11月5日はおだやかな日和の日曜でした。
数時間前まで依頼原稿に四苦八苦していた私は、まだ寝入ったばかりの気分でした。
そこに鳴り響く電話。誰だろう、まったく。
時計を見ると午前7時です。「はい、はい」と、受話器を取ると「大変ですよ。吉留さん!」
大分県の綿貫氏であった。彼はおかまいなしに話す「新聞見ました?M新聞」。
「見てないよ…。なあに?」と私。
綿貫氏は一気にまくし立てる。
「藤村さんが、上高森遺跡で石器を自分で埋めたこと、記事になっています。」
まだ、ぼんやりした頭に、幾度か言葉が繰り返されていく。「えっ!」
事件の第一報をこうして知りました。
ひととおり記事の内容を説明すると「じゃあ、また」と、綿貫氏は慌ただしく電話を切ってしまいました。
目覚ましのコーヒーを入れている間に、各地から次々に電話が入ります。「大変だよ!」「えらいこっちゃ!」
しばらくすると「もう、ヤフーのニュースに出てるよ。」と連絡。
パソコンを立ち上げ、開くとトップニュースとなっていました。
こうして私は、今回の藤村新一氏による上高森遺跡のねつ造発覚にはじまる事件を知ったわけです。
もうすでに発覚から二週間が過ぎようとしています。
その間、このホームページ上で、この件について詳しくとり上げませんでした。
その理由は幾つかあります。個人的な原稿締切や健康状態もあったのですが、それだけではありません。
まず第一に、自分も旧石器を学びつつ、こうしたホームページ(以下、HPとします)でさまざまな情報を一般に向けても発信しています。もちろん、このHPは予算のない我が研究会の会員連絡用を第一義として開設しました。しかし、HPの性質上、ネットにのせることは全方位に、いわば公に情報を発信していることになります。ましてや、国内に旧石器時代をテーマとしてHPを開設しているのはおサルのリンク室でわかるように、数カ所しかありません。望まずとも、一般の閲覧者(マスコミを含め)がその反応に注目するのは確実でした。また事件の内容と報道のあり方を知った時点で、旧石器研究だけでなく、考古学全般に、さらに社会的にも大きな影響を与えることが予測できました。私に詳しい事情や情報がない段階で、不確実や憶測の記事をのせるわけにはいきませんでした。
第二に、今回の事件はまだ集結していないことです。私が考えたのは取りあえず、1)ねつ造の実態の全貌解明、2)行政や学界(この場合、広義とします)の対応策、3)教育現場での対応などでした。不注意な発言はそうした急務策に悪影響を及ぼしかねないと考えました。実際、この問題に対する識者のコメントが、かえって混乱を招いている事実もありました。あろうことか我が身を守るために、考古学者とは思えぬ不遜な発言を繰り返す御仁もおられました。これでは、事態をいっそう泥沼化すると思いました。少なくとも、1)を明らかにし、2)、3)の方向を見極めるまで待つべきだと考えました。もちろん、現時点(2000年11月20日)でも、この点は明らかにされていません。
第三に、この問題があまりにセンセーショナルに取りあげられたことによります。スクープしたM新聞の記事もそうですが、連日あらゆるマスコミで報じられました。そのことが悪いわけではありません。あまりに幼稚で単純なねつ造行為(このことについてはまた別に記します)の実態が幾度も公開されることにより、学界のみならず、騙されてしまったという多くの人々の怒りは大きく、その行き場のない憤りは、身近なHPに向かうだろうと思われたことです。ネット上での冷静さを欠くやりとりは、当事者ならず閲覧者にも不快なものです。せっかく数年かかってここまできた日本考古学のインターネット活用の高まりに水を差してしまいます。
このノートに私なりの意見を述べると言いながら、ここまで伸ばしたおもな理由は以上の点です。
なにをえらそうに、私の発言なんかなんの影響もないよ。と、言っていただければそれはそれで有り難いのですが、少なくとも学問としての日本考古学や、文化財行政の信頼性を疑われるような、どんな些細な発言も許せなかったのです。
この問題については、数日前に日本考古学協会に特別委員会が設置されることがきまったようです。今後、改めて調査検討され、次第に実態が明らかになると思います。
ただしこれまでの前期旧石器時代研究の分野はしだいに危機的状況に陥りつつあるという気がします。
ところで、今、いちばん厳しいおもいをしているのは、何より東北地域の仲間達です。とくに旧石器時代を学んでいる研究者たちは、責任追及をも受け、つらい立場だと思います。でも、まずは彼らの手で解明と再検討、そして新たな研究を開始してほしいと思います。地域セクトではなく、その地域にいき、地に足をつけている彼らでなければ出来ないことがあるからです。いま、この時点だからこそ、気を取り直して立ち上がる必要があるのではないでしょうか。まずは、一歩です。
各地で発掘調査や資料の報告、活用までに、過去から現在までに多くの方が努力してこられました。暑い日、寒い日、ドロと汗にまみれて発掘を手伝っていただいている作業員さん達ちから、最近学び始めた学生さんまで、これまで一生懸命であった考古学にこれ以上失望をあたえてはいけないと思います。私自身も。(2000.11/21掲載)