ひとつだけ



もしも珍しいものをひとつだけ貰ったとしたら、あなたはどうしますか?


 喜紀は母親から「キキちゃん、これあげる。ママとひとつずつよ」と母親が友人のフランス旅行土産のチョコレートを貰った。
 豪勢な包装で包まれたチョコレートは、とても高級そうな香りが漂っている。
「これ、苦そうだよな……」
 チョコは甘くなくっちゃという喜紀は、チョコなのにブラックとか、ビターとか信じられないというタイプなので、どうも食べるのを躊躇ってしまう。
「啓ちゃんにあげよう」
 お礼にキスをねだろう。
 その方が苦いチョコレートを食べるより嬉しい。
 喜紀はチョコレートを手に隣へ向かった。


 啓は妹から「お兄ちゃん、いいものあげようか」と、隣の北島家の主婦から貰ったチョコレートを差し出した。
「フランスのお土産だって。向こうでもなかなか手に入らない高級品らしいよ」
「それをどうしてお前が俺にくれるんだよ」
 甘い物好きの妹がそんないいものをくれるなんて有り得ないと思う啓は、慎重に妹の真意を探ろうとする。
「お願い、これやって!」
 高級そうな包装のチョコレートと共に差し出されたのは、数学のプリント。
「週明けに提出なんだけど、わかんないのよー」
 えへへと笑う妹に、啓は渋々を装ってプリントとチョコを受け取る。
 甘いものは好きではないが、そんなに珍しいものなら、薫にやろうと思った。
 お礼にキスをさせてやろう。  プリントは夜にやることにして、啓はチョコレートを手に薫のマンションへ行こうと家を出た。


 薫はマンションの水道料金の徴収に来たマンションの大家さんから、フランス旅行のお土産なのと、カフェオレカップと、美味しそうなチョコレートをひとつ貰った。
 カップは部屋に置いておくことにして、さてチョコレートをどうしようかと悩む。
 大家さんはしきりにフランスでも手に入りにくいチョコレートだと繰り返していた。だからひとつずつしか渡せないのよという言い訳なのかもしれないが、確かに包装は豪華で、珍しいチョコだというのはわかった。
 甘いものが大好きな喜紀の顔が真っ先に浮かび、これを一人で食べる気にはなれない。
「やっぱりキキに食べさせたいな」
 チョコを見たらきっと嬉しそうに笑ってくれるに違いない。美味しそうに食べる顔も見たい。お礼にキスくらいはしてくれるかもという下心も持って、薫はチョコを手にマンションを出た。


 ばったりと三人は友永家の前で出会う。
 それぞれに手にしたものを見て、なんとなくわかってしまう。
「自分の持ってるものは食べたくないよねぇ」
 薫の力ない確認に、残った二人も力なく笑う。
 とりあえず、と近くの公園に移動した。
 既に暗くなった公園に子供たちの姿はない。
「せーので渡しあう?」
 キキの提案に、ちょっと待ったと啓が異議を唱える。
「なんで? 啓ちゃんは自分のを食べたいのー?」
「そうじゃなくてさ、自分が渡そうと思ってたのと別の相手に渡してみねーか?」
「へ?」
 喜紀はわからないと首を傾げる。
「あのね、キキは僕から貰うのと、友永から貰うのとどっちのチョコレートを食べたい?」
 素早く察していた薫が、苦笑交じりで喜紀に尋ねる。
「あー、……そうか」
 ようやく理解できたのか、喜紀はじゃあと、薫に向かってチョコレートを差し出した。
 薫は啓に、啓は喜紀に。
「っていうか、俺たち無駄なことしてるよね」
 まったく同じチョコレートなのに。
「でも、人から貰ったのは、美味しく感じるよね」
 特に好きな相手から貰うと。
「このチョコレート、苦いと思ってたけど、甘いんだ。これならさっさと自分で食べて、薫先輩に二つ貰えばよかったなー」
「どうして薫から二つになるんだよ」
 啓が鋭く突っ込みを入れる。
「だって、薫先輩は元々俺にくれるつもりだったんでしょ? きっと啓ちゃんから貰ったのも、俺にくれたもん」
「お前……」
 愛される者の傲慢とも思える言葉だが、薫はもちろん、啓もそれを否定できない。
 美味しそうに食べる喜紀を見て、薫は自分が貰った分もあげればよかったと思ったし、啓も同じように思っていた。
 それにたったひとつのものをちゃっかり食べずに、相手に渡そうと残しておいた喜紀の気持ちが可愛い。
「今から甘いものをたらふく食わしてやるよ」
 啓の呆れ半分の声に、薫もまた同意する。
「ほんと? やったー!」
 喜紀は嬉しそうに二つの手を啓と薫の腕にそれぞれ絡めて公園の出口へと引っ張っていった。