ソファ



 真夜中、半分覚醒した頭で、身近に在るはずの温もりに鼻先を押し付けようとして寝返りをうって……。
 けれど、伸ばした手は冷たいシーツを掴んだ。
「ん……」
 秋良は目を開け、暗い室内に目を凝らす。
 ふうと息を吐き、秋良は枕に顔を押し付けた。
 洋也はまた、秋良が眠ったあとで寝室を出て行き、仕事をしているのだろう。
 明日も学校があるから早く寝よう。
 そう思って目を閉じてみるが、一度覚醒すると、なかなか眠気は訪れない。
 しかも、なんだか寒い。
 こんな夜は、愛する人の体温と、匂いに包まれれば、安心してすぐに眠れるのに。
「バカ……」
 自分を一人にした人への非難か、そんな風に考えてしまう自分への自嘲なのか、ぼそりと呟くが、もちろん聞いてるのは自分だけ。
「はぁ……」
 寝なくちゃ。そう思う数だけ、何度も寝返りを打つけれど、安眠は遠くに行ってしまったようだ。
 ベッドヘッドに手を伸ばして目覚まし時計を見ると、午前4時。
 今から眠っても、それほどぐっすりは眠れないだろう。それなら、起きてみようか……。
 秋良は身体を起こし、カーディガンを羽織る。
 スリッパに足を入れ、寝室のドアを開ける。
 階段を降りたところの部屋は、中から明かりが漏れていた。
 そっとドアを開けてみると、明るい室内の向こう、パソコンのディスプレイに向かって、洋也は何かを打ちこんでいた。
 リズミカルなキーの音だけが、室内に響いている。
 そっと足を踏み出した時、ドアが軽い軋み音をたてた。
 はっとして洋也が振りかえる。そしてそこに秋良の姿を見つけると、優しい笑みを浮かべる。
「起きたの?」
「目が覚めちゃっんだよ」
 秋良が洋也の隣に行くと、洋也は細い腰に腕を回した。
 画面にはなにやら剣を持った男の子が3Dで描かれていて、画面が上下左右にスクロールするに従って、いろんな角度から映し出されている。
「ベッドに戻ろうか?」
 洋也の手がマウスに伸びるのを見て、秋良は「いいよ」とそれを制止する。
「まだ仕事中なんだろ?」
「まぁね、でも、あと少しだから」
「もうそんなに寝られる時間ないし、ここで見てる。いいだろ?」
 洋也は笑って、横にある椅子を引いた。
「そっちのパソコンを使う? ゲームも入ってるよ」
「あ、じゃあ、学級通信書こう。ええっと……」
 秋良が洋也の使っている隣のパソコンに取りかかると、洋也は手を伸ばして、ワードを立ち上げた。
「これが、秋良用の学級通信のテンプレート。中身を書き換えるだけになってる」
「へー、すごい。ありがとう」
 洋也は秋良のために入力バッドを日本語のかな打ちに変えてやり、自分は仕事に戻った。

 主人公の取る行動の選択のランダム関数を作り、そのランテストを始めて、手が空いてふと気になって秋良を見ると、秋良はキーボードの横に肘をつき、うつらうつらと舟をこいでいた。
「秋良」
 そっと肩に手をかけて呼びかけてみるが、秋良は薄く目を開けただけで、またまぶたを下ろす。
「秋良」
 洋也は立ちあがり、そっと秋良を抱き上げる。
 抱き上げられた時、秋良は目を開けて洋也を見た。
「起きる……」
 呟く言葉はほとんど寝言に近い。
「二階までは……大変だな」
 あまり大変そうにも思っていない口ぶりで、洋也はドアを肩で押し開ける。
 階段を登りながら、アレがあればいいのになと思いつく。
 秋良は洋也の仕事場となっているパソコンを置いてある部屋には余り入ろうとしない。
 今まではパソコン用の椅子しかなかったのが、秋良を更に遠ざけていたのかもしれない。
 そう……、アレがあれば……。
 ベッドに秋良を下ろすと、秋良は起きた時と同じように無意識に手を伸ばして、温もりを探している。
 洋也は微笑んでその隣に潜り込んだ。

 洋也が仕事部屋にソファを買ったのは、それから二日後。
 柔らかいクッションは、座るよりも目的がありそうで……?