セサル・ヒメネスは剣で耳が消えた!S・ベガ、マンサナレスは牛が悪かった。

2005年5月17日マドリード、ラス・ベンタス(第1級)闘牛場の結果。

 2005年サン・イシドロ第7日目。曇り時々晴れ。時々風が吹いてやりにくい場面があった。ドミンゴ・エルナンデス(ガルシグランデ)牧場の牛(Procedencia actual=現在の起源<基の血統>、ファン・ペドロ・ドメク牧場)。闘牛士、セサル・ヒメネス、サルバドール・ベガ、ホセ・マリア・マンサナレス=コンフィルマシオン・デ・アルテルナティーバ。プレシデンテ、ホセ・マヌエル・サンチェス・ガルシア。ほぼ満員。ソルのテンディド5バッホにて、Tさん、Yさんと一緒に観戦する。19時開始、終了時間記録せず。

 ホセ・マリア・マンサナレスのコンフィルマシオン・デ・アルテルナティーバで1頭目と6頭目。牛が悪く殆ど印象に残らなかった。でも、いつものように落ち着いている。父親は同じ名前の大闘牛士。大怪我をしたことがないのでも有名。彼も6頭目の牛で危ない場面があったが、動きながらムレタを振って牛を交わした。こういう風に頭は冷静だ。剣刺しはまあまあ。

 セサル・ヒメネスは、惜しかった。4頭目の牛で剣が決まっていれば耳が出ていた。牛は出てきて初めのブルラデロに当たり後ろ脚で立つ様な格好になって歓声があった。これだけで良くない牛だと思った。ベロニカを繋ぎメディア・ベロニカを決めた。牛の動きが悪い。ピカは、左後ろに1回、左前に1回入った。キーテが出来ない。バンデリージャが終わり、アレナ中央へ行き、膝を着いて牛の方を向いた。そのまま1歩も動かず正面を向いてブルラデロにいた牛を呼び動かしてファエナが始まった。去年までのセサル・ヒメネスの様だが1歩も動かず牛を動かしたところが自信に満ちている。

 そのまま5回膝を着いたパセを通しパセ・デ・ペチョも膝を着いたまま決めると拍手がなり、立ってパセ・デ・ペチョ。闘牛場は沸きセサルのファエナに引き込まれていった。距離を充分取り牛を遠くから呼んでデレチャッソが3回繋がりパセ・デ・ペチョ。拍手がなる。距離を充分取り牛を遠くから呼んでデレチャッソが3回繋がりパセ・デ・ペチョ、ナトゥラルで拍手がなる。離れ、手の低い長いナトゥラルが3回通ると、「オーレ」がなった。パセ・デ・ペチョで喝采がなる。距離を取り、立っている場所がもう角2本分クルサードしている場所にいる。それから牛を誘い手の低い長いナトゥラルが3回通ると、「オーレ」がなった。クルサードし直してナトゥラルを2回通しパセ・デ・ペチョ、膝を折ったナトゥラルを決め牛の前で見栄を切ると喝采がなった。

 剣を代え、アレナ中央でマノレティーナ2回、クルサードし直して4回繋がると、「オーレ」が響いた。見栄を切ると喝采がなった。後は剣だけだった。だが、ピンチャッソ。膝を折ったナトゥラルがパセをすると牛が倒れた。バンデリジェーロが出てきて尻尾を引っ張ったり角を掴んで起こし、次がバホナッソで決まった。テンディド7からは口笛と三拍子の手拍子がなった。剣が悪いから耳ではないという警告である。アビソが鳴り牛が座った。弱い耳要求があったが耳は出なかった。剣が悪かったからだ。非常に残念だ。

 サルバドール・ベガも、牛が悪かった。3頭目では観客は牛の交換を要求したがプレシデンテは拒否した。悪い牛でテンディド7からは早く殺せと言われていたがファエナを続けて何とか自分を見せようとしていた。こういう努力は必要だし良いことだと思う。ただ牛を誘うときの距離は同じ。クルサードも浅い。剣刺しも悪い。

 ベガとマンサナレスは印象が薄い。牛が悪かったこともあるが、何も残らない。セサル・ヒメネスは、ファエナ前にはこの牛で出来ないと思っていた牛を動かして良いファエナのを引き出して見せた。これは素晴らしいことだ。コロカシオンも、距離の取り方も非常に良かった。ダメ牛を動かすにはこうするんだという見本のようなファエナだった。賞賛に値する。彼の株はラス・ベンタスで上がっただろう。観客は彼の陰にいつもホセリートを観ているだろうが、それだけではないこと、彼自身の個性に魅力があることを両名していると僕は思った。彼はスポンジのように吸収力がある。ホセリートの教えを吸収し消化している。大闘牛士が将来の大闘牛士を育てるという、良い実例を今作っていると思う。


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