14ページ パーフェクト・ストームのあと―遺跡ねつ造事件によせて(2)―

 今年の夏に封切られた映画に「パーフェクト・ストーム」というのがありました。西大西洋上に発生したハリケーンが複数の要因で巨大化し、とんでもない嵐になる話でした。今回の事件とその後の動きを振り返るとき、何となくこの映画を連想してしまいました。別に深い意味があるわけではありません。藤村氏の遺跡ねつ造の発覚から報道、その反響と動揺など、学界だけでなく社会全体にも及び、その波が間髪を入れずわが身に押し寄せてくるのを実感したからです。

 前にも書きましたが、日本考古学のネット上での展開はまだ始まったばかりです。その中で主導的な役割を果たしてきたのは大学や博物館など行政機関のサイトではなく、私的に運営されているサイトでした。私的なサイトは個性豊かで、さまざまな試みがなされ、年齢や立場に関係ない楽しい世界が繰り広げられていました。今度の史上希な「ストーム」は生まれて間もないこの世界をも容赦なく襲いました。優秀な船員をもつ大型船で、果敢にも波へ突き進んで行く船もありましたが、小舟で港に逃げ込む暇もなく波にのまれてしまったのもありました。私などさっさと港に逃げ込んだ卑怯者?です。でも、ほとんどの船が傷ついていることに気づいている方はいるのでしょうか。しばらくは興味本位で見学に訪れる方は多いでしょう。でも羅針(掲示)盤がぐちゃぐちゃで見る気にもなれず、しかも全体としてのエントロピーの低下が気になります。

 さて、この冬一番の寒波が押し寄せるなか、会津若松市で東北日本の旧石器文化を語る会が開催されました。藤村新一氏によるねつ造事件から間もないこの時期にあえて開催された関係者の皆さまにまずは敬意を表します。
 残念ながらわたしは参加できなかったのですが、実際の資料見学、それを通じた討議などが行われたようです。
 今回の研究会に対してさまざまな疑問や意見も聞かれますが、なによりオープンに、多方面からの意見を公明に聞くという方針は正しいと感じました。
 可能ならいつの日か直接本人からねつ造石器の採集地点や、ねつ造方法のパターンを聞き取り、その巧妙な遺跡ねつ造を再現してみる実験的な試みもやってみるべきと密かに思っています。そうすることにより、発掘現場の留意点、直接調査や出土石器に関わる担当者の必要要件などが、見えてくると思うからです。今後、こうした事件が再び起こらないとは限らないからです。もっと悪質で周到な行為が起こらないとは言い切れません。これは不謹慎でしょうか。

 過去、日本の考古学上のねつ造が皆無であった訳ではありません。旧石器時代に限ってみても、近年に野尻湖発掘や岩戸遺跡など遺物や遺構を恣意的に作った例があります。また、こうしたねつ造とはすこし違いますが、発掘成果によって判明した時期や規模・構造などを意図的にねじ曲げ、異なる解釈や復元をするのも同類といえるでしょう。さて、こうした行為が幾度も起こるのはなぜでしょうか。

 本来考古学では遺跡や遺物の発見を通じて、直接利益を得ることはほとんどありません。もちろん遺物を商品として、盗掘する「遺跡荒らし」はねつ造とは違います。なのになぜ、ねつ造するのか。考えられることは幾つかあります。まず、1)単なる興味本位、例えば他人を驚かすなど、2)個人の業績を高める、3)遺跡の価値を高める、などです。1)は子供の発想で論外です。問題は2)3)でしょう。さきに「直接利益を得ることはほとんど無い」といいましたが、発見史に名が残ることを業績であり利益と単純に考える人がいるのです。今回の事件はまさにそれです。ところで、本当はもっと問題なのが3)なのです。これについては長くなりますのでまた別の機会にしましょう。

 さて、前後しましたが、先の会津若松市での研究会終了後、国内10団体から声明文が出されました。わたしにも事前に原稿を拝見させていただきましたので、2、3訂正をお願いしたりしました。以下に貼りますので、取りあえずご覧下さい。(既に「もぐら通信」にも掲示されています)
 

宮城県上高森遺跡・北海道総進不動坂遺跡における旧石器発掘捏造問題に関する声明

 前東北旧石器文化研究所副理事長・藤村新一氏による今年度の宮城県上高森遺跡、北海道総進不動坂遺跡における前期旧石器発掘捏造問題は、日本の旧石器時代研究に深刻な打撃と不信感をもたらしただけでなく、わが国の考古学に対する信頼を失墜させる背信行為であります。私たちはこの問題を深刻に受けとめると同時に、このような行為を防止できなかった旧石器時代研究者の責任も重く、反省しているところです。

 今回捏造がおこなわれたのは上高森・総進不動坂の2遺跡のみと伝えられますが、藤村氏が関与したその他の旧石器時代の遺跡の発掘調査についても疑惑がもたれております。これらの学術的な意義を確かめるためには、再発掘等による検証が不可欠です。また、多くの研究者が検討するためには、上高森遺跡・総進不動坂遺跡その他関連する遺跡の発掘調査にかかわった研究者・団体・組織等が報告書を刊行することが急務であると考えます。その一方で、捏造を見抜けなかった発掘調査方法そのものの検討を通じ、再発防止策も確立していかなければなりません。

 日本の旧石器時代研究は、考古学のみならず、地質学、地形学、火山灰編年学、古生物学、古生態学、人類学、年代測定学などさまざまな自然科学分野と連携し、相互検証のもとで研究基盤を構築してきた分野でもあります。いまや日本列島で発見された旧石器時代遺跡は約5000ヵ所にもおよび、膨大な資料の蓄積とともに、地域ごとに研究が深められています。ただ、こうした研究状況は後期旧石器時代を中心としたものであり、前期・中期旧石器時代については、ようやく西日本をふくめた全国的な規模での探索と本格的研究に着手しようとする段階にありました。今後は、全国的な視野での研究をさらに推進するとともに、遺跡と出土遺物に関する十分な検討や学説に対する忌憚のない相互批判をおこなうことが重要です。また、関連学問分野との協力による相互検証をさらに深める必要があります。

 日本の旧石器時代研究では、相沢忠洋氏による岩宿遺跡の発見に示されるように、新たな資料の発見や調査において民間の研究者・研究団体が大きな貢献をなしてきたことは明らかな事実です。私たち地域研究団体も、そうした伝統のうえに立ち、個々人の所属する学会・職種等の違いをこえ、地域の旧石器時代研究を推進する目的で自主的・自発的に組織したものです。今回の捏造によって民間の研究者・研究団体の発掘調査へのかかわりに疑問がなげかけられているのは遺憾であります。日本列島における前期・中期旧石器時代の研究を推進するためには、固定的な観念にとらわれない新鮮な問題提起と意欲をもった多くの研究者・愛好家の協力と粘り強い努力が必要であると確信します。

 今後の再調査と関連資料の再検討に多くの時間と労力が必要とされることはいうまでもありません。こうした困難な事情を抱えながらも、私たちは積極的にこの問題に取り組み、地域研究団体間での連携はもとより、各関係機関との協力体制を強化しながら、今回損なわれた日本の旧石器時代研究の信頼回復のために尽力していく所存です。                                以上

 2000年12月24日

                        北海道旧石器文化研究会
                        東北日本の旧石器文化を語る会
                        石器文化研究会
                        北陸旧石器文化研究会
                        長野県旧石器文化研究交流会
                        東海石器研究会
                        近畿旧石器交流会
                        同人会旧石器文化談話会
                        中・四国旧石器文化談話会
                        九州旧石器文化研究会

 さて、わたしも、この声明には基本的に賛同いたします。
 ただし、1点だけは納得できません。訂正してほしかったと思っています。それは冒頭に近い以下の部分です。そうでなければ、国内でこれまでの他のねつ造を含めて責任を曖昧にし、直接関わった研究者はともかく、それを二次的に使用したり、批判しなかった研究者にも重い責任を背負わせてしまうことにもなりかねません。そのことが、結果として今後の前向きの研究につながるとは思えないからです。

…私たちはこの問題を深刻に受けとめると同時に、このような行為を防止できなかった旧石器時代研究者の責任も重く、反省しているところです。
 これは「いる」ではなく、「ほしい」でしょう。はい。(2000.12.28掲載)