シルバーシート
                                      作:ko2001


コトンコトン...コトンコトン...

眠気を誘う鉄路の音に,大きな欠伸を噛み殺した。
ここは,新宿発7:29の通勤快速の中。
通勤快速と言っても,都心から離れて行くにつれ,停車駅も減ってくる。
ノンストップのゆりかご気分で,とろとろまどろむ朝の幸せ。

だが,この幸せも長続きはしない。
次の停車駅で,あいつがやってくる。

「あいつ」とは,いつもこの車両に乗り込んでくる初老の夫人なのだが,
これがまた,最悪なのだ。

この時間だと,立っている人もいないが,空いている席もないという,
「ピッタリはまった」状態なのだが,そこにその夫人が乗ってくる。

彼女は,その日,目に付いた人の前に立つと,おもむろに口を開いては,
ああ足が痛いだの,病院通いが辛いだの,荷物が重いだのとまくしたてて
気の弱い人が席を譲ってくれたとしても,気が済むまで,大声でわめき
続けるのだ。

その日は,また,最悪の状態だった。

見慣れぬやせた青年が,よりによってシルバーシートの端に座っている
ではないか。

案の定,夫人は,その青年に目をつけたようだった。

むんずと前に仁王立ちすると,青年の頭の上から絨毯爆撃が始まった。
青年は切れ長の目を静かに閉じて,微動だにしなかった。
その姿が,夫人の逆鱗に触れたようだった。

夫人の声がさらに大きくなっていった。

いつもなら,じっと目を閉じて気配を消している他の乗客も,自分に
被害が及ばないと知ると,一斉に好奇の目を,青年と夫人に向けていた。

青年は耐えているようだった。

だが,その青白い顔に,うっすらと赤みがさした時,青年は観念したように
立ち上がって,無言で,その夫人を入れ替わった。

夫人は,興奮さめやらず,座ってもなおしゃべり続けている。

最近の若いものは....
この席はシルバーシートと言って....

だが青年は,その前から退こうとしなかった。
静かに夫人の前に立っていた。

興奮も治まってきた夫人は,周囲の好奇な目に気付いたのか,
青年に向かって声をかけた。

「あんた,私も悪じゃないんだから,そんな目でみないでよ。
なんだったら,荷物くらい持ってあげてもいいのよ。」

夫人は,どうだとばかりに胸を張り,周囲に一瞥をくれた。

しばらくの間が過ぎたあと,青年は,夫人に何かを預けた。

「ヒィ−−−−」

夫人は声にならない悲鳴を上げた。


夫人の膝の上には,青年の膝下の義足が置かれていた.....


                       END


                       戻る