一枚の絵

十年以上前の話である。
私はそこに立ち尽くしていた。とある美術館で……。

一枚の絵が私の目の前にある。
作者は画学生。しかし彼の存在をこの世に残すのは、
これしかない。

横に名前と戦没地と説明があった。
戦没地は確かニューギニア。
南方の激戦地だ。その最後に
「遺骨として白木の箱に入れられて、
疎開先の唯一生き残った遺族である
姉の元に戻ってきたのは、現地の石だった。
自宅と家族は空襲で焼かれ、彼の遺品は
美術学校に残されたこの絵しかなかった」
と……。言葉もなかった。
油彩で、描いた人が男性らしくない
可愛い古びたおかっぱ頭の市松人形が、
描かれていた。

今でも、そこには、遺骨調査団が
送られる程、旧日本兵の遺骨が残っているらしい。

どういう経由で、この絵がここにあるかは解らない。
だが、戦後60年以上……。
美術学校から姉に返ってきただろうこの絵を、
多分彼女は終生大事にしていただろう。
彼女の死後、
戦死した画学生の絵を収集している人がいる、
と聞いた遺族が、手渡したかもしれない。

力のなさそうな美術学生をも召集して、
戦地に送らなくてはならない時代を
また、古い市松人形しか画材がない時代を
二度と作ってはいけない。

いろいろな絵があった。
作者は皆、戦死や戦病死をしたということを
考えなければ、一般の美術学生の展覧会と変わらない。
しかし、花や恋人らしい女性を描いた絵なら
まだ救われる。果物や静物画でも……。

その美術館の名は「無言館」
あの絵は私が見た幻だったのだろうか?
それとも別の人のものと混同したのだろうか?
訪れたきり、十年近くなった今では解らない。

無言館……そこは警告の為にある希有な美術館。
もう一度、訪れて市松人形の絵を探したい。
そして、描いた人と話したい。
「あなたは確かに存在したんだね」と……。

私は死ねばおそらく、何も残らないだろう。
絵が描ける人は、ある意味幸運だ。
ある程度、残る可能性があるから……。

だが、そんな形でしか「生きた証」が残らない時代を
二度と作ってはいけない。

自衛隊を自衛軍に変えると言っている与党と
それを支持する人たちを、
この美術館に引っ張ってそれを見せてやりたい。
「あの愚行をもう一度、繰り返すのですか?」

選挙のマニュフェストを見てふとそう思った……。
 ちと変化球出して見ました。現実路線の詩です。万葉形式である「わだつみの歌」に似たテーマですが、それよりあからさまな徴兵制反対というメッセージです。
 しかし、この詩集の「メルフェン」という趣旨に反している事は確かです。本来は載せたくありませんでした。猫試練時のネタ切れです。まさかさくらんぼから傑作と言われましたが、シリーズ物の劇中歌である自殺ソングの「海へ……」等は、ここに出す訳にはいかないでしょぉ?

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