熱い夜



 まだ熱い息をつく恋人の、乾いた唇を指でそっとなぞってみる。
 普段なら恥ずかしがって逃げようとするのに、彼はされるがままに、それどころかその指先を舐めようとしている。
 だが、目の焦点は合っていない。どこか遠くを見詰めるような淡い鳶色の瞳。舐めようと動く舌も、力が入らないのか、掠めるようにしか触れていかない。
「…………」
 名前を呼んでみても、返事をしない。瞳だけがちろりと動くが、どうも自分を遠くへ飛ばしてしまった相手を確認しているとも思えない。
 そんな愛らしい様子に満足して、相手を胸に抱き寄せ、髪に指を絡ませながら梳く。
 うっとりと目を閉じて逞しい胸に額を摺り寄せていく。胸にかかる熱い息はまだ穏やかさには程遠く、濡れた燻りが、再び燠火に火をつける。
 顎を持ち上げ、名前を呼ぶ。現われる鳶色の瞳。だがまだ意識は遠くを漂っているようだ。  笑みを深くして、額に唇を寄せる。
 甘い息の合間から、可愛い声が漏れる。
 誘われるままに唇を重ねると、乾いた喉が水を求めるように、舌に吸いつこうとする。おもうがままに、熱い舌を与えていると、「もっと」とねだられる。
 聞いたことも無いようなそんな台詞に、彼は背筋に痺れたような衝動を感じる。
 つい先程まで彼を呑み込んでいた小さな窄まりは、まだ熱いまま彼の指を容易く受け入れた。
「ああ、…………っ」
 キスの合間から、うわ言のように喘ぎを洩らす恋人に、最初はほんの悪戯のつもりが、抑えられない自分を感じつつ、指を増やしてゆく。
 虚ろな目が自分を映していないことが憎らしく、何度も名前を呼ぶが、彼はいっこうに戻ってくる様子はない。
 組み敷くようにシーツに押し付ける。それでも気持ちよさそうにうっとりと閉じられる瞳が憎らしい。喉に歯を立てるように吸い付くと、鼻にかかった声が、抑えきれない想いをさらに煽ってゆく。
 鎖骨を辿り、胸の飾りを舌の先で強く押し潰すように舐めた。跳ねる腰が愛しい人の昂ぶりが腹部に触れる。だが、今はまだそれを愛してはやらない。
 今日こそ、きっと、聞きたい言葉があるから。
 夢現のうわ言のような甘い吐息で、熱い喘ぎを漏らしている恋人の、小さな飾りを執拗に舐め、指で彼の最奥を探る。
「ああっ、……っ!」
 手がきつくシーツを掴み、足が震えながら弱々しく蹴る。
「あ、…も、もうっ」
 声にならない望み。何をして欲しいかわかりつつ、わざと逸らすように、愛撫は太腿から膝に流れていく。
 我慢できなくなったのか、とうとう恋人は自分の手で、それを掴んだ。愛撫の舌を止めてその姿を眺めてみる。
 半眼に開いた目は、やはり何も見てはいないようだ。熱く塗れた息を漏らす唇は薄く開けられ、中から赤い舌が覗く。
 手が……。
 それは初めて見る姿だった。
 愛してやまない人が、自分の手で、自分の昂まりを愛している。一心不乱というよりは、意識を完全に飛んでしまっているためか、普段なら想像も出来ない姿を曝しているというのに、その手を止める気配はない。
 先走りが滴り、湿った音が混じり始めても、彼はやめなかった。
 けれど、どうしてももっと強い刺激が欲しいのか、決定的に昇りつめられないのか、もどかしそうに手を動かしながら、自分を見下ろす恋人に媚びた視線を流した。
「は、早く、……入れて」
 こちらを見ているとも思えないのに、その視線は自分を捕らえ、足が徐々に開いていく。
 恋人の名を呼び、欲望を突き刺す。
 望むものを得られた恋人は、頭を仰け反らせ、その甘く、痛みを伴った衝撃を堪えた。
 上下に揺さぶられ、波に呑まれるような甘美な酔いが二人を包む。
 はっ、はっ、とどちらともつかない喘ぎが室内にこだまする。
 夜は……、

 夜はまだまだ長い。