2001年サン・イシドロ報告

−−−東京闘牛の会(TTT)2001年7月定例会報告−−−

por 斎藤祐司

 7月の闘牛の会、定例会報告はサン・イシドロ祭をやった。

 初めのビデオは6月9日サン・イシドロ最終日のフランシスコ・エスプラの2頭目。ピカドールのアンデルソン・ムリージョが登場。初めのピカは、割と近くに牛が置かれた。ピカを持った右手を頭の上まで挙げて牛を誘い肩骨の間の背骨の上にきっちり刺した。見事。教科書通りのピカ。2回目のピカは、牛が遠くに置かれた。馬はタブラの所で待っていた。馬の向きを変え牛を受ける右側を向けてピカ全体を大きく振って牛の注意を自分にむけ牛を前後に移動して牛の来るポイントを探しピカを振り上げると、牛は蛇行しながらやってきたがしっかりと肩骨の間の背骨の上にピカを入れた。物凄い喝采がなる。まさに感動的なクイダッソだ。そして、3度目も割と遠めに牛が置かれた。声を出して誘うと牛がやってきた。クイダッソの位置も3回とも同じ。非常に良いところに入った。闘牛場全体がピカドールのアンデルソン・ムリージョのグラン・クイダッソの虜だった。

 退場していくアンデルソン・ムリージョに観客は全員が立ち上がって喝采を送る。こんなクイダッソ観たことがない!胸が熱くなるプロの技だ。 エスプラも男。アンデルソン・ムリージョが退場して行くまでアレナの中でバンデリージャを持ったまま待っていた。退場し喝采が鳴りやんでからバンデリージャを始めた。今度も3回とも左側に回っていって打ったが良いバンデリージャだった。喝采がなり今度も挨拶をした。ピカドールのアンデルソン・ムリージョがあまりにも良かったので観客も盛り上がってる。エスプラも乗った。

 ムレタでは、左しか通せない牛だった。つまり、ナトゥラルだけ。それも何度も続けられなかった。そして、コヒーダ。右手のパセをするとブスカンドしていたが、左手でももう出来なくなったので剣刺し。ファエナ自体は良い物でなかったが、観客は耳を要求したが、プレシデンテは耳を出さなかった。そして、エスプラに対して物凄い喝采。出てきて挨拶。喝采が止まず場内1周。テンディド3とテンディド4の間にあるプエルタ・デ・クアドリージャの所にいたアンデルソン・ムリージョにエスプラが挨拶。そして、アレナに出てくるように呼んだ。アンデルソン・ムリージョとエスプラが並んで場内1周。物凄い喝采。エスプラも粋なことをするぜ。口笛を吹いて抗議する観客は1人もいない。長い間ラス・ベンタス闘牛場で闘牛を観てきたが場内1周の時ピカドールが一緒に回ったのを観たのは初めてだ。


 二つ目のビデオは、5月18日のマヌエル・カバジェーロ。この牛は最優秀牛に選ばれた。結果的には、そうなったが、決して初めから良い牛には思えなかった。始めはマンソだった。ベロニカで左前脚を悪くした。でも、それも右後ろ脚がコッホだったからだ。キーテは、牛の前2,3mの所に正面を向いて立ちベロニカを繋ぐと牛は体ギリギリに3回通っていった。そして、メディア・ベロニカを決めた。素晴らしい出来映えだった。これこそ誰にも真似の出来ないベロニカだ。ホセ・トマスのキーテは、チクエリナ3回ラルガ2回。脚を引いたチクエリナだったがマノロの時よりはるかにでかい「オーレ」が叫ばれた。何故なんだ。出来はホセ・トマスの方が落ちる。今日は良くない。

 ムレタは、右手のパセから始めた。初めのパセから牛を誘う前の立ち位置からクルサードしてる。手の低いパセが繋がると、「オーレ」がなった。パセ・デ・ペチョで一旦パセを切って牛をアレナの中央部分に持っていった。右手の長い低いパセを繋ぐと「オーレ」の声がより一層大きくなった。右手のパセの後、足をそのままの位置でムレタだけを動かし、牛を通し、ムレタを右肩の真下に出してピタッと止めて牛を誘いパセ・デ・ペチョを通した。見事としか言いようのない一連のパセを締めくくった。こういう高等技術はビリヤードで、打った球を何処に止めるかを知って打って行く技術に似ている。マノロはパセの後、牛が何処に来るのかを完全に把握して牛をパセしている。

 見栄えは決して美しいわけではないので、こういうパセを判らない人がいるのだろうが、これこそが男を見せている技術なのだ。技術者、職人マヌエル・カバジェーロの本領発揮だ。ナトゥラルも手の低い長いパセを繋いだ。その中に例のムレタを動かさないで誘うパセを織り交ぜながら巧みに牛をパセした。クルサードも凄かったし、パセを連続して繋ぐリガールも何気なしに繋いでみせるのも素晴らしい。

 後は、剣だけだった。スエルテ・ナトゥラルでメディア・エストカーダだったが良い場所に決まった。しかもいつもの角度の浅いテンディダではなくちゃんとした角度で刺さっていた。牛が倒れた。闘牛場が白いハンカチで徐々に埋まった。マノロはアレナの中央で剣とムレタを持って観客に挨拶をした。凄い口笛が吹かれた。プレシデンテは耳1枚の許可を出した。今年サン・イシドロのマタドール・デ・トロスで始めての耳になった。


 三つ目のビデオは、5月29日のラファエル・デ・フリア。牛がマンソでカポーテは上手くできなかった。良いバンデリージャを打ったバンデリジェーロが喝采を受け挨拶をした。ファン・マヌエル・モントリウ。92年にセビージャのフェリア・デ・アブリルで牛に心臓を一突きされて即死したマヌエル・モントリウの息子だ。良い仕事をした。お父さんも天国から見ていただろう。

 ムレタは、膝を折ったアジェダード・ポル・バッホ気味のパセから始め「オーレ」がなる。パセ・デ・ペチョが決まると牛を真ん中へ持っていった。右手の手の低く長いパセを繋ぐと「オーレ」の声が大きくなった。パセ・デ・ペチョはちょっと脇が開いていた。それとクルサード不足になってきた。が、右手の長いパセを繋ぐと「オーレ」が続いた。剣を代え、膝を折ったパセを繋ぐと「オーレ」の声はより大きくなった。形の良い美しいパセが繋がった。剣は、スエルテ・ナトゥラルで決まった。この瞬間観客は耳を確信しただろう。

 耳を受け取り場内1周。それからプレシデンテに挨拶して肩車に担がれた。冷静だ。僕は直ぐにプエルタ・グランデに向かった。もう沢山人がいた。プエルタ・グランデ正面にラファエルのワゴン車が止まっていた。ファエナを始める前から停めていたようだった。車の横には涙を流し続けている少年がいた。どうやらラファエルの弟のようだ。ファミリアが車の回りに集まってきた。子供を連れたラファエルそっくりの女性、年を取った伯父さん・・・。笑顔で携帯をかけて誰かにプエルタ・グランデの事を伝えているのだろう。横では泣き顔の弟に家族が抱きついてまた涙を流してる。

 家族が抱き合いながら喜びをみんなで分かち合っていた。それを闘牛ファンが嬉しそうに見ている。家族は泣き顔を恥ずかしげもなくその人たちの前にさらしているのに、喜びで一杯だ。男同士も、女同士も抱き合って喜んだり泣いたりしている。

 そして、プエルタ・グランデの門が開かれた。勝利したものだけしか通れないこの門をラファエルが肩車に担がれてやってきた。それを先導するのは2頭の騎馬警官。

 車の前で抱き合って泣いたり喜んだりしている家族を見るとつくづく思う。どんなに生意気な闘牛士であってもそれを支えているのは日常生活を共にする家族があるからだ。だからこそあのようにまるで自分のことのように泣いたりして喜び合っているのだ。それがなかったら闘牛士は寂しいだけだろう。危険に立ち向かう勇気すらなくなってしまう事だろう。ラファエル・デ・フリア、おめでとう。これから各地の闘牛場から君のアポデラードのエンリケ・カルモナにTELをかかるだろう。これで各地の闘牛場に出れるようになるだろう。闘牛士は生意気であるべきだ。でも、君を支えてくれる家族があってこそ君は安心して闘牛を出来ることを忘れてはいけない。あの涙を君は知らないかも知れないが、これは重要なことだ。


 最後ビデオは、モランテ・デ・ラ・プエブラ。美しいベロニカを繋ぐと「オーレ」がなった。牛は後ろ脚が悪い。それで牛が交換になる。代わって出てきた牛も右前脚が悪かった。しかし、ムレタでは素晴らしすぎるファエナをした。右手で膝を折ったパセを繋ぐと「オーレ」がなった。アレナの内側に牛も持っていって右手で手の低い長いゆっくりとしたパセを繋ぐと、「オーレ」の絶叫がこだました。トゥリンチェラ、パセ・デ・ペチョ。特にトゥリンチェラの美しさをどう表現したら良いのだろう。涙が滲み出てくるような感動的なパセの連続だった。俺は思わず、「モランテ!バーモス・ジャ・プエルタ・グランデ!」と叫びそうになったくらいだ。

 この時点で観客は耳2枚出ることを疑わなかっただろう。しかし、剣は刺さらなかった。スエルテ・ナトゥラルでレシビエンドを試みるがピンチャッソ。再び試みるがまたピンチャソ。3度目もレシビエンドでバホナッソのメディア。耳は消滅した。アビソが2回鳴り、デスカベジョは1回で決めた。あー何と惜しいことをしたものだ。ボラピエで刺しに行っていれば耳2枚取れたような気がする。

 美とは、何か。この日のモランテはそれを語っていた。例えばランボーの詩を思い出して欲しい。「見つかった 何が? 永遠が それは太陽に繋がった海だ」 水平線に朝日か夕日か知らないが太陽がくっついている。その太陽が朝日か夕日かはランボーの研究者にお任せする。でもその美しさをランボーは永遠と言ったのだ。モランテのパセの美しい瞬間がつまり永遠なのだ。剣が失敗してもその美しさが失せるものはない。泣けるような、涙が溢れ出てきそうな美しさだった。

 須美さんが大森さんを連れてマドリードからやってきて言っていた。今年のメホール・ファエナはモランテ。こいつは何かを持っている闘牛士、と。


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