天敵



「今度の土曜日に出かけてきてもいい?」
 夕食の食卓で思い出したように秋良が尋ねてきた。
「いいよ。どこへ行くの?」
 本当は一緒に過ごして欲しいと思いつつ、一年365日、秋良を自分にだけ繋ぎ止められないのは仕方のないことなので、諦めている。
 秋良が出かけたいといえば、よほどの事情がない限り、洋也には反対できない。
「鳥羽と映画を観ようって。あ、そうだ。今度の夏休みに、いつものメンバーでどこか旅行に行こうって言ってるだ。行ってもいいよね?」
「いいよ。何日くらい行くつもりなの?」
 本当夏休みこそ、秋良を別荘に  拉致監禁  連れていってのんびりしたいのだが、そのうちの何日かくらいは、我慢しようと思う。
「三日くらいじゃないかなぁ。みんなも色々あるだろうし」
 まあ三日くらいなら、理解あるところを見せなければと、洋也は我慢することにする。
「そのためのパンフレットとか、旅行会社を回ろうかなって言ってたっけ」
 あまり熱心ではない秋良に、洋也は苦笑する。
 どちらかといえば、企画するのはいつも鳥羽で、秋良は誘われてついていくほうである。
 だが、鳥羽をはじめ、かのメンバーたちは、秋良がいないと実行に移さないので、真の意味でキーパーソンは秋良なのである。
「夜も食べてくる?」
「うーん、土曜日だし、食べることになるかも」
 首をかしげて考える仕草がかわいいが、今はぐっと我慢する。今下手に手を出せば、拗ねられてベッドで逃げられてしまう。
「じゃあ、迎えに行くから店か駅から電話して」
「過保護すぎるよ。一人で帰ってこられるって」
「心配なんだよ」
 秋良はもうーと苦笑する。それ以上は言わないので、電話をしてくるだろう。
「楽しんでくるといいよ」
 洋也の言葉に秋良は微笑んで頷いた。

「洋也さんに夏休みに旅行へ行くってちゃんと言ったか?」
 話題の映画を二人で観たあと、パンフレット集めに旅行社を冷やかして回る。
「言ったよ」
 簡単に答える秋良に、鳥羽はそれで?と続ける。
「それでって?」
「洋也さん、行ってもいいってか?」
「楽しんでくるといいよって、言ったよ」
 あれ? 楽しんでくるといいよと言ったのは今日のことだろうか? と秋良は首を傾げる。
「本当かよ。夏休みは別荘に行くんだろ、いつも」
「でも、夏休み中ずっとってわけじゃないし。たいてい一度か二度はいつもこっちに戻るんだよ? だから、旅行の間だけ洋也もこっちにいるつもりなんじゃないのかな」
 秋良の説明に、それでも鳥羽は疑わしそうにしながらも、こうも秋良に弱い彼が僅かながら気の毒になる。
 本当なら秋良をずっと独り占めしたいだろうに、秋良が何かをしたいといえば反対できずに理解のある振りをする。
「大変だな」
 だが同情はしない。
 秋良の最も近い位置にいるのは彼だ。その場へと連れ去ったのも。
 せいぜい秋良を守るために頑張ってもらわなくては。

「秋良、洋也さんに迎えに来てもらうんだろ。電話しろよ」
 食事のあと、少し飲みに行って、秋良が軽く酔い始めた頃、鳥羽は秋良に電話をしろと促す。
「えー、いいよ。自分で帰れる」
「酔ってるだろ。ほら、心配だから、迎えに来てもらえってば。絶対向こうも電話待ってるし」
「もうー、洋也も鳥羽も心配性なんだからー」
 秋良がぼやくのに、やっぱり電話かけるように言われてたんだろうがと、秋良の携帯を取り上げる。
「あ、こら」
 秋良が取り戻そうとするのをするりと避けて、鳥羽は洋也の携帯番号を押す。
「なんで鳥羽が洋也の携帯の番号知ってるんだよ」
 少し酔っている秋良は、怒ったように唇を尖らせる。
 それに眉を上げて笑って、通じた電話に鳥羽は話しかけた。
「あ、洋也さん。俺たちいつもの店です。そう、そろそろ迎えにきてやってくださーい」
「鳥羽、お前こそ酔いすぎ」
「じゃー、そういうことで」
「あっ」
 鳥羽は勝手に喋ると、ぷちっと電話を切ってしまう。
「なんで切っちゃうんだよ」
「何、洋也さんと喋りたかったのか? 毎日飽きるほど顔を突き合わせてるのに?」
「ち、違うよ。一人で帰れるって、言おうと……」
 秋良は何とか携帯を取り返すと、言い訳しながら二つに折って、ポケットへ仕舞い込む。
「いいじゃねーか、迎えに来てもらえば。今更俺に見栄はらなくてもいいし」
「そうじゃなくてー。もうー。洋也と鳥羽って、なんか結託してる感じ?」
「どこが結託してるっていうんだよ」
「なんか……、示し合わせてるっていうか。電話番号まで知ってるしさ」
 普通、友達の友達なんて、電話番号を教えあったりするだろうか? ましてや、洋也と鳥羽では、性格も、仕事も、共通点は見つけられないと秋良は思う。
「甘いね、秋良君は」
 鳥羽はクスクス笑う。
 結託や示し合わせるというのは、仲の良い者達がすることである。
 自分と洋也は、秋良を挟んで立ち合う、天敵同士である。
 結託ではなく牽制しあい、示し合わせるのではなく暗黙の了解ができているだけである。
 お互いに秋良を泣かせるようなことをすれば、容赦はしないという。
「まあ、せいぜいそのまま、洋也さんに甘えさせてもらえって」
 けれど秋良を安心して任せられるのも、また彼だからこそ。
 鳥羽は笑って、迎えに来た洋也の車に秋良を押し込むのだった。