ラブ・マッチ
 
 
『借りた本、返すから』
 その電話があった時、怜一は本を貸したことすら忘れていた。
 わざわざ学校まで電話をかけてきた友人は、ちょうど怜一がいらいらしていたこともあって、その日のうちに取りに来なければ古書店に売ってしまうと言うと、デートだと言っていたのに、慌てて取りに来た。その恋人やらを連れてきて。
 どうも自慢の恋人を見せびらかされたような気がしてならなかったのは、その時の自分の恋が、煮詰まっていたせいだろう。
 だから、本を返しに来るという電話があったとき、怜一はあることを思いつき、不敵な笑みを浮かべていた。
 そして友人の電話を切るなり、愛しくて、可愛くてたまらない、自分の恋人に電話をかけた。
「へー、今からおいで」と……。
 
 
 
 結局その日の夜久志を泊めた怜一は、翌朝早くから起き出して、友人を迎える準備をごそごそとしていた。
 久志は昨夜の疲れもあってか、起き出してこない。もっとも、高校生の男の子なんて、1日中寝ても寝たりないくらいだ。
 そして昼近くに、インターホンが鳴った。
「よお、遅かったな」
 予想通り、怜一の友人、三池洋也は今日も恋人も連れてきている。
「こんにちは」
 怜一がにっこり挨拶すると、同じ年とは思えないその人は、優しい笑みを浮かべて挨拶を返す。
「すみません、また僕までお邪魔して」
 二人は一緒に暮らしているし、付き合うようになってから5年が経っているらしいが、怜一の目から見れば、まるで新婚状態だ。けれど、やはり怜一たちにはない、落ちついた雰囲気があるのもまた事実だった。
 二人をリビングに通し、コーヒーを出す。お茶菓子は、本のお礼だと言って、洋也が持ってきたケーキをつける。
 友人にはそんな甘いものの趣味はなかったが、彼の恋人は甘いものが好きらしいということだ。
「お昼どうする、お前」
 怜一が訪ねると、二人はこれから外に食べに行くという。
「一緒に来るか?」
 そこで怜一はにやりと笑う。
「気持ちの悪いやつだな」
「もう一人いっしょでもいいか?」
「ああ、もちろんいいが、誰だ?」
 洋也が訪ねるのと、リビングのドアがカチャリと開くのとは同時だった。
「おはよう、へー」
 にっこり笑って話しかける怜一と、ドアノブに手をかけ固まったままの久志と、二人の客の不思議そうな顔。
 久志は寝惚け眼で怜一と客を見比べ、パジャマのまま、しかも下だけという自分の姿を見下ろし、瞬間的に真っ赤になって「ごめんなさい」と叫び、ばたんとドアを閉じた。
「お前……」
 洋也の冷ややかな視線を余裕で受け取り、「ちょっと待っててくれ」と、怜一はリビングを出ていった。
「あの子、高校生?」
「教え子という可能性もあるな」
 二人は主の消えたリビングで顔を見合わせ、溜め息をついた。
「まあ、いいんじゃないか?」
 きっと、この前の仕返しなんだろうなと思い、テーブルの上の本を二人で眺める。
 その本を必要としたのは、実は、洋也の弟の恋人だった。そして……。
 二人は再び、深い溜め息を同時につくのだった。
 
 
「へー、どうした?」
 寝室に戻ると、久志は慌てて服を着ているところだった。あまりに慌てているためか、ボタンが上手くとめられず、癇癪を起こしかけている。
「先生ごめんなさい。お客さんが来ているなんて、知らなかったから」
 泣きかけの顔を両手で挟み、無理にも上を向かせる。
「おはようは? へー」
 そう言いながら、返事も待たずに、朝のキスをする。
「おきゃ、お客さんが来てるのに」
「こんなところまで来ないさ」
 優しく微笑んで、ボタンをとめてやる。
「あいつらこれからランチに行くんだってさ。俺たちも一緒にどうかって。行くか?」
 答えがわかっていながら、怜一は久志に尋ねる。久志はやはり、首を激しく振る。
「大丈夫だよ。あいつらだって、恋人同士なんだから」
 軽く言われて、久志はリビングにいた二人を思い浮かべる。確か、二人も男だったはず……、と。
「な? 久志も腹減っただろ? あいつら来るからと思って、昼の用意、まだしてないんだよ」
 目が覚めたのは、お腹が空いて、もうこれ以上寝ていられなかったから。それを思い出した途端、お腹が鳴る。
 怜一はクスリと笑って「な? 行こうぜ」と久志の頬にキスをした。