年末特別企画

      鬼のすむ谷
                                      作:ko2001


「じゃ,爺っちゃん,いってくるぞ」
「おお,今年は雪はないが,風がきついでな。気ぃつけていけよ」
「大丈夫じゃ,毎年のことやからのう。」
「そんでも,去年も大森のとこの清二がやられたんぞ。油断するでないぞ」
「わかっとるがな,心配症じゃのう」
「いいか,あの谷は絶対通るでないぞ」
「もう,ええが。行ってくるぞ」
「・・・・・」 
                                   

今年も師走の足音が,この村にもやってきた。
それは,あっという間に村を駆け巡り,村中で年越しの準備に追われた。

おらのうちは,今年も,お爺とお婆との三人だけだ。お父は遠くへ出稼ぎに
行っている。これが,おらん家のいつもの正月だ。もう何年も。

おらの村は貧しい。だから,子供も年寄りもみんな働いている。
大晦日まで,働き通しだ。
それもやっと一息つけそうだった。

今日は大晦日。

あとは,小さな正月飾りを作るための,竹と松の枝を取って来るだけだ。
村の近くには,なぜか松がなく,あるのは柊(ひいらぎ)ばかりだ。
大人たちは「鬼除けのまじないだ」という。

そう,この村の外れから,飯盛山を越したそのまた先の谷に,鬼が住んでいると
いう。その谷に入った者は,鬼に捕まって帰ってこれないのだと聞かされて
育った。
でも,おらは信じていない。鬼なんかいるものか。
去年,清二がいなくなったのも,谷を分け入った洞穴に落ちてしまったに
違いない。おらはそう言ったんだけども,大人たちは鬼の仕業だと言い合った。
仕方ない,あきらめろと。
でも,清二は嫌われものだったから,誰も異論を挟まなかった。親さえも。
大人たちは,あそこは子沢山だったから,大飯喰らいが減っても困らないのだと
うわさしあっていた。おらもそう思った。

おらが,竹と松を取りに行くのも,その谷の中だった。
みんなは,飯盛山の中で取るのだが,おらはみんなよりいい竹を持って帰る
ために,秘密の竹林へ行くんだ。そこで,立派な竹を取って帰って,立派な
門松を作れば,おらん家にも福の神がやってきて,お父も早く帰ってくる
かもしれねえし。
だから,おれは行くんだ。谷へ。


谷はとても薄暗い。うっそうとした木々に囲まれて,昼間でも恐い。
恐い? ちょっとおっかないだけさ。

おらは,真っ直ぐ竹林へ向かった。
おらの家にはちょっと立派過ぎるかもしれないが,ぴんと伸びた
竹を切り倒した。

適当に切った竹を背中に担ぎ,帰ろうとして,ふと何かが目に入った。
それは,汚れた着物の切れ端だった。

もしや,これは清二の...

そう思ってあたりを見回すと,草むらの奥にぽっかりと口を開けた
洞穴が見つかった。
おらは,恐る恐る覗き込んでみた。その時......


気がついた時には,家の中にいた。見慣れない家だ。        

遠くでいろりの火がともっている。
そこへ近づこうとして,後ろ手に縛られていることに気がついた。

ここは,どこだ?  なんで縛られているんだ?
おらは必死で考えた。
外は,もう夜のようだが,まだ,除夜の鐘は聞こえてこない。

ふと,いろり端を見ると,そこに一人の猟師が座っていた。
いや,猟師にしては...でか過ぎる。
ま,まさか,あいつがこの谷の鬼.....

その時,その男は振り向いた。
耳まで裂けんと開いた口に傷だらけの顔。太い腕には大きな鉈(なた)が
握られ,髪の間からは,太く短い角が....。

やっぱり,本当にいたんだ。清二も奴に喰われたにちがいない...


鬼はまた向き直り,その手に持った鉈を研ぎ始めた。

ショキ,ショキ,ショキ....

その刃先は,いろりの火を反射させ,橙色に鈍く光っていた。

このままじゃ,殺される。どうしよう。どうしよう。ようし。

「やい鬼,おらを喰ってもうまくないぞ。村人が責めてくるぞ」

だが,鬼は知らんふりで刃を研ぎ続けた。

おらは必死にさけんだ。鬼が少しでも反応しそうなことを次から
次へと叫びまくった。

「もう,村の大人たちが,おらを探しに,すぐそこまで来ているぞ。
さっさとここから出しやがれ。このやろう。」

だめだった。
しかし,ここであきらめる訳にはいかない。家で待っている爺っちゃん
婆っちゃんに門松の竹を持って帰って,お父の帰りをまたなければ。

くそー,こんなことなら,柊を持ってくるんだった。

おれは声も涸れよと叫んだ。

「やい,鬼。おらには待っている爺っちゃん婆っちゃんがいるんだ。
この竹を持って帰って,明日の朝には正月の準備を終わらせなきゃ
ならないんだ。だから帰せ。このやろう!!」


その時,突然,鬼が笑った
大きな口をいっぱいに開き,地響きのような音を立てて。

その声は,おらの、あらゆる勇気を消し去った。

鬼は,なおも笑い続けた。

グワッハッハッ,グワッハッハッハッ・・・・・

おらは,恐ろしさのあまり,目に涙を溜めながら,それでも,最後の力を振り絞って,
鬼に向かって叫んだ。

「な,何がおかしい..!!!」

その時,鬼が笑いながらこう言った。

「来年の話なんか,するからじゃ..!!」


                   END


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