CRY CRY CRY



「アキちゃん、これからもさ、アキちゃんって呼んでいい?」

「アキちゃん、俺ね、好きな人ができた」

「その人のこと、アキちゃんより、好きかも知れない」

 

 小学6年生の時に出会った子は、秋良の前で5回目の夏を迎えた。

 子供らしい無邪気さと、元気さと、逞しさで、秋良の目の前で成長していった。

 そして、そのひたむきな態度が、いつも秋良を元気付けてくれた。

 想いの深さを知りながら、受け入れることはできなかった。

 自分には溢れるほど愛情を注いでくれる人がいて、自分の心も一心にその人を求めているから。

 そして、とうとう愛しい子から告げられた言葉。

 好きな人ができた……。

 誰よりも祝福してやりたい。

 早く想いが届くといい。

 そう願う気持ちに偽りはないけれど、この苦しさは……、なんだろう。

 

「秋良?」

 玄関を入った途端、涙が溢れてきた。

 愛する人の姿を見た途端、嗚咽が勝手に漏れた。

「おかえり」

 洋也はわけも訊かず、優しく抱きしめてくれた。

 その胸の中は温かく、秋良がもっとも落ち着ける場所だった。

 ぎゅっとしがみつけば、いつでも答えてくれる。大き過ぎる愛は、けれど、いくらでも溢れてくる。その中にいれば、何も考えずに済む……。

「誰だろうねぇ、僕の秋良をこんなに泣かせた奴は」

 秋良の涙が乾くのを待って、洋也は冗談混じりに言う。

 秋良は泣いてしまった恥ずかしさも手伝ってか、クスクス笑う。

「洋也じゃないの?」

「僕かぁ?」

 するりと洋也の腕を抜け、秋良は部屋の中へ入っていく。思い切り泣いたら、なんだか心の中が軽くなっていくのがわかった。

「夕食はどうした?」

「食べてきちゃった。ごめん」

 本当は三人で食べるつもりで、夕食を摂らずに帰ってきたけれど、どうも食べる気になれなかった。

「いいさ、じゃあ、風呂に入ってくれば?」

「うん、ありがと。……そうだ、一緒に入らない?」

 秋良の珍しい誘いに、洋也は一瞬驚いた様に目を開け、すぐににっこりと微笑んだ。

「いいね。脱がせてあげるよ」

「バッ、バカ。脱ぐのは自分で脱ぐよ!」

 慌ててリビングを走り出る背中を見送りながら、洋也はこっそり、小さな溜め息を隠した。

 

「好きな人ができたんだって、勝也に」

 バスタブに頭を預け、洋也に髪を洗ってもらっていると、自然にそのことを言えた。

「勝手に僕に教えても良かったのか?」

 洋也に指摘されて、秋良はあっと小さく叫んだ。

「うーん、でも、内緒だって言わなかったし。言っちゃまずかったかなぁ」

「まあ、聞かなかったことにしておくよ。でも、あいつの場合、態度でわかっていたけれどね」

「ええっ、だったら、どうして教えてくれなかったのさ、おかげで僕……、いたっ」

 首を起こそうとして、目にシャンプーが入りこんだのか、秋良はきつくを閉じて擦ろうとする。

「駄目だよ、擦っちゃ」

 タオルで目の縁についた泡を拭ってやりながら、洋也はシャワーを捻った。

「ほら、もう少し、目を閉じていて」

「うん……」

「リンスもするよ」

 再び頭を預けて、秋良は目を閉じる。ふわりと漂う甘い香りに、秋良はクスクス笑う。

「どうした?」

「ううん、どんな女の子かなーって」

 楽しみに笑う秋良に、洋也は一度だけ会ったことのある、その人物を思い浮かべる。秋良とは種類の違う、芯の強そうなその瞳。

「さあ、でも、そのうちに連れてくるんじゃないのか? 相手が嫌がらなければ」

「紹介してくれるのかなー?」

「そりゃ、誰よりも先に、秋良に会わせるだろうね、あいつの事だから」

「楽しみだなー」

「流すよ」

 軽くマッサージをして、流してやる。いつか来るだろう日を思い浮かべて、今からにこにこと楽しそうに笑っている秋良を見ながら、洋也は心の中で毒づく。

「それまで僕がフォローするのか?」

「何か言った?」

 勢いよく流れるシャワーに掻き消され、洋也の呟きは届かない。

「なんでもないよ」

 大きな声で返事を返して、洋也は溜め息をつく。お安いご用さと開き直る。

 もう、秋良を奪われると怯えなくていいのなら。

「洋也も洗ってあげようか?」

「いいよ、また今度頼む」

 なんだか疲れてしまって、洋也は一生に数度しかない申し出を断ってしまった。

「じゃあ、先に上がってるよ」

 湯気の向こうに消えた秋良のシルエットを見送り、洋也は頭からシャワーを浴びる。何も考えさせずに、秋良を眠らせる。秋良の奥底に潜む、矛盾に満ちた想いを気づかせてはいけない。

 愛し抜く。何があっても。二度と秋良の心をあの迷宮に迷いこませてはならない。

 

 ベッドで秋良は身体を撓らせる。

 はあ、はあと漏れる熱い息の向こうから、洋也を見詰める瞳は熱に潤んでいて、それだけで洋也の身体を昂ぶらせていく。

「洋也……」

 滑らかな肌に唇を寄せ、きつく吸い上げると、そこに淡い徴が浮かんでくる。

(僕のものだ、秋良……)

 愛している。誰よりも。何よりも。

「あっ、……ひろや」

 秋良の中に侵入する時、肩をきつく掴まれた。ピリッと走る痛みはきっと、秋良の薄い爪が肌を食い破ったのだろう。

 その痛みさえ甘美だった。

「秋良……、秋良……」

 突き上げる度、名前を呼ぶ。答えようとする唇を吸う。息ごと、飲みこみたい。

「秋良、……愛してる。秋良……」

 ふ、と秋良の唇が薄く笑む。きっと、洋也の思いは届いているのだ。

「ああっ、…………っ!」

 愛しさに抑制の箍は外れ、注挿は激しさを増して、秋良を攻めたてた。

 

 秋良は深い眠りの中にいるのだろう、洋也が汗を拭いてやっても、まぶたすら動かさなかった。

 洋也は囁く様に語りかける。たった一人の永い夜の時間を。

 

 

 秋良……。

 あの日に、僕は誓ったんだ。

 秋良、君を誰にも渡さないと。

 君が二人分の愛を欲しがっていると知っていてもね。

 秋良……、

 君はその想いに気づいちゃいけない。

 そんな自分を、秋良は許せないだろう?

 だから、僕が守ってあげる。

 絶対、その想いの正体に気づかせない。

 抱えきれない愛を永遠にそそぎ続けよう。

 君が、受け止めきれないほど、愛してあげる。

 その深さのそこに沈む、自分を見つめないように……。

 秋良……。

 僕はずっと、君を愛しつづけよう。

 ずっと、ずっと、

 何があっても……。

 僕には、君だけだから……。

 君だけだから……。