寝室



「おやすみ」
 そう言って唇を重ねる。
 頬にかかる髪をかきあげると、目を閉じる。瞼に軽くキスをして、甘い身体を抱きしめる。
 ふっと息が胸にかかる。
 僕の背中に回された手が、パジャマを掴む。
 少し意地悪をしたくなって、僕は動かずにいる。
「……洋也」
 秋良が少し上を向いて、僕の名前を小さく呼ぶ。
「何?」
 抱きしめた姿勢のまま、僕は問いかける。
 残念なのは、秋良の顔が見えないこと。どんなに色っぽい顔をして僕を見ているのか、見てみたい。
 けれどそれは少しだけ我慢をする。見てしまえば、抑制が効かなくなるから。
 パジャマを引っ張られる。
 そうだね。今までならそれだけで充分。秋良の気持ちに応えるべく、僕も努力するよ。そんなのは、望むところで、全然努力ではないけれど。
 引っ張られるパジャマに気づかないふり。それを続けていると、秋良の指先が僕の顎に触れた。
「眠れないの?」
 僕は意地悪だ。わかっていて聞く。
 でもね、秋良。秋良が悪いんだ。
 五日前、僕が誘うと、秋良は邪険に僕の手を振り払っただろう。
 僕は秋良が拒めば、無理強いはしないよ。なのに、どうしてあんなに酷い振り方をしたの?
 小さな意見の違いが、多分秋良を怒らせたのだろう。それでも仲直りしたよね?
 だから僕は余計にあの時、秋良が欲しかった。
 それをあんな風に拒まれて、ほんの少し、意地悪しても仕方ないだろう?
 けれど、我慢の限界も近い。そんな風に指先で僕の気持ちをくすぐらないで。
「洋也」
 少し掠れた甘い声。
 どくんと心臓が高鳴るような呼び方で名前を呼ばれる。
 普段なら、僕がはぐらかせた時点で、秋良は欲望を殺しただろう。元々希薄な性欲は、僕の気持ちを受け入れるだけでいっぱいになるようで、僕が忙しくなって、肌を重ねられない夜が続いても、秋良のほうからは決して求めることはない。
 僕の神経が昂ぶって、秋良を性急に求めることはあっても。
「……!」
 更に驚いたのは、指先で辿った僕の顎に、秋良が唇を寄せてきたことだった。
「秋良?」
 思わず顔を見ると、目尻を赤く染めて、秋良は僕の首に腕を回した。そのまま、強引に唇を重ねてきた。
 強く押し付けられた唇は乾いている。
 その渇きを潤すように、秋良の舌が僕の唇に触れた。二人の唇が濡れる。
 これは夢ではないだろうかと思う。それほど珍しく、驚くべき出来事だった。
 夢でも僕はこの機会を逃さない。夢でも、こんな幸運は二度とないかもしれない。だから、貪り尽くそう。
 僕は秋良の腰に手を回した。
 どうしてこれ以上我慢できるだろう。
 そんな男がいたら、僕は我慢を尊敬するより、その愚かさを笑うだろう。
 唇を薄く開き、秋良の舌を招き入れた。熱く甘い舌に、それだけで酔いそうになる。
「ん……」
 秋良の舌を吸うと、甘い声が喉の奥で響いた。
 その声を聞きながら、僕は秋良のパジャマのボタンを外す。
 秋良が少し強引に僕に抱きついているせいで、ボタンを外すのも苦労した。
 滑らかな胸に手を馳せると、ようやく秋良が唇を離した。
「……もぅ」
 多分怒っているのだろう。そんな秋良の咎めが愛しい。
「言葉で誘ってくれないと、わからないよ」
 言いながら、頬に、耳に、喉に唇を移していく。
「……わかっ…てるくせ……に」
 甘い批難に僕は思わず笑ってしまう。秋良の手がそれを叱るように、僕の肩を叩く。
「言ってみて……」
 秋良の顎にキスをする。秋良は熱い息を漏らしながら、何を?と聞く。
「秋良のしてほしいこと」
 秋良は目を閉じ、首を振る。
「ほら、言わないとわからないよ……」
 パジャマの上を肩から外し、現われた細い肩に軽く歯を立てる。
「ん……、……やっ」
 淡い吐息が漏れ、それを恥じるように白い歯が唇を噛んだ。
「噛んじゃダメだよ」
 唇の戒めを解くようにキスをする。
 聞かせて。秋良の声を……。
「や……、洋也……。…………ねぇ」
 僕も甘いなと思いながら、秋良の望む手を滑らせる。言葉で聞くのは諦めるよ。その代わり、五日分、僕の愛を受けとめて。
 それは秋良の責任だからね。