ハッピークリスマス
 
 杉田久志はコートのポケットに手を入れて、マンションのエレベーターに乗っていた。ポケットの中の手は、小さな箱を握り締めている。指にリボンの感触を確かめて、久志は唇を綻ばせた。
 これを今から大切な人に渡すのだ。彼は驚いてくれるだろうか。そう思うと、自然と頬が緩んでしまう。
 その人の顔を思い描いて、鼓動が早くなる。
 彼、中西怜一とは、終業式の今日も学校で会ったばかり。怜一は久志のクラスの担任教師なのだから。だが、怜一と久志は、教師と生徒という関係だけではない。
 幼い頃から怜一だけを追いかけ、久志は館旗高校へ入学した。久志は幼い頃大好きだった「お兄ちゃん」が怜一だと気づかなかったが、怜一は久志がクラスから孤立しかけているのを助けてくれた。
 怜一がお兄ちゃんだと気づいた久志と、怜一は、ようやく恋人という関係に落ちつくことができたばかり。こうして二人で会うと思うだけで、ドキドキする。
 冬休みに入って、これからは学校以外でもゆっくり会える。それが久志には嬉しかった。
 怜一の部屋の前まで来て、久志は走ってきて早くなっていた息を整える。もう一度ポケットの中の箱を確かめて、インターホンを押そうとしたら、ドアが開いた。
「よお」
 ドアの向こうには怜一が優しい笑みで立っていた。
「ほら、寒かっただろ。入れよ。迎えに行ってやるのに、お前は……。どうした?」
 なかなか入って来ない久志に気がついて、怜一は振り返った。
「どうした?」
「だって、びっくりしたから」
 見れば、まだ手がインターホンを押そうとしている。
 怜一は微笑んで、久志の肩に手を回した。
「待ってたんだよ。ずっと。早く来ないかなって」
 肩を押して、自分の部屋に招いてやる。ドアを閉めたところで久志の頬にキスをした。
「先生!」
 頬を押さえて驚く久志に、とうとう怜一は声を立てて笑いだした。
「ほらほら、寒かっただろ。中に入れって」
 怜一は笑いながら、久志を暖房の良く効いた部屋に通す。部屋のテーブルの上には、小さなクリスマスツリーが飾られていた。電飾もない、本当に小さなツリーだったが、それが久志を暖かく迎え入れてくれているように感じられて嬉しくなる。
「まあ、あれだな、イベントだから仕方ないよな」
 照れ臭そうに頭を掻く怜一に、久志はニッコリ笑って、ポケットの中身を差し出した。赤い包み紙の小さな箱に、怜一は本当に驚いたようだった。
「ありがとう」
 驚いた顔が、満面の笑みに変わる。その普段にない、怜一の子供っぽい笑顔が、久志はとても好きだった。長い器用そうな指が包装を解いていく。中から出てきたものに怜一は微笑み、感動を伝えるために抱き締めた。
「先生?」
「嬉しい。お前を手に入れることができて、本当に良かった」
 嬉しいと言いながら、不安そうな声がして、久志は心配になる。
「先生?」
「俺も、プレゼントを買ってあるんだ、実は」
 怜一は唐突に久志を離すと、リビングボードの中から、銀色の紙に包まれたプレゼントを取り出してきた。
「開けてもいい?」
 もちろんと笑う怜一に、久志は慎重に紙を外していく。同じような銀色の箱から出てきたものは、茶色の皮の定期入れだった。
「ありがとう、先生」
 久志が顔を上げると、怜一のアップがあった。
「先生?」
「まだ食事の時間まで、少しあるだろ?」
 唇に吐息がかかるほどの距離で囁かれ、久志は答えることができなかった。それに、答える前に唇を塞がれたから。煙草の匂いのするキス。ほんの少しだけ苦味が走るが、久志はそれも好きだった。
 触れて、押しつけられるようにキスされ、抱き締められた。
 まだその行為に慣れない久志は身を固くする。
 けれど、唇の中に忍び込んだ舌で上顎を舐められ、抱き締められた手で背中を撫でられているうち、緊張と一緒に強張りが解けていく。
 もうわかっているから。怜一は決して久志に無理はさせたりしないと。
「ここでいいか?」
 唇が耳朶に口づけ、熱い息と共に囁かれ、久志は首を竦めた。そして明るい室内に、首を横に振る。
 怜一はくすりと笑って、久志を抱き上げた。女性のように横に抱くのではなく、上体を起こしたその抱き方が、幼い頃から久志は大好きだった。ただ、今は久志も成長したので、鴨居を潜るとき大変だったが、立ち止まって久志が頭を下げるときに見つめあい、笑いあうその瞬間に、他愛無い幸せを感じることができて、二人はよく、わざとそうして移動した。
「重くない?」
「ぜんぜん。でも、お前、少し重くなったな。身長、伸びたか?」
「さあ……」
「二年になったら測定があるから、楽しみだな」
「うん」
 そのときにはクラスが別れるのだろうか。少し寂しい気持ちで、久志は返事をした。クラスが別れることを心配するなんて、普通は同級生に対してするものかなと、久志がぼんやり考えていると、ベッドに座るように降ろされた。
 裾から手を忍ばせて、怜一が久志のセーターを脱がしていく。
 怜一にベッドでされることすべてが恥ずかしいが、服を脱がされる瞬間が一番恥ずかしい。久志はセーターを取られると、シャツを握り締める。怜一は久志の肩を抱き、キスをしながら、ベッドに倒れこんでいく。
 唇を舐めとり、吸うと、久志の舌がのぞく。その舌を吸い取り、自分の口腔に導き、舌の裏を舐めながら吸った。
 久志の手が怜一の肩を強く掴む。久志は怜一の手が胸に触れたことで、シャツのボタンが外されていたことを知る。
「んう……」
 くぐもった声が漏れる。
 怜一が唇を離すと、久志は熱い吐息をはく。大きな目が涙で潤み、怜一を見つめている。手早く自分も着ているものを脱ぐと、怜一はもう一度唇にキスをして、細い首や、浮き出た鎖骨、まだ少年期を抜けきれない薄い胸に、唇をずらしていく。
 久志が淡い声を出し、ぴくんと身体を揺らせるたび、そこに自分の標しを刻む。
「せん……、せい」
 怜一の手が久志を掴んだとき、哀願に似た声が怜一を呼ぶ。
「いやか?」
 久志が首を振る。それを見届けて怜一は愛しい恋人のものを口に含んだ。
「や、っ……」
 踵がシーツを蹴る。
 恋人は幼いと思う。ベッドではまだ羞恥ばかりを感じている。こんな年の相手を抱くこと自体、反社会的だと思う自分を感じながら、怜一はそれでも、我慢できなかった。
 うしろに指を埋めると、久志の手が怜一の髪を掴んだ。無意識に引っ張っているようだ。
「いた……」
「少しだけ我慢してくれ」
 腿の内側にキスをする。学校が休みに入ったので、所有の証を残せる。怜一はここぞとばかりに強く吸った。そして久志自身に愛撫を戻す。
 指で先端を強く擦ると、久志は呆気なく果てた。かろうじて怜一は、掌で久志を受けとめた。
 白い胸が大きく上下する。久志はまだこの衝撃に慣れていないようだった。
「いいか?」
 朦朧としていた久志の瞳に光が戻るのを待って、怜一は口づける。
 埋めこんだ指を増やすと、合わせた唇から、堪えきれない声が漏れた。
「んん……」
「大丈夫か?」
 久志がこくんと頷くと、怜一は指を引き抜き、自分を埋めていく。
 久志は目をきつく閉じ、眉間に皺を寄せて、その衝撃をかわそうと必死になっている。食い縛っている歯を、キスで解く。
「力を、抜け」
 耳元で囁くと、久志が震えながら頷く。
 そしてすべてを埋めこむと、怜一は動きを止めて、久志の額に汗で張りついた前髪を指で梳いてやった。
 表情から苦痛が消えるのを待って、怜一は動き始めた。久志を労わるようにゆっくりと。
「あっ、…………あっ、…………」
 快感を追っているのか、久志の口から愛らしい声が漏れる。背中に回されていた手が滑り落ちてきて、今は怜一の腕にしがみついている。
「久志……」
 名前を呼ばれると、久志は怜一の腕を掴んでいた手に力をこめる。
「せ、んせい……」
 久志が頭を左右に振る。
 唇を薄く開け、苦痛に耐えるその表情が、明度を落とした照明の光を受けた汗で、輝いているように見える。
 怜一は腰を進めながら、そんな恋人の表情を見ていた。子供だと思っていた。いや、今でも幼いと思ってはいるが、時折、怜一をも怯ませるような、こんな表情をするようになった。
「久志、綺麗だな……」
 だが、その声は聞こえていないようだった。
「あっ、…………ああっ!!」
 久志の身体が大きく震え、その振動が怜一にも伝わり、二人は一緒に高みに昇りつめた。
 
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『ねえ、サンタさんは、お兄ちゃんのおみやげ、持ってきてくれないの?』
 幼い久志の声。
 お兄ちゃんはすぐに帰って来なかった。
『どうしてお兄ちゃんは約束やぶっちゃったの?』
 母の慰める声がするが、久志にはその意味がわからない。
『サンタさんに、お兄ちゃんのおみやげ、下さいって頼んでよー』
 暖かい部屋、綺麗なクリスマスツリー、おいしそうなケーキ。
 だが、どれも久志の心を楽しませてはくれなかった。
『いらないもん! おもちゃが欲しいんじゃないもん!』
 とうとう母親が怒り出す。
 妹に久志のプレゼントまで渡してしまう。だが、それを惜しいとは思わなかった。
 ウルトラマンのキーホルダーを握り締め、久志は泣いた。この手にできなかった、約束を思って……。
 
 
 
 肩をとん、とん、と叩いていると、久志が目を開けた。
「今、昔の夢見てた」
 掠れた久志の声に、怜一は穏やかな笑みを返す。
「サンタクロースを信じてた頃の夢」
「今も信じているんじゃないのか?」
 不貞腐れたように、久志が怜一の口を抓る。
 あれでサンタクロースを信じなくなったのだと、言ってしまうのは気が引けた。怜一は今も時折、約束を守れなかった己を不必要に責める時があるから。
 誰の責任でもないことなのに。
「今年は何をねだるんだ?」
「先生、嫌いだ」
 久志が頬を膨らませると、怜一は楽しそうに笑う。
「へー、いつまで先生って呼ぶつもりだ?」
 大きな黒い瞳が、きょとんとして怜一を見つめる。「へー」というのは、久志の幼い頃の愛称だ。今では、怜一しかその呼び方をしない。
「二人きりのときは、名前で呼べよ」
 具体的に教えられ、久志は抱かれているときより顔を赤らめた。
「そんなこと、無理」
「どうして」
「だって……」
 久志が怜一の胸に顔を隠す。
「だって、何だよ」
「先生は、先生だから」
 怜一は溜め息をついた。それでは理由にならない。けれど、怜一はそれ以上、強くは望まなかった。公私のけじめはつけているつもりだし、久志もその辺はわきまえてくれているが、名前の呼び方ひとつで崩れるものがないとも限らない。なにより久志を守りたい怜一は、もうその話題を口にはせず、久志を抱き締めた。
 恋人になってのはじめてのクリスマスは、こうして幸せのうちに暮れていった。