私たち(社)つくし青年会議所が(筑紫野市、春日市、大野城市、太宰府市、那珂川町)

を指す言葉として用いている「つくし」とは、その昔「都久志」と書かれてました。

広くは九州全体を指す呼称でしたが、その後地名は漢字二文字でかくこと決まりとなって

「筑紫」と表記するようになり、読み方も「ちくし」というようになりました。





有史以前から大陸文化の入り口として交流が盛んに行われ、

重要な文化遺跡が多数残るこの地域は、古代の政治・経済上の中心として

大宰府政庁・水城・大野城が置かれ、常に日本の先駆的な役割を果たしてきました。











ここに住む人々は、大陸文化を積極的に取り入れ、

新しい生活を生み、新しい文化を創造していました






そういった気質を持つ「つくしびと」の心を、次世代を担う子供たちに伝えていきたい。





自分たちの住む地域(まち)に対する誇りと責任感を持った人々に育ってもらいたい。


それが、私たち(社)つくし青年会議所の願いです。


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