信じられない耳だよモランテ・デ・ラ・プエブラ!セラフィン剣で耳をなくす。ソブレロが4頭。!ESTAMOS HARTOS!
ポンセ?それは・・・。

2006年6月6日マドリード、ラス・ベンタス(第1級)闘牛場の75周年記念ミニフェリア初日(42回目)開催の結果。

19時開始、21時52分終了。21時10分照明点灯。

プレシデンテ、セサル・ゴメス・ロドリゲス。23回目のノー・アイ・ビジェテ。観客は満員。


エル・ピラール牧場、モイセス・フライレ牧場
   全体的に、。
   1頭目、インバリドに近かった。2頭目、インバリド。3頭目は、ソソ。
   4頭目は、インバリド。5頭目、ソソ。シン・ペリグロ。6頭目は、左角がダメで右角が良い牛。


 ソブレロ:モイセス・フライレ牧場の牛2頭。(2頭目に換わり)。ソソ。
      ホセ・マヌエル・クリアド牧場の牛(4頭目に換わって出るも、この牛も交換になる)。インバリド。
      アナ・マリア・ボオルケス牧場の牛(4頭目のソブレロに換わって出るも、この牛も交換になる)インバリド。
      アト・ブランコ牧場の牛(4頭目のソブレロに換わり)。マンソ、ソソ。


闘牛士

エンリケ・ポンセ 沈黙、口笛。

モランテ・デ・ラ・プエブラ 罵声、耳1枚とそれに対する抗議。

セラフィン・マリン 沈黙、拍手。

 追記:プレシデンテの、セサル・ゴメス・ロドリゲスは、4頭目の牛の2回目の交換の時に、何度も牛がつぶれて
     観客からの罵声を浴びていたのに、躊躇していていて、直ぐ下に座っていた観客が立ち上がって罵声を浴びせた。
     その直後に牛の交換の指示を出した。意味不明!基準がない。ダメのモノはダメ!テンディド7の爺さんたちが、
     「!ESTAMOS HARTOS!」と、「!QUE VERGUENZA!」と書いた白い布を出して抗議していた。もうウンザリだ!

 晴れ。日が暮れても暑い。強い風が初め吹いていた。1頭目から5頭目までエル・ピラール牧場の牛(Procedencia actual=現在の起源<基の血統>、アルデアヌエバ(ファン・ペドロ・ドメク牧場)牧場)。6頭目、モイセス・フライレ牧場。闘牛士、エンリケ・ポンセ、モランテ・デ・ラ・プエブラ、セラフィン・マリン。観客は満員の入り。ソルのテンディド5にて観戦する。

 エンリケ・ポンセは、不発。ただ牛の交換を観ていただけで、トレアールに値するファエナをしなかった。

 モランテ・デ・ラ・プエブラの2頭目の牛の耳1枚はその価値に値しない。ハッキリ言って腹が立った。これを耳にするのなら、ラス・ベンタス闘牛場は、セビージャのように価値のない耳を闘牛士に供給することになる。モランテは、マンソの牛で良いナトゥラルを繋いだ。手が低く長いパセがテンプラールで繋がったのでオーレが時々なった。確かに形は綺麗で良いファエナであるが、耳に値するとは思わなかった。剣が決まったので耳になったのだ。耳に対する抗議が当然起きた。僕はどうして耳なんだろうかと呆然とした。それから、段々腹が立ってきた。モランテが嫌いなのではない。好きな闘牛士だ。でも、これは耳じゃないと思う。ゆっくりと場内1周をした。ソルでは口笛が吹かれた。テンディド7や6では、指を立ててアフィショナードが、ノーの意思表示をした。

 セラフィン・マリンの最後のファエナこそが、耳に値する。最後の牛は、右角が良い牛だった。ファエナの始まりで、牛と距離を取って呼んでデレチャッソを繋ぐとオーレがなった。3回繋ぎパセ・デ・ペチョ。距離を取り手の低い長いデレチャッソを4回リガールするとオーレが続きパセ・デ・ペチョで喝采がなった。また距離を取って手の低い長いデレチャッソを4回リガールするとオーレが続きパセ・デ・ペチョで喝采がなった。素晴らしいファエナだった。しかし、ナトゥラルをするとブスカンドして危なかった。

 だからまたデレチャッソを繋いだ。4回長いパセを繋いでパセ・デ・ペチョ2回で拍手がなった。トゥリンチェラからデレチャッソを4回繋ぎパセ・デ・ペチョで拍手。離れデレチャッソを3回繋ぎパセ・デ・ペチョで剣を代えた。体の近くを通すマノレティーナを4回でパセ・デ・ペチョで拍手。スエルテ・コントラリアで牛を置きピンチャッソ。そのあと牛の肩の辺りに入るバホナッソで剣を抜き、牛が口から血を吐いて倒れ口笛なった。剣さえ良かったら耳だったのに・・・。残念だ。

 闘牛が終わったが、22時ちょっと前。長すぎる。牛が4頭交換になって、エル・ピラール牧場の牛なのか、何処の牛なのか判らなくなった。兎に角非道い牛が出続けた。テンディド7の爺さんたちが、「!ESTAMOS HARTOS!」と、「!QUE VERGUENZA!」と書いた白い布を出して抗議していた。もうウンザリだ!牛にも、プレシデンテにも!

 モランテはあのファエナで耳を取り、セラフィンはあのファエナので耳を取れなかった。新聞やマスコミは、耳を取った方を讃えるだろう。でも、セラフィンの方が良かったと断言する。こうやって、多分、闘牛は記憶され、忘れられていくのだろう。でも、僕はちゃんと覚えておく。今日のことも。


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