--バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で--
por 斎藤祐司
2026年7月2日(木) 雨のち曇
1ヶ月前、京都に到着して、駅で本屋を探した。探していたのは、NHKのテキスト。東京では手に入らなかったからだ。店員に聞いて買い求めたのが、『歌舞伎女形』である。京都の喫茶店で、タバコを吸いながらページを開いた。中村米吉という女形が、化粧や衣装などを紹介しながら女形の姫姿、町の女、職人と作る美や伝統と現代進化する姫の形などを学べるようになっている。冒頭には、中村七之助との対談もある。番組では、舞台用のお歯黒の仕方など知らないことが一杯あった。本来男が女を演じるというのは、異形である。女歌舞伎などが風俗を乱すとということで禁止され、しょうがなしに女を男が演じるようになった。だがこれが、これが歌舞伎のひずみが1番現れている所になっている。だから面白さがある。実際に歌舞伎を観たことがないが、江戸時代をいろいろ調べるとどうして行きあたるのが歌舞伎だ。浮世絵にも描かれている。それだけ庶民の関心と需要があった証拠だ。
NHKBSで以前放送された『美と崩壊~フランス人が探るジャポニズムの今~』が再放送された。映画監督、アニメ・マンガ、舞踏や芸能などから日本を考察するドキュメントである。映像作家レオ・ファヴィエと文化ジャーナリスト、アルノー・ラポルトが取材した。アメリカ人アニメーター、ラション・トーマスは11・12歳の頃、友人が持っていた日本のアニメのいろんなオープニングシーンだけのビデオを何度も観てアニメの可能性を知ったはじめての瞬間だったという。オープニングは、落語でいうまくら。別のいい方すれば、つかみである。それが30分弱のアニメを見る気になるかどうかを左右しているのかもしれない。アニメ『あかね噺』で、「可楽杯」という大会で「寿限無」を話す。まくらなしで話す。寄席のように。それなのに、観客の心をつかむ。相反することをやること自体が、高等技術である。それだけの噺の引き出しと技術を持っているということ。
ラション・トーマスは、日本のヒップホップについて面白いことをいっていた。「もともとアメリカの自己表現の一つ。苦闘や闘争を表現している。日本のラップをたくさん聴いてきた。恰好は確かに似ている。でも君たちの苦しみは何だ?ラップはそのためにあるんじゃないか。もし自分が厳格なラッパーだったら、日本のラップにはこんなことを求めるだろうね。ラップするなら、日本政府について語れ、首相について語れって。日本人であることの苦しみ、同調圧力や自殺。誰も本音を語らないこと。そういうことを語れ。そんなのラップの基本だろって。でも彼らの作品はすばらしい。音楽は最高なんだよね。そして日本人がラップを、違う目的で使っていることに気付いたんだ。私のアニメの使い方と同じだ。アニメを使って、人をびっくりさせたいんだ。ああアニメか。じゃあ黒人キャラも問題なし。侍のSF?問題なし。アニメなら何でもありなんだよ。だってみんなアニメには、とんでもない展開を期待するだろう?」
日本人ではなく、外から見た視点がこのドキュメントにはある。昔スペインで、お世話になった家族の子供たちがディズニーのアニメを観て、こいつ良い奴?悪い奴?と話していた。歌舞伎は、それがはっきりしている。悪人と善人。それをはっきりさせることで、女子供でも分かり易さと受け入れやすさを備えていた。そこからいろいろひねったりどんでん返ししたり…。
フランス人風刺漫画家カトリーヌ・ムリス。「日本はたびたび自然災害に見舞われます。台風は毎年決まったようにやってきて、ただ過ぎ去るのを待つしかない。だから備えもできているのです。すべてが崩壊する可能性があるけれど、いつか再建される。そんな哲学的な考えがあるんです。例えば日本の神社仏閣も、その哲学をもとに建てられているそうです。建物の木材が朽ちることは分かっている。なので新しい木々を使って命を吹き込む。つまり建物は生き物のように、変化・成長・再生されるべきだと考え方なのです。 日本人は、崩壊と再生の繰り返しの中で生きています。そういう考え方で、悲しみや喪失を受容しているのです」
7月3日(金) 雨のち曇
ピーター・バラカンの『未来へのプレイリスト』で、ニーナ・シモンをやっていた。ゲストは矢野顕子。やっぱり良い歌手だというのが分かる。ボブ・ディランが、自身の曲のコピーで好きなのは、ニーナ・シモンとゆっていた。公民権運動の盛んな頃、黒人人種差別を歌った。ピアノがうまく、歌もうまい。もし彼女が、白人美人歌手のダイアナ・クラールのような容貌だったら当時もっと売れただろう。ジャンルもジャズだからキング牧師が暗殺されてから余計売れなくなって、アメリカを脱出した。しばらく歌っていなかったが、76年スイスで復活する。日本では、尾藤イサオが歌った『悲しき願い』の原曲がニーナ・シモンだ。そしてビックリしたのは、最後にかけた『Feeling
Good』。ヴィム・ヴェンダース監督、役所広司主演の映画『PERFECT DAYS』でエンディングに使われた。どっかで聞いた曲だ!そう、それもそのはず。何度も何度も聴いている。飽きるほど聴いていたのは、マイケル・ブーブレ版の『Feeling
Good』だけど。どこで聴いたかは、ドジャーススタジアムで大谷翔平が登場するときにかかっている登場曲である。だから何度も聴いているのだ。フォーンセクションが鳴り、トランペットの音は全く同じアレンジ、演奏形態。
♪鳥が空高くとんでいる 私の気持ちわかるでしょう 空に太陽が輝いている そよ風が通り過ぎていく 私の気持ちわかるでしょう
新しい夜明け 新しい日が始まり 新しい人生が私には待っている なんて気分がいいんだ♪
はあ、ニーナ・シモンと大谷翔平が結びついている所がみそ。何だかとっても、Feeling Goodだ。今日のドジャースは、佐々木朗希先発。初回タティスの二塁打、マチャードの2ランホームラン。2回は、メリルのソロ、ボガーツの二塁打、タティス四球、クロネンワースの3ランで6失点。3回は無失点に抑えたが、3回で88球(ストライク53球)を投げ、被安打7、被本塁打3、奪三振3、与四球2、失点6。いきなり、0-6である。負けたかと思ってたら2回裏ラッシングの2ラン。3回マンシー、タッカーのタイムリーで2点。4回、パヘス、ベッツ、マンシーのタイムリーで4点で逆転。大谷は、4打数1安打、1四球。12-7で逆転勝ちした。これで今季最多貯金26。2位パドレスに13ゲーム差をつけ首位独走。Feeling
Goodだ。
7月7日(火) 曇
ヨーロッパは熱波で、フランス、スペインでそれぞれ2000人以上が死んだと何日か前のニュースでやっていた。パリは昔からの建物に冷房の室外機設置が禁止されているという。冷房普及率が25%で、クーラー争奪戦が行われている。女性客同士が殴り合いをして収拾がつかない映像も流れた。偏西風の流れが変われば、日本でも熱波が停滞するだろう。そうなれば、熱中症で搬送される人が増えるだろう。明後日から東京は、30度を超えるという。七夕を境に、暑くなるのだろう。来週は、祇園祭。そろそろ本番を迎えようとしている。
大谷翔平は4日登板の時に、右上腕二頭筋の違和感を訴えて降板を代打を送られた。翌日は休養日に当てられた。6日誕生日に出場してタイムリーを打った。今日は3安打し19号ホームランを打った。右上腕二頭筋は大丈夫だろうという憶測が出ている。しかし大谷がいっていたのは、投球時に違和感を感じるというものだったと思う。打つ方は影響が少なくても投げる時に影響は大きいだろう。無理しない方が良いと思う。オールスター前に11日登板予定だが、回避する可能性もあることをロバーツ監督がいっていたが、どうなるか?当然のようにオールスターの登板は回避したし、ホームラン競争出場を熱望されているようだが出場する意味がないような気がする。
7月9日(木) 晴
アメリカがイランを夜間に攻撃した。トランプ大統領は、戦争再開ではないといっているが…。8日大谷翔平は、メジャー通算300号にあたる今季20号先頭打者ホームランを打った。「人生は不公平なものだ。世界は不公平だ」といったのは、サッカーのワールドカップでアルゼンチンに2-3と逆転負けしたエジプトのハサン監督の言葉。審判への不満を口にした。トランプ大統領が介入したといわれるアメリカ代表のバログンが、前の試合で退場になって出場できないはずのベルギー戦で出場した。トランプ大統領がFIFA会長に電話した。FIFAは退場を1年間延期する措置を取った。理由は明確にされていない。トランプ大統領は、(バイデン大統領が勝った)大統領選挙はバログンの退場と同じで不当なもので、バログンが出場すればアメリカはベルギーに勝つだろうといっていたが、現実は違っていた。ベルギーはアメリカに、4-1で勝った。ベルギーの監督は試合後、バログン選手に「君には何の責任もないことだ」と語ったそうだ。この騒動に巻き込まれたバログンに対して、理解を示した。人生は不公平なものだ。世界は不公平だ。それはおそらく正しいだろう。だがそれでも人は、生きていかなければならない。
「レオナルド・メンキアリ(イタリアのゲームデザイナー)「その頃、私はモノクロームのゲールを作ろうとしていた。時代設定は中世というくらいで、あとは何も決まっていなかった。黒澤明監督の映画は、ずっと好きだったしスピルバーグやルーカスも黒澤から強い影響を受けていることを知った。イタリア人として、マカロニ・ウエスタンのことはよく知っているが、あれは黒沢映画を参考にしている。侍が登場する時代劇ではなく、西部劇に仕立て直した。つまり再構築したんだよ。引用だらけなんだ。黒澤映画は本当に強烈で、圧倒的に美しいと思った。それをゲームで再現できないか、試してみたくなったんだ。その美しさが、どこから来るのかはわからなかったけど、そこに向かって試行錯誤した。それだけさ。黒澤映画の映像表現を徹底的に分析し再現しようとした。モノクロフィルムにフィルターをかけ、雨のシーンを作り、フィルムに粒子感を表現しゲームでなく、フィルムのような質感を目指した。あのソフトフォーカスを表現したかったんだ。このゲームは、プレーヤーが「黄泉の国」へ赴(おもむ)き戻ってくる。その後に、現世で囚われていた自らの魂と戦うという物語だ。黄泉の国で繰り広げられる生者と死者の交わり。それこそが、このゲームでなんとしても描きたかったことなんだ」
「美と崩壊」をテーマに、今フランスで注目される日本人を訪ねる。戦後西洋では日本の芸術作品は、強い関心をもって受け入れられました。その傾向は、ますます強まっています。今回、私たちが訪ねた表現者の作品には「美と崩壊」を感じます。ですから彼らに、作品について質問すればきっとその概念について語ってくれると考えています。「美と崩壊」に注目したのは、気候変動機器などの影響で今西洋では、文明の崩壊についてよく語られるからです。そして、ある意味日本の視点や経験、芸術作品が危機を乗り越える助けになるかもしれないと感じたのです。
田中泯(舞踏家・俳優)「世界はどれくらい気候変動に危機を本当に感じているのか。疑わしい現在の方が僕にはショッキングなんですけど。ある種、自然が大きく変化してきているなっていうのは、感じてはいましたけどね。ダンスという表現は、ホントに体一つ、体しかない。それにまあ時には衣装を着けて、時には裸になり、時にはあらゆる天候の中に自分の体を投げ込んでやったり、あらゆる場所に移動することもできて踊る場所を自ら選んでやることもできるわけですね。危機やそれから悲惨な状態のさなかで、人は何をしているのかいったらやっぱりむしろ言葉を叫ぶんじゃなくて、やっぱり声をあげているんですね。そして体を動かします。そんなようなことと僕は踊りを結びつけるしか方法がないような気もしてます」
河瀨直美(映画監督)「あたしは映画の中で自然を描き、そして実人生でも自然と対話してっていう風にしてきたわけではなくて。生まれたところが、日本の始まりの奈良っていうところ。そして世界遺産の森がある本当にお膝元で生まれ育ちしてきた。で映画を特に作り始めた頃に、自分はお金もないしそして働きもしてない。とにかく映画を作るという時間を持っているときに、よく森の中に入って行きました、一人で。そうすると風がわーと吹いて、そして光がわーとこぼれ落ちるように。そういうところへも繋がっていけるような可能性を凄く感じる。そしてもっといえば、人類という人間だけではない自然やもちろん木々とかに代表されるものや、水、川とかあと太陽とかそういう風なものたちが私たちの世界の一部であるという。 共感性みたいなものが感じられて、それが結局は、おそらく宗教だったりとか、とある誰か神様というものをそこに、日本の場合は山とか岩とかそういう風なものに神様を見立てて、そして祈りの対象にしてきた。でも逆にいえばそういった自然は私たちの脅威にもさらす。台風地震。私たちの国は災害大国。だからこそその辺りに、様々な八百万の神が存在していて、常に私たちの心の中には祈る感謝をするという精神性があるんですよね」――『美と崩壊~フランス人が探るジャポニズムの今~』――
7月15日(水) 晴
東京は今年初めて熱帯夜になった。ヨーロッパでは熱波で、2万人が死亡したという。今日からいよいよ猛暑日が続く天気予報。そして、2日連続暑い。パンプローナの祭りが終わり京都では祇園祭の祭囃子が鉾町に響いている。イランはホルムズ海峡封鎖を宣言し、トランプ大統領は封鎖されていないという。そして、アメリカが通航料として荷物の20%を領収するといい始めた。自分たちで始めた戦争なのに、アメリカ軍が航行の安全を保つためにお金がかかるという。世界の中心で自我を叫んでいる。世界は、プーチンとトランプによって完全に変わった。秩序などない世界へ。軍事力こそが、わがままが押し通す根拠の世界に変わった。彼らのいう正義は独りよがりなのに、それを押し通し続ける。国民を苦しめているのに、民意は反映されない。他国の意見は聞きもしない。絶対というのは、自分の意見だけと思っているようだ。これからどうなるんだろうと思う。
「アニメ『化け猫あんずちゃん』の場面。かえる、お地蔵、老婆、狸などが訪ねて来る。「ってことは、かりんちゃん一人なの」 かりん「そうなの。かりん、父さんに捨てられて一人ぼっちなの」 訪ねたみんなが涙を流し泣き声をあげる。「可哀想に」 かりん「三年前に母さんが死んで、誰も頼る人がいないの」 みんなの泣き声が大きくなる。 かりん「それに、お金もぜんぜんないの」 みんなの泣き声がやむ。 かりんみんなを見て腕を目に当ててわーと泣き出す。 みんなもまた泣き出す。
久野遥子(『化け猫あんずちゃん』の監督。アニメーション作家・映画監督)「妖怪っていうか、確かにこう日本人の感覚としては、立派ではない。けれど神様に近い存在みたいなものに凄く身近な感覚っていうのはあるのかなと思います。ただきっとあんずちゃんは、その中で、その一方であんずちゃんっていうファンタジーだけど凄く生活感があって、いってしまえば凄く下品なぐらい生活と生き物の中のリアルな部分が残った存在。なんか矛盾した存在になっているので、あれは漫画のオリジナル、漫画から出てきている妖怪たちなんですけれども。日本人としては、あれはけっこうちょっとショボい妖怪っていうか、あんまりメジャーな妖怪っていうよりそれなりに格下なやつっていう面白味があるシーンになってます。」
化け猫あんずちゃん「俺がいるよ。」 かりん「はぁ」 あんずちゃん「化け猫なんで、俺、死なないから。ずっとそばにいるにゃー」 かりん「馬鹿じゃねぇ」
久野「ああ、でもたぶん。そういった日本の中にある可愛い的なものというか、ブームの物としては、ちょっと毒々しさというのはあるのかなと思っていて。でなんていうか、可愛いとか思う物って、何かある種、過剰さというか、あの何かその中にある要素としての強さみたいなのが、やっぱりあるということが逆に何か飛び出すぎていてちょっと怖いとか、何かあのちょっとグロテスクな方向へ行くというものはあるのかないう、それは私以外のこういった、絵を可愛い絵を描く人たちはたぶんイメージの中にあると気がします」 ――『美と崩壊~フランス人が探るジャポニズムの今~』――
水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』の妖怪も、グロテスクであったりだらしなく立派ではない。悪を懲らしめる鬼太郎と仲間たち。悪を演じる妖怪たち。それを繋いでいるが、非常に人間らしさがあるねずみ男。おそらく久野遥子も水木しげるをなぞっているのだろう。同時期に、『巨人の星』と『あしたのジョー』の原作を書いていた梶原一騎は、この2作でスポコン漫画を大成させた。完璧を求めた星飛雄馬。高校時代から飛雄馬を理解しようとする伴宙太。その完璧を壊そうとする花形満などのライバルたち。飛雄馬と左門豊作は貧乏だが、伴宙太と花形満は大金持ち。姉の明子は、花形満に嫁ぐ。巨人を追われた一徹は中日のコーチになる。正義と非正義の対立も描いていた。伊吹丈は、不良少年でやくざ相手の喧嘩でも強い。その喧嘩を観て、度胸とボクシングセンスを感じて、一流ボクサーに仕立てようとトレーナーになる丹下段平は、はげ頭に左目に黒い眼帯、顔にいくつも傷があり杖を突いているドヤ街のアル中老人。誰かがいっていた言葉を思い出す。ジョーを受け止めることが出来るのは、普通の人間にはできない。だから、片眼でまともな人間じゃない丹下段平しかいないのだと。
ジョーのライバルの力石徹が死んだとき、アニメ『あしたのジョー』の主題歌の歌詞を書いた寺山修司が力石徹の葬式をしようといいだすと天井桟敷によって講談社講堂で葬式が行われた。構成・演出をやったのは東由多加(のち東京キッドブラザース主宰)。そこで主題歌を歌っていた尾藤イサオが歌ったという。新聞や雑誌にも載った力石徹の葬式。人間の葬式ではない、漫画の架空の人物の葬式という前代未聞のことが行われた。それだけ『あしたのジョー』に熱狂した。そして1970年という時代もあったのだろう。文化は、大衆を動かす。
7月19日(日) 晴
味噌に合うのは何か?『トリセツ』でやっていた。牛乳と酸味があるトマトを同量入れると、だしを取った味噌汁より美味しくなる。応用で、味噌と牛乳とトマトジュースでつゆを作り、蕎麦やそうめんを食べたら美味しかった。夏にはピッタリの冷たい食べ物。これはいける。ただしこれでは、蕎麦のタンパク質だけでは不足するので、ツナ缶とか豆腐を一緒に食べている。トランプ大統領は、ホルムズ海峡の通航料20%取るといっていたが、直ぐに撤回した。当たり前だ。馬鹿でも判ること!!!サッカーのワールドカップ3位決定戦は、予想に反してケインとベリンガムいないイングランドが前半終了で、4-0でフランスをリードしている。
18日カナダの山火事の影響で開催が危ぶまれたドジャース対ヤンキース戦は山火事の煙の影響もなく開催された。中継で真っ先に写されたのはニューヨークの空。煙のない空が嬉しかった。クリーブランドのガーディアンズ対パイレーツ戦は、煙の影響で中止になった。明日、ダブルヘッダーで行われる予定に変更された。オールスター明けの後半開幕戦は、佐々木朗希先発。大谷翔平は、1番DH。朗希は、初回から100(160.9キロ)マイルで三振を取った。5回2/3、94球(ストライク58球)を投げ被安打5、奪三振5、与四球1、失点1、自責点0。最速101.8(163.8キロ)マイルの球を投げた。41球のフォーシーム(直球)の内35球が160キロ超。21球が100マイル超だった。ドジャースの投手で1試合21球の100マイル超を投げた投手は朗希が初めてだった。これだけの球速が出れば、フォークボールやスライダーの変化球も生きてくる。失点はパヘスのエラーとラッシングのパスボールがあったから。それがなければ無失点だった。試合は、7回表マンシーの逆転2ランホームランが出て、2-1でドジャースが勝った。エース的な存在感を感じた。ヤンキースはエースのコール。サイヤング賞投手との投げ合いに勝ったのも自信になるだろう。大谷は無安打だったが、第2打席のライトフライは取った時グローブがフェンスに付いていた。あと少しでホームランだったがバットの先っぽだった。
「宮城聡(演出家)「ですから、自然界のものばかりでなく、様々なものがその精神を持っていて、その精神が時には生き物の形をもって現れるというのは、日本の感覚ではごく自然なことなんです。ゴジラは、今さっき僕が申し上げた元々生物じゃないものに精神があって、それが生き物のような形をとって現れるという。」
是枝裕和(映画監督)「ゴジラはモンスターじゃないじゃないですか。ゴジラはむしろ神じゃないですかね。神というのは、難しいな言い方が。宗教的な信仰の対象というというよりはさ、自然災害も含めた人間の力ではいかんともしがたい存在っていうものだと思いますけどね。ゴジラが象徴しているものっていうのは」
宮城「日本的な考え方の典型的なものです。あれは、原子爆弾によって沢山の不幸が生まれて、その沢山の不幸が一つの魂のようなものになって、そして生き物として形になった。そういう存在ですね」
石内都(写真家)「写真を始めた時に、自分の足元をちゃんと見ようと思ったんですね。それと(原爆投下後)広島のワンピースやブラウス、スカートを見た時に、ねぇ1945年8月6日。私が広島にいたら自分が着てたかもしれない。そういうこうリアリティーが凄くありました。 そこまで被爆の遺品ということでしかみんな見てなかったのは、私はそうじゃなくて、物撮りではない、何かもっと具体的に原爆受ける前、ちゃんと普通に生きていた人たち。で普通にオシャレしていた。みたいなことと、やっぱりねぇ、戦前の方が質が良いんですよ。たとえば、絹にしても木綿にしても、なんだろなあの手作り。手で作るという意味で、非常に遺品たちは日常生活がきちっと見えたの。広島を日常的なものとして見た人は誰もいなかったので。 傷をずっと撮っておいた一つの形として被爆も一つの傷跡なんですよね。だからその広島そのものだけってことじゃなくて、一つの象徴だから歴史の」 ――『美と崩壊~フランス人が探るジャポニズムの今~』――
石内都の視点は、原爆遺品という物ではなくそこにあった日常を想像した。オシャレする女の子またそれを手作りする母親。そういう世界中どこにでもある日常に結びつけることによって、原爆遺品がただ単に戦争反対を叫ぶだけでは届かないものを…どこにでもいる生活者の営みに変えた。そうすることによって原爆被害者が、今を生きる日常生活者に近づくのだ。近づくことによって、原爆被害の悲惨さを身近に伝えるのだと思う。彼女が物撮りじゃないというのは、そういうことだろう。これが女性的な視点。一方、宮城聡や是枝裕和のいうゴジラの話は日本人ならスーッと入ってくる。「元々生物じゃないものに精神があって、それが生き物のような形をとって現れるという」「人間の力ではいかんともしがたい存在っていうものだと思いますけどね。ゴジラが象徴しているものっていうのは」「原子爆弾によって沢山の不幸が生まれて、その沢山の不幸が一つの魂のようなものになって、そして生き物として形になった。そういう存在ですね」ということになる。これが男の視点。改めて、フランス人に両方の視点があるべきだということを提示されたような気がする。
7月21日(火) 晴
20日は忙しかった。1時35分からドジャース対ヤンキース戦。テレビ中継は、ホワイトソックス対ブルージェイズ戦。村上宗隆と岡本和真の中継。ニューヨークは前日大雨が降って中止になり、ダブルヘッダーになったため、急遽日程が変更になった。だからドジャース戦は中継なし。ネットで中継を聞きながらMLBのネットでデータを観ていた。山本由伸がレギュラーシーズン初完投。相手はア・リーグ防御率1位のシュリトラ―。ドジャースは、打者が粘り強く球数を投げさせ5回途中降板させた。大谷のタイムリーなどで3点を取った。そのあとも加点して、8-2で勝つ。ダブルヘッダーの第1試合で完投はチームに大きい。ヤンキースは、5人が登板した。
4時からは、サッカーのワールドカップ決勝。スペイン対アルゼンチン。スペインがポゼッションとパスの数で攻め立てるがシュートが決まらない。後半、アルゼンチンが退場者を出して1人足りない状態になる。アルゼンチンは南米特有の汚いというかせこいサッカーをする。相手をイラつかせたり挑発したり。スペインは、リーガエスパニョーラで慣れている。90分で決着がつかず、延長戦。延長後半にフェラン・トーレスがゴール。それから1人少ないアルゼンチンが攻める。シメオネの息子のシュートが外れる。これで終わったと思った。スペインは前回のイニエスタのゴールと同じ延長で1-0で勝った。メダル授与は、FIFA会長とトランプ大統領が担当。ワールドカップをスペインの主将が掲げようとするが、いつまでもトランプ大統領がい続けるのでFIFA会長が導いて端の方いった。テレビ中継では、『Qué viva España』が流れた。歌があっても、明らかに闘牛場で流れるパソドブレだ。帰国した選手たちは王宮へ行きシベレス広場で、ファンと喜びを分かち合った。沿道には、200万人が集まったという。月曜日仕事になったのか?
8時20分ドジャース対ヤンキース戦第2戦は、オープナーが打たれ救援も駄目だった。8回同点機に大谷が空振り三振。1-2で負けた。今日からはフィリーズ戦。サンチェスが好投。大谷は、ボール球を振って三振した。後半ベッツの2本のホームランで追い上げたが、7-10で完敗した。ポストシーズンで、サンチェスと対戦する機会があるかもしれない。全然打てない。ボール球に手を出さないことが大事だ。それと大谷は23日の登板も回避した。7日か10日のうちにどうなるか判断できるだろうとロバーツ監督がいっていた。サイヤング賞は遠い。諦めた方が良いだろうが、まだ諦めていないというアメリカの記者もいる。正直162イニングには届かないだろう。たとえ防御率が1点だとしても…。
今日も暑かった。サッカーで忘れているかもしれないが、アメリカはイランに対して10日連続で攻撃している。おそらくトランプ大統領は、11月の中間選挙を諦めているのだろう。石油関連の問題は、今年いっぱいかかるだろうと専門家がいっている。
過去の、断腸亭日常日記。 --バーチャル・リアリティーとリアリティーの狭間で--
太い斜字で書いてある所は99年、2000年、2001年、2002年、2003年、2004年、2005年、2006年、2007年、2008年、2009年、2010年、2011年、2013年、2014年、2016年、2017年、2018年、2019年のスペイン滞在日記です。
太字で書いたモノは2010年11月京都旅行。2011年3月奈良旅行と東日本大震災、11月が京都旅行、2012年4月、11月、12月の京都旅行、2013年4月京都旅行5月出雲遷宮旅行10月伊勢神宮の遷宮旅行11月京都旅行、2014年5月6月、7月の京都旅行、2015年6月京都旅行、9月奈良・京都旅行、11月京都・滋賀旅行、2016年11月京都旅行、2017年9月京都旅行、11月の奈良・滋賀・京都旅行、高野山・京都旅行、2019年2月、8月、9月、10月京都旅行、2020年1月、2月京都旅行、滞在日記です。
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