ロザリオ
                                    作:ko2001


その子は,いつもロザリオを下げていた。
子供用にしてはちょっと大き目の,でも小さなミドリの宝石がちりばめられた
立派なロザリオを。

彼女の祖母は,敬虔なクリスチャンだった。
幼くして母を亡くし,祖母に育てられた彼女は,その教えに従った。

「神はいつもあなたの側にいます。
だから,片時も神のことを忘れないように,祈り続けなさい。」

こうして育った彼女は,大きくなってからも祈り続けた。

「神様,私に生きる力をお与えください。平和をお与えください。」

いつ,いかなる時にも。友人達にどんなに馬鹿にされようとも。

その後,彼女は美しく成長した。誰もがうらやむ女性となった。
それでも,彼女は祈り続けた。

だが,ある日のこと,彼女が住む町を,大地震が襲った。
今までに経験したことのない,大きな地震で,町のほとんどの家は崩れ去った。
まだ,夜明け前という時間も災いし,多くの人が寝ながらその瓦礫の下敷きと
なって,命を絶たれた。

彼女の住む家も,例外ではなく,朝の祈りをささげていた彼女を飲み込んだ。

彼女は,恐怖のあまり身動き一つできず,ただロザリオを握りしめてつぶやいた。
「神様...」
そして,彼女は息絶えた。




彼女がふと気付くと,そこは広い草原の中に建つ,大きな教会の中だった。

彼女は,その中に入ると,神父の元へと進んだ。
その神父は,そこにいる一人一人に何かをつぶやくと,その人たちは次々に
左右のドアに別れて立ち去った。

ふと,気がつくと,左のドアから出て行こうとする人の目から,涙がこぼれていた。
反対のドアから出る人は,皆一様に笑みを浮かべていた。

「これは,審判の場所なのだわ。」

そして,彼女の番になった。
彼女が顔を上げると,そこには紛れもない神の顔があった。

神は静かに口を開いた。

「おまえは,何か懺悔し忘れていることがあるだろう。
懺悔を忘れた罪はおまえの罪なのだよ。
左のドアに進みなさい 」

「お待ちください。神様。
確かに,懺悔を忘れたことはあります。
でも,とてもそれは,とてもつまらない内容です。」

「罪の重さは,私は決めるのだ。おまえは懺悔を忘れた。
そのたった一つの罪で,おまえの天秤は左へ傾いたのだ。
さあ,行きなさい。 」

「神様,私は幼い頃から,祖母の教え通り,神様への祈りを
欠かしませんでした。どんな時も。 」

「知っている。これがおまえの祈りのすべてだ。」

そう言って,神が広げた手の平一杯に,彼女が行なった全ての祈りが
山のように積まれていた。

「この中で,本当の祈りがいくつあるか,ここでふるいにかけてみよう。」

そういうと,神は手の平を小さくゆすぶり始めた。

祈りは,次から次へとこぼれていった。
指の間から,まるで砂時計の砂のように,さらさらと,いつまでも。

そして,それが終わると,神は,静かに手の平を彼女に向けた。

そこには,祈りが,一つだけ残っていた。

「この祈りは,おまえが死ぬ寸前に唱えた祈りだ。
これが,おまえの本当の祈りだ。 」

その時,彼女には自分の人生が走馬灯のように見えていた。

そして,神の言われたことが真実であると悟った。

「神様.....」

彼女の目から,一滴の涙がこぼれ落ちた。

その涙は,輝きを増すと,神の手の平に残った祈りに覆い被さり,
大きな光となって神の御顔を照らし出した。

神は,静かに微笑むと,静かにこう言った。

「右へ,進みなさい。」


                    END

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