃん。毎日二つの手袋持つなんてさ。素直に薫先輩のって言えばいいのに」
 喜紀はこれ見よがしに、啓の目の前で薫に抱きついた。薫は役得とばかりに抱き返す。
「先輩は僕のほうがいいでしょ?」
「もちろん」
 ちゅっと軽く音をたててキスする。
「俺はね、啓ちゃんが好き」
「そうだね」
 そしてまたキス。
「お、お前ら、いい加減にしろよっ!」
 二人の、いや喜紀の行動が、啓をからかっているのだとようやくわかって、啓は二人にのしかかっていった。