「アニョス」という名の闘牛士

TTT 杉浦直彦

 今年、アンダルシアに闘牛を見に行こうとしたのもある闘牛士を見んがためであった。

 はじめて彼を知ったのは、巡礼路カミノ・デ・サンティアゴを自転車で旅していた時。カストロヘリスという土色に寂れた田舎町のバルでだった。テレビを見た僕はそのまま、一人の闘牛士に目が離せなくなった。

 彼は、1頭目の牛にやられたのだろう、片足を真っ赤に染め、肩で大きく息をしながら勇敢に牛に向かっていく。あろうことかバンデリージャまで足を引きずり打ち込んでみせる。一緒にやっていたオルテガ・カノが霞んで見えた。観客もこの向こう見ずな若者に酔いしれ精いっぱいの声援を送る。「オッレー!トレロ!」これが闘牛か!体が震えた。生で何回か見ても感じなかったのにである。

  いつの日かこの闘牛士を生で見たい。抑えきれず、僕を物珍しげに眺める客に、出来ぬスペイン語で闘牛士の名前を尋ねた。すると「ホベン(若い)」の後に返ってきた答えが「アニョス」であった…。おかげで僕の旅日記にはオルテガ・カノのとなりに「アニョス」という珍妙な名前で彼のことが記されている。「アニョスは天才だ!」

 この「アニョス」がエル・フリであると知ったのはTTTに初めて顔を出した時である。何という偶然!この日はエル・フリのビデオを流していた。華麗なカポーテ、鷲のように羽ばたくバンデリージャ、ぎゅっとあごを引いて牛を睨むやんちゃな顔つき。あのカストロヘリスで見た「アニョス」に紛れもなかった。恐らくあのバルでの客はフリの名前を知らず、その代り必死に説明しようと「dieciseis an~os ディエシセイス・アニョス 16歳」と言ったのだろう。それを僕が名前と勘違いして覚えてしまった。

 どおりで日本に帰って、「アニョス」という名の闘牛士を調べても分からなかったはずである。 あれから2年。「アニョス」の感動は僕の心に焼き付いており、あれを目にできるのなら…と強行日程でマルベージャに向かった。この日はエル・コルドベス父と二人で交互に6頭の牛を相手にするマノ・ア・マノ。へっぴり腰で盛んに首を傾げるかつての英雄をよそにフリは、耳2枚を獲得。だが、決定的に何かが欠けていた。魂と呼べばいいのか?フリはあの日の「アニョス」とは同じ恰好、動きのクローンにすぎなかった。その後、見たセビージャではもっと酷かった。

 僕は、今、あの日見た「アニョス」がエル・フリという名前であると知っている。そしていつの日かエル・フリが僕の目の前で「アニョス」の輝きをもって牛を倒してくれること。これを信じ、エル・フリを追っかけていきたいと思っている。

闘牛の会、会報 『闘牛』 9号より


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