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 その日、三池家のディナーは和やかに進んでいた。テーブルには、両親と長男、長男の恋人、双子の一人と末っ子。まあ、三池家にとっては、ごく普通の顔ぶれだった。
 和気藹々と楽しい食事だった。そう、父親の発言までは。
「ママ、今度の誕生日は連休だね、どこか旅行にでも行く?」
 いつまでたっても、貴方達は新婚ですか? と聞きたくなるほどラブラブな両親なので、息子たちは別にそれについてはなんとも思わなかった。相変わらず仲がいいなーと思っただけ。
「そうねー、ユニバーサルスタジオに行きたいわ」
 母親の希望も、息子たちは「まさかアメリカじゃないだろうな」とか、「今度僕たちも恋人と行こう」などと心の中で思っていたくらいで。
 ……だが……。
「みんなで」
 と母親の言葉が続いて、各自の箸がぴたりと止まった。
「秋良さんは今度の連休、何か予定がある?」
「えーっと、……何もないです」
 洋也はそのとき、もっと早くにテーブルの下で合図を送るべきだったと悔やんだが、すでに手遅れだった。
「勝也は?」
「……何かあった。何かあったよ」
 突然のことに、勝也は必死で用件を作り出そうとする。が……。
「もう、だめよ。一昨日聞いたときは何もないって言ってたでしょ。勝也が行けるって事は同じ学校のヨウ先生も京君も大丈夫ってことね。だからー、あとは正也たちに電話しましょ」
 母親は箸を置いて、いそいそと電話をかけに行く。
 どうにかしてよと拓也と勝也は父親に目で訴えるが、「電話して予定を確かめなさい」と母親に今もぞっこんの父親にあっさり撥ね退けられてしまった。頼みの長男は既に陥落されているので、二人は諦めて携帯に手を伸ばしたのだった。


 集合は羽田空港。
 恐ろしいことに、母親は真剣にアメリカのユニバーサルスタジオに行きたいと言ったようだったのだが、さすがに連休での旅行は国内しか無理ということで、これは父親が説得してユニバーサルスタジオジャパンになった。
「危なく成田集合だったよねぇ」
 正也の言葉に、一同は乾いた笑みを返す。
「はい、これかボーディングパスよ。席を移動するなら、個人で交渉してね」
 誕生日のはずの母親が添乗員よろしく世話を焼いてくれる。
「東京−大阪間なのに、スーパーシートは贅沢じゃない?」
 秋良が洋也に尋ねるが、洋也は肩をすくめて「いいんだよ」と呟いた。
 スーパーシートなので、二人ずつ席に着く。もちろん、それぞれが自分の相手と隣り合っている。
「僕たちって、どんな風に見えるだろうねー?」
 空港でも注目を浴びまくっていて、今もキャビンアテンダントが先を競うようにサービスに来てくれる。そんな様子を見て早くも疲れを感じていた京は、拓也の発言に「さぁ……」と素気無い返事をしてしまう。
 父親と長男、末っ子は間違いなく親子に見えるだろう。そして双子と母親は、親子、もしくは少し年の離れた姉と弟。
 なら、そこに加わった四人は……。京は拓也が今度の連休はデートしようねと電話をくれたときに、どうしてこうなることを説明してくれなかったのかと少し恨みがましく思う。知っていたなら、断ったのに……。
 それは京たちの後ろに座っている陽も同じように感じていた。
 一番最後にこのメンバーに加わることになった自分は、どうしても少し離れてしまう。勝也が気を遣ってくれるので、疎外感は感じずに済むが、できることなら遠慮したかった。
 子供たちの様子を気にすることもなく、母親と父親は睦まじく楽しそうに話をしている。東京で買ったUSJのガイドブックを見ながら、あれやこれやとプランを立てているのだろう。
 現地で逃げ出してやる……。
 そう思ったのは、十人中何人だったのかは……、わからないことにしておこう。

 空港からタクシー三台に分乗して、一行はUSJに到着する。
 連休ということもあって、パークはかなり混雑している。
 しかも園内に入ろうとする人たちは、チケット売り場で待っている美麗な集団に思わず立ち止まるので、実は園内よりゲートのほうが混んでいることをみんなは気づいていない。
 父親が買ってきたチケットをそれぞれに受け取り、ゲートを潜る。
「みんなで行動するのは大変だから、ここからは別行動にしましょ」
 母親の宣言に、兄弟たちは「そうだよねぇ」と賛成する。
「じゃ、アキラさんたち、行きましょう」
 その油断をついて、母親は秋良と陽の腕を取った。
「え?」
 ぼんやりと園内を見回していた秋良と陽は、腕を引かれるままに、連れ去られていく。女性を振り切る失礼もできずに……。
「あーー!!」
 勝也が叫び声をあげるが、すでに手遅れだった。
「とられちゃったよ……」
「母さんの趣味がものすごくよくわかる二人だねぇ」
 拓也が苦笑していると、「京、行こうぜ!」と横で声がした。
 あ! と思ったときは勝也が京の手を引っ張って、拓也に手を振っていた。拓也にとって少し寂しいのは、京が勝也に喜んでついていってる様に見えることだ。
 残る五人は顔を見合わせる。……なんだか不毛だ。
「昼のレストランを予約してくるよ。洋也、どうする?」
 父親は余裕の笑みで長男に語りかける。
「それに付き合って……、あとは母さんたちのために順番取りに並ぼうかな」
「……だな」
 二人が並んで去っていくのを、三人はまた見送る。
「どうする?」
 もうどうでもいいやとばかりに、正也は崇志に訊く。
「俺は写真を撮りたい」
 カメラを手にした崇志を双子は左右から挟みこむ。
「じゃ、両手に花だね」
「……一人にしてくれ」
 でないと双子目当ての人が集まり、思う風景が撮れない……。
 もちろん、その要望はあっさり却下された。

 香那子と秋良、陽の三人はまずウォーターワールドへとやってきた。水上で繰り広げられるショーは、爆発シーンも超がつく迫力で、前方に座った三人は、アクターたちの立てる水しぶきを派手に浴びてしまう。
 髪や服を濡らせて三人は顔を見合わせて、その姿に笑ってしまう。
 ショーが終わって会場を出ると、史也から電話が入り、ジョーズがもうすぐ入れるというので、三人は走った。
 洋也と史也と交代してもらい、アトラクションに並ぶ、次はどこを見たいかと訊かれ、秋良と陽は香那子に選択権を譲る。
「じゃあ、E.Tがいいわ」
 二人を見送り、三人はショーの感想を話したり、これから観るアトラクションの解説を読んだりする。
 いつの間にか秋良とごく普通に話している自分に気がついて、陽はほっとする。勝也や兄がいないことで、自然に向き合えたことと、その機会を与えてくれた母親に感謝する。
 陽が秋良を見ていると、視線に気がついたのか、秋良が顔を上げる。にっこり微笑まれても、もう胸が痛くなくて、陽は微笑み返すことができたのだった。

「なあ、もしかして、こういうの苦手か?」
 ジュラシック・パーク・ザ・ライドに並んでいた勝也はじっと黒い瞳を前方に向ける京に、心配になって尋ねた。
「それとも、タクちゃんと一緒に来たかった?」
 陽を連れて行かれたショックでつい京を引っ張ってきてしまったが、強引過ぎただろうかと、今になって申し訳なさを感じる。
「お前と一緒のほうが気が楽だけど……」
 決して拓也には聞かせられないなと勝也は肩をすくめる。
「じゃあ、絶叫系は嫌い?」
 勝也自身はとても好きだけれど、そういえば京と遊園地系へはきたことがないと思い出す。拓也もそんな場所へこの友人を連れて行かないだろうなと思う。
「嫌いも何も……、乗ったことない」
「え?」
 京の返事に驚いた勝也だったが、それもありえるというか、あまりにも京に似合っている答えに、なるほどなと頷いてしまう。
「じゃあ、今日が初体験だな」
「う……」
「乗り物に酔ったりしないだろ?」
「それは、……うん」
「じゃ大丈夫だって」
 勝也のあっさりした根拠のない保証に、京は向こうに見える派手な水飛沫と、同時に聞こえてくる悲鳴に、なんともいえない微妙な笑顔を見せた。

「写真ばっかりで面白くなーい」
 正也の不満に、崇志はうんざり気味に振り返る。
「だからー、どこかアトラクションに行ってくればいいだろう?」
「拓也と二人で行って何が面白いのさ」
 意味不明の却下に遭う。
 だが、正也の不満を無視していると、うしろで二人が声をかけられる。
「お二人でこられたんですかー?」
 崇志はこれで五回目と数えながら、カメラを噴水に向け、二人とは他人のふりをする。
 正也は声をかけてきた女性の二人連れにちらりと視線を向けたが、あとは綺麗にそれを無視する。拓也は最初から女性には目もくれない。
 放り出された形になってしまった女性は、むっとしながらも恥じるように去っていく。
「お前な、断るにしても、もう少しマナーというものがあるだろう」
 振り返る崇志に、正也は平然と答えた。
「マナーの前に自分の顔と相談して欲しいよね」
 女性が聞けば激怒する台詞も、正也が言えば、逃げ出すしかない。今で五組目の女性たちも綺麗ではあったが、正也たちと比べるとどうしても見劣りしてしまう。
「俺だってお前とは釣り合いが取れないぞ」
 崇志の台詞に拓也は心の中に苦笑を隠す。京といい、崇志といい、どうして彼らは自分の魅力に気がつかないのだろうか。
「崇志はいいの。僕が見つけたんだもーん」
 そろそろ飽きてきた正也は崇志のカメラを取り上げる。
「おい!」
「せっかく来たんだからさー、何か見ようよ。んー、ターミネーターがいいなー」
 カメラを囮にして、三人はアトラクションを目指した。


 昼の予約をした園内のレストランに全員が集合する。
「京……もしかして、ジュラシックパーク?」
 頭からしっぽり濡れた京と勝也を見て、拓也は慌ててハンカチを取り出し、弟は無視して京の髪を拭いてやる。
「俺、……今、食べられない」
 わりと平然とした顔をしているが、よく見れば心なしか、顔色が優れない。
「勝也、無理に乗せるんじゃない」
 拓也が怒ると、勝也は不満そうに答える。
「乗ってるときも、ここに来るときも平気そうだったんだけど……。あ、写真見る? ほら、京も全然平気そうだろ?」
 勝也が落下の瞬間の写真を拓也に見せる。なんと最前列に座った二人は、勝也は楽しそうな笑顔で、京はといえば、表情一つ変えていない。
「平気そうじゃないだろう、辛そうじゃないか」
「そんなの、タクちゃんにしかわかんないよ」
「うー、怖くなかったけど、……お腹がひっくり返ったみたい……」
 甲斐甲斐しく世話を始めた拓也に親友を任せ、勝也は陽の隣に行く。何を見てきたのかとマップを見ながら聞いている。
 全員が集まったところで席に案内される。シャンパンで乾杯し、楽しい昼食をとる。
 それぞれが何を見てきたのかを話し、次のアトラクションに狙いをつける。
 レストランを出ると、勝也が素早く陽の肩を抱いた。
「母さん、陽は返してもらうからね」
「いいわよー」
 香那子はクスクス笑う。
「陽、ジュラシックパークに行こう」
「って、勝也、さっき乗ったんだろう」
「もう一回乗りたいんだよ」
 二人が楽しそうに話しながら歩いていく。
「今食べたもの。出ちゃわないのかな」
 まだ胃がひっくり返っているような気のする京が心配そうに言う。
「勝也は大丈夫だけれど、朝比奈先生は大丈夫なのかな?」
「さぁ……」
「あら、大丈夫よ。好きだって言ってたわよ。ね、秋良さん」
「はい。パンジージャンプとかもいけるって」
 香那子と秋良の会話に、顔に似合わず過激なんだなと、みんなは顔を見合わせる。
「朝比奈先生って、確かに怒ったら怖いかも」
「そうなの?」
「昨日もふざけた奴がいて……宿題が増えた」
 京の呟きに拓也は苦笑する。
「あとで手伝おうか?」
「俺は……もう済んだ」
 じゃ僕たちも別行動ねと、拓也は京を連れて行く。
「崇志も今度こそ、カメラはなしだからね」
「えー、せっかく来たのに」
「せっかく来たんだから、遊ばなくちゃ」
 崇志のカメラを持ったまま、正也はすたすたと歩き始める。
「あなたたちも行っていいわよ」
 香那子は洋也たちに声をかける。
「何か見たいものある?」
 洋也が秋良に尋ねると、秋良は少し考えて、アニマルショーを指差した。
「じゃあ、ホテルで合流だから」
 史也の言葉に頷いて、洋也たちも目的地に向かう。
「香那子、あとは何を見たいのかな?」
「セサミストリートを見ましょうよ」
 香那子の希望に史也は微笑み、腕を差し出す。その腕に手を回し、二人は楽しそうに話しながら、通りを歩く。
 特に急ぐでもない二人は、途中始まったパフォーマンスを眺め、楽しく笑い、盛大な拍手を送ったりした。


 ホテルはUSJ近くのオフィシャルで、プレジデンシャルスウィートを一つと、ジュニアスウィートを四つ取ってあった。
 食事はレストランへは行かず、プレジデンシャルスウィートのリビングに用意してもらってあった。
 一足先にホテルに戻った洋也は、父親と打ち合わせた通りに、パーティの用意を整えていく。
 史也が香那子を連れて戻ってきたときには、すっかり用意が整い、8人が二人を出迎えた。
 派手に鳴り響くクラッカーと、部屋にむせ返るほどの薔薇の薫り。
 みんなが歌うハッピーバースディの歌に、香那子は涙を浮かべた。
「一緒に来てくれただけで私には最高のプレゼントだったのに」
 思いもかけぬパーティに、香那子は感激する。
 史也に手を取られ席に着くと、ボーイがシャンパンを抜く。
 テーブルには綺麗に飾りつけられたデコレーションケーキを中心に、美味しそうな料理が並ぶ。
「いつも綺麗なママに乾杯」
 史也の声に、みんながグラスを掲げる。
「ありがとう」
 香那子は本当に嬉しそうににっこりと笑った。