猫が月に祈る夜

 




 夜、ベッドにミルクが潜り込んできた。別にそれは珍しいことではなくて……。洋也も僕も自然に二人の間にミルクを招き入れた。
 にゃぁ。
 ミルクは小さく鳴いて、洋也と僕の唇を舐め、丸くなって目を閉じる。
「まるで子供だな」
 洋也がくすっと笑って、ミルクの頭から背中を優しく撫でた。
 それは……、いつもの光景だった。
 そう……、僕の心に小さな刺を残したこと以外は……。
 
 朝、庭から聞こえてくる雀の鳴き声に目が覚めた。朝の陽射しがカーテンの隙間から差し込んでくる。それは細く長い光の直線となって、丁度僕の枕元に伸びてくる。
 学校が休みの土曜日だから、もう少しの間寝ようと、頭の位置をずらそうとした。
 目を薄く開けると、目の前に洋也の顔があった。予期していなかったどアップに、ドキッとなる。
 でも、なんだか妙な違和感があった。
 …………洋也の顔がとても大きく見えるのだ。
 あれ? と思って、目をパチパチさせる。けれど、洋也の顔はやはりいつもより大きく見えて……。
 その時、僕の背中で何かがもぞもぞと動く気配がして、とても驚いた。ぎゃあと声を立てそうになって、僕は恐る恐る後ろを見る。
 …………心臓が止まるかと思った。
 だって、そこには……、『僕』がいたのだ。
 なんだ、夢だ。夢なんだ。と思って、僕は笑おうとした。
≪にゃあ≫
 そんな声が出てあれ? と首を傾げる。
≪にゃあ≫
 …………なんだか、ネコの鳴き声に聞こえないか?
≪にゃあ≫
 僕は自分の手を見ようとした。ぐっと右手を目の前にもってきたつもりで……、でも、見えたのは白く柔らかい毛に包まれた、ネコの足だった。
≪にゃあ≫
 どうしようと叫んだつもりなのに、鳴き声ばかりが聞こえてくる。
「ミルク、静かにしなさい」
 洋也の手が伸びてきて……、僕の頭を撫でた。
≪にゃあ(洋也、僕だよ)≫
「ミルク、うるさいぞ。秋良が起きるだろ」
≪にゃあ(だから、僕だってば)≫
「どうしたんだ? お腹空いたのか?」
≪にゃあ(違うんだってば)≫
「こーら。静かにしなさい。秋良を起こすと怒るぞ」
 …………だから、僕なんだってば。だが、洋也にはそんなこと、わかるはずがない。
 どうしようか考えて、そして寝ればいいことに気がついた。今度目が覚めれば、僕は僕に戻ってて、ミルクはミルクになっているだろう。そう、これは夢なんだから。
「にゃあ」
 そして、僕の背中から声が聞こえてきた。
「秋良がおきてしまっただろう、ミルク」
 僕は後ろで動いたミルクを見た。いや、『僕』を見た。
「秋良、寝てていいよ。まだ早いから」
 洋也が『僕』に話しかけている。優しい声……。
「にゃあ」
 『僕』が声を出す。
 どうして僕が声を出そうとしても≪にゃあ≫で、ミルクの『僕』も≪にゃあ≫なんだよ。
「それはミルクの真似か?」
 洋也は楽しそうに笑って、僕を乗り越えるように『僕』に手を回して………………。
≪にゃあーーー!!!≫
 いや、そう、確かに毎朝されている事だけど、でも、そんなの、目の前で見る羽目になるなんて!
「なんだ、ミルク。こんなの、見慣れてるだろ?」
≪にゃあ(見慣れてないよ)≫
 僕は今度からミルクの前では、キスもしないと決めて、抗議の声を上げた。けれど、≪にゃあ≫としか話せない。
「にゃあ」
 『僕』は不思議そうに、僕を見ている。そりゃ、目の前に自分がいれば、驚くだろう。
「秋良、いつまでミルクの真似をしているつもり?」
 洋也はおかしくてたまらないように、再び『僕』に唇を近づける。
≪にゃあ!!≫
 僕は必死で二人の間に小さな身体を押し入れる。
「こら、ミルク。邪魔をするな」
 僕がそれでもかまわずに、ぐいぐい身体ごと摺り寄せていくと、洋也は起きあがって、僕を膝の上に乗せる。
「どうしたんだ? 今日は……」
 決して怒っているような言い方ではなくて、洋也はあくまでも優しく僕の頭から背中をゆっくり撫でていく。
 泣きたいほど嬉しいような、切ない気持ちになった。
「にゃあ」
 『僕』が鳴いた。
「秋良、どうしたんだ? 二人とも今朝はおかしい……」
 言いかけて洋也ははっと『僕』と僕を見比べた。
「秋良」
≪にゃあ≫
 僕が返事をする。
「ミルク」
「にゃあ」
 『僕』が返事をする。
「まさか……」
 洋也は僕の両脇(?)に手を入れて、僕を自分の目の前に持ち上げた。
「秋良なのか?」
≪にゃあ、にゃあ!≫
 僕は信じてもらいたくて必死で返事をした。
「で、ミルク?」
 洋也はまだベッドに寝たままの『僕』に目を移した。
「にゃあ」
 『僕』はベッドに寝転んだまま返事をしたかと思うと、あろうことか、洋也の膝に自分の顎を乗せてきた。
≪にゃあ!≫
 僕は、≪自分≫のその姿に驚いて、『ミルク』を止めさせようと大きな声で何度も鳴いた。だが、聞いてはくれない。
≪にゃあ≫
 洋也に止めさせろと鳴いたつもりだけど、洋也はなんだかとても嬉しそうに、僕を片手に乗せるように抱くと、もう片手で、『僕』の頭を撫で始める。
≪にゃあ!(やめろよー!)≫
 けれど洋也は聞いてくれない。僕は必死で洋也のパジャマの胸に爪をかけよじ登る。そして憎らしい顎をぺちっと叩いてやった。
「みる……、じゃなかった、秋良」
 そんなつもりではなかったのだが、自分の爪は思っていたより長くて、洋也の顎を引っかいてしまった。
≪にゃあ(ごめん……)≫
≪にゃあ(でも、洋也が……)≫
 僕はしゅんとなって謝るが、どうしても≪にゃあ≫とか言えない。
「にゃあ」
 『僕』は洋也のひっかかれた顎に上半身を起こして伸びあがり、そして……そして……。プツッと小さな玉のような血の粒を舐めとった。
≪にゃあー!(ぎゃあー!)≫
 や、止めてくれ、ミルク……。
 だがその声もミルクに届かなかった。
 どうして? ミルクは『僕』になってもネコの言葉はわかるんじゃないのか? それより、どうして言葉がしゃべれないのだろう。僕がネコの言葉しかしゃべれないのなら、ミルクは人間の言葉をしゃべれるはずだ……。
「困ったな……」
 ちっとも困っていない口調で洋也は、僕を抱き、そして『僕』も抱いた。
 …………本当に困っているのかな? 喜んでいるように見えるけど……。
 多大の疑問と不安を抱えて、その1日は始まったのだ。
 
 朝ご飯を食べる時にはもう、問題が発生していた。
「秋良、それは無理じゃないかな……」
 洋也は気の毒そうに僕を見る。僕はテーブルの上に出されたスクランブルエッグを『スプーン』で食べようと格闘していた。だって、直接口をつける気にはなれなかったから。
 けれど、スプーンはネコの手には持てない。何度も何度も持とうとしたけれど、つるつる滑って、落ちてしまうのだ。
≪にゃあ!≫
 ふと、隣を見て、僕はテーブルの上で飛び上がってしまった。
 『僕』がお皿に直接口をつけて……。
「ミルク」
 洋也がやんわりとミルクを呼んだ。
「にゃあ」
 ミルクが顔を上げる。
「スプーンを持って食べなさい」
 洋也がスプーンの柄を『僕』に向かって差し出すが、『僕』は不思議そうにそれを見るだけで。
「仕方ないな」
 洋也は、……洋也はとても嬉しそうに「仕方ない」と言って、自分でスプーンを持った。
 え……、ちょっと……、待てよ。
 洋也がスクランブルエッグをすくい、『僕』の口に持っていく。それを『僕』はなんの疑いもせずに、口を開けて食べてしまう。
 …………やめてくれよー。
 何を言っても、≪にゃあ≫にしかならないので、言わずにおこうと思うのだけれど、洋也は妙に嬉しそうで、『僕』も嬉しそうで……。
「あ、ごめん」
 洋也は恨めしそうに見上げる僕に気づいて、こっちのスプーンを持ち上げた。
「あーん」
 げっ、洋也の口からそんな言葉が出るなんて、すごく似合わない。そう思いながら、僕は口を開けずにいた。食べさせてもらうなんて……。
「だって秋良、一人じゃ食べられないだろ?」
 そうだけど、そうだけど……。
「お腹が空くよ」
 何がそんなに嬉しいのか、洋也を疑ってしまうよ、僕は。
「ほら、秋良」
 仕方なく、本当に仕方なく、だってこのままじゃお皿に口をつけて食べなくちゃいけないから……。
 あーんと口を開けると、洋也がふんわりしたたまごを運んでくれる。
「おいしい?」
 だから、そんな楽しそうな顔するなってば……。
≪にゃあ≫
 嫌そうに鳴くと、洋也はクスクス笑う。
 ちくしょう。みてろよー。
 何をみてて欲しいんだか、普通なら口にできないことを言っても、今は≪にゃあ≫なので言いたい放題だ。
「なんだか秋良、怒っているみたいだな」
 わかってるじゃないかー。わかってたら、笑いながら食べさせるのはやめて欲しい……。
 
「どうした? 秋良」
 もぞもぞし始めた僕に、洋也はピンときたらしい。
「トイレか?」
 まさにその通りだったので、僕はうーと唸って洋也を見た。
 食事が済んで、『僕』になったミルクと一緒に、リビングのカーペットの上で寝転んでいた。生理現象を止められる者はいない。
「ミルクのトイレは……、嫌だよな」
 怒るように鳴いた僕に洋也は困ったように笑い、トイレを開けてくれた。
 人間の時にはなんでもないトイレは、けれど仔猫の僕には、とてつもなく大きく、また怖い存在になってしまった。
「……どうする?」
 聞くなよ。答えられないんだから。
「持ち上げてやるから、それでするっていうのは……?」
 僕は激しく首を振った。それだけは何があっても嫌だ。
「うーん……、ちょっと待ってて」
 洋也はいったん玄関を出て、ガレージから小さな板きれを持ってきた。
「これでどうかな?」
 そっとその上に乗せられると、多少不安定ではあるけれど、怖くはなかった。
「終わったら呼ぶんだぞ」
≪にゃあ≫
 それで僕は用事を済ませ、小さな身体を必死で伸ばして、水も流した。
 それで万事うまくいくはずだった……。そう、『僕』がトイレに入ろうとするまでは……。
「そりゃそうだよな……。ミルクもトイレはしたい……よな」
 洋也は困ったように僕を見た。
「秋良、向こうで待ってれば?」
 ミルクが人間の用の足し方を知っている筈はなく……、そして洋也が僕を遠ざける意味は……。
≪にゃあ!≫
 僕は必死で抗議の声を上げる。
「だって、仕方ないだろ?」
≪にゃあ! にゃあ!≫
 うう、腹が立つ、言葉さえしゃべれたら。言葉さえしゃべれたら。でも、しゃべれるようになっても、絶対洋也とは口なんかきいてやらない!
 その後、どうやって洋也がトイレの使い方を教えたのかは知らない……。
 
 現実問題として、どうしたら元に戻れるのだろうかと、僕は1日中考え込んでいた。
 今日は土曜日だから、明日も学校は休みで、この二日のうちに戻らなければ、大変な事になる。
 月曜日から学校に行きたい僕としては、なんとしてでも元に戻りたい。
 けれど、どうすれば元に戻れるのだろうか……。
『僕』は相変わらず、洋也の膝枕で、カーペットの上で寝ている。誰か来たりしたら、間違いなく人間の僕が寝ているわけで、どうぞ誰も来ませんようにと祈るしかない。
 ネコの僕は、洋也に何度呼ばれても、近づけずにいた。
 洋也と、彼に甘える自分の姿を見るということが、こんなにも切ないものとは思わなかった。
 昨日の夜、二人の間に潜り込んできたミルクが、洋也に撫でられるのを見て、…………いや、多分、そのずっと前から、無条件に洋也に甘え、なついているミルクを見ては、僕は自分では処理しきれない感情の渦巻くものを抱えていた。
 ミルクのようになれたら……。
 そう思う自分を恥じていた。
 ミルクは僕にとっても無条件に可愛い存在で、大切で、それに嘘偽りはないけれど……。
 同時に、洋也に甘えるその姿に、嫉妬のようなものも感じていた。
 正直な所、洋也がこんなにもペットを大切にするとは思わなかったのだ。
 ミルクを飼うと決めた時、正直僕は、洋也の迷惑にならないように気を遣う日々が始まるものと覚悟していた。
 それは嬉しい誤算だったけれど……。
「秋良、おいで」
 僕は首を振る。
 洋也は悲しそうな顔をして、自分の膝の上で眠る『僕』と自分に近づこうとしない僕を見比べた。
「元に戻ったら……」
 洋也は低く寂しい声で僕に話しかけてきた。
「元に戻ったら、……ミルクを飼ってくれる人を探そうか?」
 僕は驚いて目を瞬く。
「僕にはさ、秋良より大切なものなんてないのに、秋良はミルクがいると、僕から距離を置こうとする」
≪にゃあ……≫
「昨夜、二人の間に潜り込んできたミルクが、とても幸せそうに鳴いたから、僕は幸せだった。僕達には持つ事のできない形ある繋がりができたような気がして。二人の気持ちが同じだけ大切に思っているから、ミルクは僕達二人を同じように慕ってくれていると思っていたんだ。違うのかな?」
 洋也の言葉に、僕は瞠目した。
「だけど、秋良が何か、気持ちに負担を少しでも感じているなら……」
 僕は洋也の言葉を全部は聞かずに、洋也の元へと走った。『僕』が乗っている膝とは反対の膝に足をかけると、洋也が抱き上げてくれた。
「愛してるよ、秋良。早く、本物の秋良にそう言いたい……」
≪にゃあ≫
 僕も……。その言葉を洋也に言いたい。ちゃんと僕の言葉で。
「秋良……」
 洋也の肩に顎を乗せると、優しく優しく撫でられた。
「にゃあ」
『僕』も甘えるように鳴いて、洋也は微笑んで、二人をその大きな手で撫でてくれた。
 洋也の胸は二人分の甘えを、こんなにも容易く受けとめてくれる。
 どうして疑ったり、不満に感じてしまったのだろう。そう思うと、なんだか泣けて困った。
 洋也は僕の涙に気がつかない振りをしてくれた……。
 
 前言、大撤回!
 なんて嫌な奴、洋也!
 今浴室では、洋也が楽しそうに、『僕』をお風呂に入れている。
「入らないのも気持ち悪いだろ?」
「だって、ミルクは一人じゃ入れないだろうし」
「秋良も一緒にはいる?」
 今頃『僕』は……。ううう………………。
 浴室からは楽しそうな話し声が聞こえてくる。もちろん、人間の言葉を話せるのは洋也だけで、『僕』は「にゃあ」と言っているだけなんだけれど。
 二人がお風呂から出てくる気配がして、僕は慌ててリビングに戻る。
 絶対。絶対。絶対。
 もう洋也とは口をきかないんだから。
 とたとたとたと足音がして、『僕』がリビングに入ってきた。
≪にゃあ!!≫
 僕は驚いて『僕』を叱りつける。
 だって僕は……、その……、何も身につけていなかったから。
「にゃあ」
 『僕』は、ネコの僕をしゃがんで見つめる。
「ミルク、服を着なさい」
 洋也がバスローブを羽織って、『僕』を追いかけてくる。その手にはバスタオルと、バスローブを持っている。
 『僕』は洋也にバスローブを着せられ、頭を拭かれている。
「にゃあ」
 『僕』は嫌がって、洋也から逃げようとしている。
「こーら、あ……」
 『僕』は慌ててネコの僕ににじり寄り、僕のうしろに隠れようとした。当然、人間が猫に隠れられるはずはない。
「恐るべき習性だな」
 洋也は苦笑して、『僕』の髪を拭くのを諦めたらしい。
「秋良もシャンプーしようか?」
 自分の濡れた髪を拭きながら、洋也が僕を見た。僕は、ツーンと顔を横向ける。
 その身体をふわりと抱き上げられた。
 『僕』が僕を抱き上げたのだ。
「にゃあ」
 『僕』が僕の頭に頬を摺り寄せる。
 …………どうしたのだろう…。
 僕が顔を上げると、ミルクの『僕』はふっと笑った。とても悲しそうな顔で。
「どうした? ミルク……」
 洋也はそっと、白いネコを抱いている僕を抱きしめた。
 暖かくて、優しくて、幸せで……。
「にゃあ」
≪にゃあ≫
 僕とミルクが鳴いて、三人で笑いあった。
 
 ベッドに三人で並んで眠りについた。
 いつもと違うのは、僕が真ん中にいる事。
 もちろん、第三者の目から見れば、いつもと同じ、洋也と僕の間にミルクがいるように見えるだろうけれど。
「おやすみ、秋良、ミルク」
 洋也は僕と『僕』にそっとキスをした。
「ママ……」
 『僕』はたどたどしい言葉で、洋也の唇を舐めた。いつも『ミルク』がそうしていたように。
「ママ、…か……」
 くすっと洋也は笑い、『僕』の頭を撫でた。
「秋良のせいだぞ」
 こつんと僕の額を突ついて、そして同じように撫でる。
「………………」
 ミルクは何かを言って、今度は僕の口を舐めた。
≪にゃあ(何?)≫
 うまく聞き取れなくて、僕は洋也を見た。
「秋良もおやすみをして?」
 洋也の綺麗な微笑みに、僕も二人におやすみのキスをした。
 
 
 朝、庭から聞こえてくる雀の鳴き声に目が覚めた。朝の陽射しがカーテンの隙間から差し込んでくる。それは細く長い光の直線となって、丁度僕の枕元に伸びてくる。
 うーん、と背伸びをした時、手が何かに当たった。
「いた……」
「ごめん……」
 ごめんと言って、その言葉に驚いて僕はガバッと起きあがった。
「にゃあ」
 ミルクが抗議の声を上げる。
 ミルクは二人の間で、再び「にゃあ」と鳴いた。
「ミルク……。洋也……」
「おはよう、秋良」
 洋也は嬉しそうに笑って、僕を抱き寄せる。そっと唇が重なりそうになって、僕は慌てて離れようと、洋也の腕の中でもがいた。
「秋良?」
「もう、絶対、ミルクの前ではキスしない」
 僕が宣言すると、洋也は苦笑して、ミルクに向かってドアを指差した。
 ミルクは「にゃあ」と鳴いて、ベッドからすとんとおりた。
 そのままドアまで行くと、小さな身体でドアを押す。きちんと閉まっていなかったのか、ミルクはその隙間からするりと出て行く。
「秋良、愛してるよ」
 ミルクを見送る僕を背中から抱きしめ、洋也は囁いた。
「洋也……」
「秋良は? 聞かせて、秋良の言葉で」
 僕は胸に回された洋也の手に自分の手を重ね、僕は目を閉じ、息を吸い込んだ。
「僕は怒ってるから、しばらく口もきかない!」