Present
久しぶりのデートだった。
いつもは学校内で会うし、放課後や休みは怜一の部屋で過ごすことが多いので、あまりデートとは言えない。
休日は外に出てもいいと思うのだが、久志が同級生に会うかもしれないと不安がるので、外へはあまり出ないようになってしまっていた。
けれど3月には久志の誕生日もあるので、どこかへ出かけようと誘うと、久志も珍しく出かけたがった。
「どこか行きたいところがあるのか?」
珍しいなと怜一が場所を聞くと、久志は国際空港の名前を挙げる。
「空港? 飛行機を見たいのか?」
「えっと、空港でイベントがあって。ほら、夏に公開される映画の」
「ああ、あの魔法使いの。なんだ、俳優でも来るのか?」
「違うよ。日本じゃまだ買えない原作とか、他の原書が限定で発売されるらしくって」
唇を尖らせてむきになって言う久志が可愛くて、怜一は抱き寄せて頬にキスをする。
「もう、先生」
久志が逃げようとするのを追いかけて、更にキスを重ねる。
「じゃあ、誕生日のプレゼントに本を買ってやるよ」
「本当? いいの?」
大きな目がキラキラと輝くのを見て、怜一は微笑む。こんなに可愛い笑顔を見せてもらえるのなら、毎日でも買うのになと思いながら……。
というわけで、久しぶりのデートで二人は空港内のイベントブースを訪れていた。
「どれが欲しいんだ?」
久志は大きな目を更に大きく見開いて、怜一のことも忘れたように、色んな本に目を輝かせている。
一時間も過ぎた頃に久志は三冊の本を手に迷い始めた。
「どれにしよう」
真剣に迷っているので怜一は久志の手から三冊を取り上げる。
「どれも欲しいんだろう?」
「うん……」
「三冊とも買ってやるよ」
「え、でも……。高いし……」
原書なので、日本で買うよりかは幾分高い。中にはフルカラーのものもあって、それは自分で買うかと思いながらも、さすがに高いので迷っていたものだ。
「誕生日くらい贅沢になれよ。一応社会人だから、これくらい買えます」
怜一は笑って三冊をレジへともっていく。プレゼント用に丁寧に包んでもらい、久志の手にプレゼントを渡す。
「ありがとう、先生」
久志は本当に嬉しそうに笑い、大事そうに胸に抱える。
「お前な、こんなときくらい名前で呼べよ」
人前で抱きしめられないジレンマを隠すように苦笑と共に久志の頭に手を乗せた時だった。
「怜一? 怜一でしょ?」
背後からアルトだがよく通る明るい声が怜一を呼んだ。
「ものすごく久しぶりね。元気だった?」
二人が振り向いた先にはクリーム色のパンツスーツで、栗色のウェーブヘアを上品にアップした女性がニコニコと怜一を見ていた。年のころは怜一と同じだろうか。
「私よ、彩子。わからないなんて言わせないわよ」
手にバインダーを持ち、上着の左腰に映画のCMバッジをつけているので、このイベントの関係者なのだろう。
「彩子って、自分で言ってりゃ世話ないな。元気そうだな、相変わらず」
怜一は久志に向けていた笑顔をすっと隠し、唇に皮肉そうな笑みを作る。
「今日は親戚の子のお守で来たの? 言ってくれればスタッフパスを渡すのに」
親戚の子、お守と言われ、久志は今貰ったばかりのプレゼントを更にきつく抱きしめ、視線を足元に落とす。彼女はきちんとしたスーツからでもわかるほどスタイルは良かったし、その口調からもわかるほど自信に溢れた笑顔が似合うほどには十分美人だった。
「親戚の子じゃねーよ。決め付けるな」
女性の嬉しそうな声とは反対に、怜一はどちらかというと授業中のような平坦な声を出していた。それが久志には少しだけ救いとなっていた。
「あら、そうなの? 私達の年代じゃなかなかこようとは思わないでしょ? プレゼンターとして企画を間違ったかしらと思っちゃったわ」
「なんだ、お前が企画したのか?」
「そうなの。映画公開のプレゼンテーションのまだ第一段階目ですけどね。好きなら試写会の席を用意するわよ。来る?」
「どうする? 見たいか?」
彩子に聞かれ、怜一にも聞かれ、行きたい気持ちを抑えて久志は首を横に振った。礼一たちの年代じゃ来ないと言われたことが引っかかっていた。
「いいの? ほんとに?」
責められているように感じられて、久志はドキドキしながらごめんなさいと小さな声で謝った。
「試写会とか人が多そうだからいいわ。学校の休みで人の少なそうなときに行くから」
怜一のフォローだったが、彼女は別のことに反応した。
「学校!? まさか怜一、本気で学校の教師になったんじゃないでしょうね?」
ものすごく驚いたように尋ねられ、久志は驚いて首を竦めてしまう。
「なんだよ。なっちゃ悪いのか? 高校で数学を教えてるぞ」
「信じられない。自分を安売りしすぎよ。あなたを必要としている場所はもっと他にあるでしょう」
怜一が高校の教師であることを責めている言葉に、久志は思わず一歩下がってしまう。怜一が教師なのはお前のせいだと責められているように聞こえた。
「俺は天職だと思ってるがなぁ」
「じゃあ、その子は生徒なの?」
ぴくりと肩が震えてしまう。生徒であることがばれてもまずいことはないだろうが、怜一が友人たちの間でどんな風に言われるかと思うと、気が気ではない。
「生徒じゃねーよ。彩子、仕事中なんじゃねーのか?」
「私は見回るのが今日の仕事なのよ。あなたこそ、生徒に手を出しちゃだめよ」
「余計なお世話だ。行くぞ、へー」
「う、うん」
久志はその場で何故か驚いている彩子にぺこりと頭を下げて怜一を追いかけた。
「な、なによ」
その背中に彩子の声が届いた。
「何よ、へーちゃんを捕まえたんなら報告しなさいよ。心配してたんだから!」
周りの人が彼女を振り返るくらい大きな声だった。久志もまた自分の名前が出たことで驚いて振り返ってしまう。
「バカ、振り返るな」
久志の腕を引いて歩かせようと急かす。
「で、でも」
「その子がへーちゃんだって知ってたら、あんな意地悪も言わなかったわよ。こら、スケベ怜一!」
「先生……」
今や彼女は注目の的である。自分の企画したイベントで、あんなに目立ってはまずいのではないだろうかと久志は心配になる。
「へーちゃん、その男のこと、よろしくね!」
涙を含んだような声に久志は立ち止まり、くるりと彩子を振り返った。
自分に向かって手を振る彩子に、久志は頭を下げた。
「あとでチケット送るわねー」
既に笑顔になった彩子はひらひらと手を振り、それだけを言うとくるりときびすを返して、ハイヒールの音も高らかに、人込みの中へと消えていった。
「ほら、行くぞ」
怜一は決まり悪そうに久志を見ようともせずに急がせる。
「あの人、僕のこと知ってた……」
「あーーー、なんでだろうな」
誤魔化したつもりの怜一に、久志はくすっと笑う。
「先生、ありがとう」
「そんなものでよかったら、また買ってやるよ」
違うのに。もちろんこのプレゼントも嬉しかったが、それよりももっと嬉しいものを貰ってしまった。
久志は先を急ごうとする怜一を追いかけて、そっとそっと、その手に触れる。
怜一は驚いてようやく久志を見たが、嬉しそうに笑って、手を握り返してくれた。