アレナに君臨した絶対君主が戻ってきた!マキシモ・トレロ、ホセ・トマス、プエルタ・グランデから凱旋する!

2002年5月21日マドリード、ラス・ベンタス闘牛場(第1級闘牛場)の結果。

 曇り空、時々風の吹くマドリード、ラス・ベンタス闘牛場。牛、マルテリジャ牧場。闘牛士、リベラ・オルドニェス、ホセ・トマス、ラファエル・デ・フリア。テンディド6、バッホにて体調の戻ったYサンと一緒に観る。

 今日は、リベラ・オルドニェス、と、ラファエル・デ・フリアの事は書かない。無駄なことはしない。

 闘牛士が出てきたら、一斉に口笛が鳴った。去年、ホセ・トマスが牛を殺さなくて、3アビソを浴びたことについての、抗議をアフィショナードが行ったのだ。しかし、1頭目、オルドニェスの牛でのキーテをすると黙ってしまった。およそ人間が出来る限界を越えているとしか言いようのないパセだった。アレナ中央にカポーテを持って登場。体の後ろにカポーテを持っていきガオネラの準備をする。10m先には、牛がいる。体の後ろにやったカポーテを両手で動かして準備完了。

 牛との距離を詰めて7,8mの所で左手を出して牛を誘う。牛は動き出した。真っ直ぐにホセ・トマスに向かって走っていった。やばい、このままだと刺される!それでも、カメラを動かしたら元も子もない。牛が体の1m前になっても体を狙っていた。闘牛場の観客が息を呑んだ瞬間、魔法のようにカポーテに向かって方向を変えた。闘牛場がホッとしたような、それでいて、何とも言えない感動に包まれた。

 ホセ・トマスは、体の胴体部分をピクッとも動かさずに牛をパセしたのだ。通り過ぎた牛を、また、ガオネラで誘う。体ギリギリを角が通る。「オーレ」。観客は角があまりに体の近くを通るものだから、体を動かして怖がりながら、「オーレ」を叫ぶ。通り過ぎた牛を、また、ガオネラで誘う。牛が体の1m前まで左角はホセ・トマスの体に向かっている。上体だけを動かして左手に持ったカポーテの側をパセする。「オーレ!」。そして、ラルガを決めて、牛に背中を見せた。何て物凄いキーテなんだ。このキーテで口笛を吹いて彼を迎えたアフィショナードが黙ってしまった。いや、感動に包まれてしまったのだ。

 2頭目の牛はどうしようもない牛で、パセを丁寧に繋いだが、あれ以上出きる闘牛士は他にはいなかっただろう。この日は悉く牛の脚が悪かった。マンソの牛もいた。だから、雰囲気としては、また、ホセ・トマスが罵声や、口笛を吹かれる可能性があったが、そうならなかった。

 5頭目。牛は出てきて白線の上を飛んだ。こういう牛は気が弱い。やりにくい牛だ。ベロニカは足を止めてパセがなかなか出来ずに、カポーテを左右に振ってあしらって中央にもっていった。ピカは少し右にずれていた。キーテは、足を動かさないチクエリナを1回しか出来ず、ピカは首にあるこぶの後ろに刺さった。牛が悪かったので、ブリンディースはしなかった。

 アジェダード・ポル・アルトから始めたファエナは、牛をアレナの中央で対峙してナトゥラルを始めた。完全にクルサードして牛を誘う。ピコは使わない。ちゃんとした手続きをして牛を誘うから牛が動く。「オーレ」がなる。パセ・デ・ペチョ。喝采が鳴る。牛から充分距離を取り、それから近づく。クルサードして左手を出す。牛は体ギリギリに通っていく。パセとパセの間に、1回1回クルサードしないと動かない牛。丁寧にクルサードを繰り返しパセを繋ぐ。牛はホセ・トマスの体の近くを通り回り始める。「オーレが続く」。

 僕が座っている近くで喧嘩が始まった。想像だけど、ホセ・トマスファンのおばさんが後ろで野次っていた男を鞄を振り上げて殴った。警官が来て周りが騒がしくなる。そんな中で、「静かにして」とか「ホセ・トマスが闘牛しているのよ」と言った声が聞こえる。

 そんな騒ぎは何処吹く風。ホセ・トマスは、自分の闘牛を続ける。体が角の間に完全に入った状態で、ムレタを牛と体の間に出して牛を誘う。時間が止まった様な闘牛。そんなに牛から距離があるわけではないのに、そんなことをやる。牛はムレタに引き寄せられホセ・トマスの体の周りを回る。「オーレ」がより一層大きく叫ばれる。何という闘牛なんだろう。こんな非道い牛で、こんな危ないことを出来るなんて!それにしても、角は体の近くを通しすぎる。緊張で目がこってくる。カメラを持っているから肩もこってくるような感じだ。

 もう、異次元の時間の中で物凄い緊張感と、興奮、が体の中にジワジワと浸透してくる。あまりに凄いホセ・トマスのファエナにいつの間にか警官はいなくなっていて騒ぎは収まっていた。隣のYさんがパセ・デ・ペチョをした後、「もう、ホセ・トマスって肩がこる。凄い緊張する」と呟く。僕はカメラを覗いているから左目の上がこる。この緊張感がファエナ中ずーと続いた。

 右手のパセを繋ぐと返りが早くなって危ない場面が何度かあった。その度に、悲鳴のような何とも言えない声があがった。ナトゥラルを繋ぎ、剣を代えた。物凄く長いファエナ。異次元の時間を感じながら最後の場面が近づいた。アビソが1回鳴った。それに対する抗議の口笛が鳴る。ムレタを両手で持って、両肘を曲げて牛を回すようなアジェダード・ポル・アルトを繋ぎ、トゥリンチェラ。何て綺麗なんだろう。スエルテ・ナトゥラルに牛を置いて完璧に踏み込んでボラピエで完璧な剣刺しが決まった。

 観客は一斉に立ち上がり、喝采を送る。もう白いハンカチが振られている。牛は座り込んでプンティージャが1発で決まった。白いハンカチの雪が降る。歓声がなり、耳を催促する口笛が鳴る。プレシデンテが白いハンカチを出す前から僕がいた近くでは、「トレロ、トレロ」の叫び声がなった。

 耳2枚。去年、3アビソをラス・ベンタスで浴びてから約1年。サン・イシドロでマドリードに戻ってきたホセ・トマスは、2000年の時のように、アレナに君臨する絶対君主に戻って帰ってきた。マキシモ・トレロ!

 耳2枚持って笑顔で場内1周をするホセ・トマスが、闘牛史上最高の闘牛士がラス・ベンタスの戻ってきたのだ。こんな闘牛をやる奴は他にいない。

 それでも場内1周が終わるとホセ・トマスに対する抗議の手拍子や口笛が鳴った。こいつ等、懲りない奴。去年の3アビソを今言ったって仕方ないじゃないか。問題は、今やった闘牛がどうだったかという事じゃないのか。

 今日は良い写真が一杯撮れた。これもホセ・トマスのおかげです。6頭目が終わったら僕は、プエルタ・グランデに向かった。大きく開かれたプエルタ・グランデから笑顔でホセ・トマスがペドロの肩車でやってきた。去年1年あまり良くなかったけど、今年直ぐに元の良いファエナに戻るとは・・・。凄い闘牛士だ。物凄い闘牛士だ。今日ラス・ベンタス闘牛場は歓喜を爆発させた。闘牛場から出てくる観客の顔は笑顔ばかりだ。あの異次元のようなファエナに酔った顔ばかりだ。みんな歓びで声がでかい。あちこちで笑い声が聞こえる。凄い闘牛とは、こういう闘牛なのだ。凄い闘牛士というのはホセ・トマスの事を言うのだ。

 6月1日のグラナダ。6月9日のバルセロナ。絶対行くぞ!本当の男は、寡黙に、闘牛で人生を語るのだ。今日のファエナはホセ・トマスのとって重要なものになるだろう。僕が観たホセ・トマスで最高だったかも知れない。闘牛士よ!こうやって自分の人生を語ってくれー!


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