西暦2xxx年、10月xx日。
 地球に巨大隕石が衝突した。
 北極付近に落下した隕石による災害は温暖化の危機を回避した地球に甚大な被害を与えた。
 巨大な津波と海面の上昇によって北半球の45%の陸地が水没した。
 その後隕石付近を中心にガスが発生し、太陽光線を遮断された地球は、今度は冷害の危機に瀕していた。
 それでも人類は力を合わせ、再起への道を進み始めた。
 しかし、その尽力を覆すような災厄が降りかかった。
 隕石は、落石現場周辺の生命体にある影響を齎した。
 隕石に含有していたと思われる成分によって、人間は特殊な変化をした。筋肉の限界を超えた増強と、知覚神経の有り得ない発達。変化した人間はそれを「進化」と呼んだ。
 動植物は巨大化し、影響を受け合った者同士の特有のテレパシーで、命令を聞くようになった。
 進化人類は、隕石の影響を受けなかった現存人類を原人と呼び、地球そのものを支配しようとした。
 特殊変化を異様な状態と判断した現存人類は、国同士が同盟を結び、地球連邦軍を形成した。
 話し合いなど最初からなかった。
 進化人類は共存共栄を求めたのではなく、現存人類を奴隷化することしか考えてなかったのである。
 戦端は安易に開かれた。
 当初はいくら特殊な能力に目覚めたとしても、連邦軍の数の圧力には適うはずがないと思われた進化軍だったが、その特殊能力を欲しがって寝返る者達が増えていき、今や戦況はどちらにとっても厳しいものとなっていた。
 現存人類は次第に若者たちを徴兵するしかなくなり、進化軍とは別に反乱軍まで現われて、世界のいたるところで戦乱があった。
 誰もが疲れ、嘆き、悲しみ、恨んではいても、決着はつくことはなく、このまま人類自体が滅びるのではないか……と、絶望が地球を覆っていた。
 そんな絶望の中で、密やかに囁かれる噂があった。
 連邦軍の危機に出現し、助けてくれる戦士がいる。
 密かに、けれど確実に、人々は祈りを捧げるようにして、その救世主を待ち望んでいた。
 この戦いに終止符を打ち、人類の平和を取り戻してくれる戦士を……。


 地球連邦軍が隕石落下地点の南側から進軍し、進化軍と抗争を繰り広げているS地点。
「な、なんだ、あれ……。あんな進化獣がいるなんて、聞いてないっ!」
 機関銃を持った兵士が、目の前に現われた巨大な獣に恐慌をきたし、闇雲に銃を乱射し始めた。
「落ち着け! 急所を見極めるんだ。先頭にいる仲間が危ない!」
 連邦軍日本兵の若村周平は、狂乱中の隊員をなんとか落ち着かせようとするが、自らも新たに現われた別の進化獣と対面しなくてはならなかった。
 周平の目の前にいるのは元はバッファローだったと思われる牛型の進化獣で、体は10倍にも巨大化し、頭の角は禍々しいほどに尖っている。
 あの角に身体の一部でも引っ掛けられれば命取りだということはよく知っている。
 それでも逃げ出すことはできないのだ。
「うぁぁぁぁぁぁわぁぁぁ!」
 隣で断末魔の悲鳴が上がるが、そちらに目をやる余裕は全くない。
 睨みあった視線を外せば、自分も同じ運命をたどる。
 こめかみを冷たい汗が伝う。
 周平の機関銃は既に弾を撃ち尽くし、手に持っている日本刀しか武器はない。
 それは進化獣に対してあまりにも細く思えた。
 バッファロー型の進化獣の向こうでは、新型の進化獣が連邦軍の兵士を薙ぎ倒し、ただ一人残った周平に目を向けた。
 炎のような狂った赤い瞳。進化獣特有の色だ。人も獣も隕石の影響を受けたものの瞳は血より赤く、暗闇でも怪しく光る。
 もう自分一人だと悟った周平は、二匹の進化獣を目の前に、生き残る術はないのだと、どことなく他人事のように唇だけで笑った。
 視界が絶望に捕らわれた時、目の前を横切る光があった。
 隕石の落下によるガスでこの辺りは日中も厚い雲に覆われているのだが、その薄闇の中で、光が弾けた。
 驚きに瞬きをしたので、涙が掃われ、その正体がわかった。
 金色の太陽のような綺麗な髪。
 元は腰に届くほど長かったらしいが、今は無残なほどに短く、ざんばらに切られている。
 手に持っている剣は両刃で先端が細く、刀身に文字のようなものが彫られている。
 その文字に進化獣の返り血が滲んで、赤黒く不気味な光を放っている。
 何よりその剣士の特徴は、左腕をぐるぐる巻きにした赤い革だ。
 深紅の革が手首から二の腕までを覆っている。
 彼は剣の重さを感じさせないような身軽さで獣に突っ込み、小さいほうの喉笛を掻き切る。
 血飛沫を避けるようにひらりと地面に舞い降りたかと思うと、着地の衝撃をジャンプのステップに切り替えして、大きいほうへと飛ぶ。
 その飛躍力に驚いていると、剣士は獣の背中に刃を突き立てた。
 もんどりうって倒れた獣の腹を、着地より早く袈裟懸けに切る。
 またも地面につくよりは蹴るほうが早いと思われる動作で、流れ出る内臓をよけた。
「生きてるか?」
 想像していたよりずいぶん優しい声で尋ねられ、周平ははっと顔を上げる。
 目の前に伝説の剣士が立っていた。
「生きていて闘えるのなら、あいつらを倒す手伝いをしてくれ。せめて三人な」
 彼が指差す方向から、二匹の獣を操っていたと思われる進化軍の兵士が飛び出して来ていた。
 本来ならば獣が倒されれば逃げ出す敵兵も、彼を倒せば戦果を上げられるとあって、何が何でも飛び出してきたのだろう。
 周平はせめて三人は、と刀を握りしめなおす。
 剣士はそれを見て、期待しているとにやりと笑った。