教え
作:ko2001
チャカチャンリンチャンリンチャンリン,でんでん。
エー,またまたバカバカしいお話を一席。
「....
.........
ご隠居はん....
..... 」
「 うわぁ,びっくりした。誰かと思うたら八やないかい。
音もせんと急に現れるさかい,びっくりしたがな。
しかし,いつもにも増してアホの魂が抜けたような顔
してるがどないしたんや? 」
「 どんな顔でんねん?
いやぁ,ホンマ眠いんですわ。明け方までほとんど寝てませんねん」
「 そらまた,赤ん坊のようにすぐ寝てしまうおまはんにしては
珍しいやないかい。部屋にしらみでもわいてしもたんか?」
「 そんなんちゃいますがな。
一昨日(おとつい)死なはった2軒隣のばあさんのお通夜やったん
ですけどね。 」
「 それやったら,わしも行ってたがな。
皆に親切なやさしいお人やったけど,病気してたのも,おくびも
出さんとなぁ..
で,それとおまはんの寝不足と何の関係があるねんな?
また,遅うまで入り浸って,ただ酒でも喰らってたんとちがうんかい?」
「 そんなことしまっかいな。
わりと早うに皆帰りはったんで,わたいも帰ったんですわ。
ところが,その後遅うに,なんや親戚筋とかいう若い坊さんが来はったんは
ええんですけど,その坊さんが一晩中お経を読んでた声がやかましゅうて
やかましゅうて... 」
「 それで,寝られんかったんかいな?
まあ,そりゃ災難やったなぁ。
でも,まぁ,しゃーないがな。おまえも世話になったお方のお弔いの
ためやがな。我慢したりや。 」
「 それはわかってますがな。それで,その憂さ晴らし代わりに,
ここでなんか美味いもんでも食べさせてもらおうかと思いまして。」
「 なんやそれ。関係ないがな。
でも,まあ,一晩辛抱したのに免じて,羊羹でも出してあげようかい。
わしも午後まで暇やさかい,ゆっくりしていったらええがな。
」
「 へぇ,おおきに。
しかし,ご隠居はん。あのお経ですけど,よう聞いてましたら,
おんなじのんを何回も何回も唱えてたんですけど。
あんまり何回も聞こえてきたんで,耳に残ってしもたんですけど。
般若の面がどうしたとか,レインボーマンが変身するとか..」
「 レインボーマンの変身って,おまえいつの時代の人間や?
時代考証がめちゃくちゃやがな。それに,般若の面って,おまはん..
それは,
『阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんびゃくさんぼだい)』
ちゅうて,『般若心経』ちゅうありがたいお経の一説やがな...
」
「 はぁ...はんにゃしんぎょう...ちゅうお経でっか?
それにしては,短いお経みたいに聞こえましたが..」
「 そらそうやがな。漢字で書いて,300文字もないんやからな。
でも,その短い中に,仏様のありがたい教えの真髄が書かれてる
と言われてるな。 」
「 へぇ,あんな短い中に?
でも,葬式やら法事やらでは,坊さんはえらい長いお経を読んでますやん?
あんなんは,長いほどありがたいもんとちゃいますの?
」
「 その長いお経ちゅうんは,仏様の教えを後に聞いたお人らが,自分の考えを
くっつけたりしてるのもあるさかい,ほんまにありがたいもんかどうかは
わしにはわからんが,『般若心経』ちゅうんは,お釈迦様が深く考えた内容を
短く示してあるということで,お経の真髄みたいなもんやと言うお人も
多いぞ。
丁度ええわ。このわしがいつも使ってる扇子に書いてあるんが
『般若心経』や。 」
「 そんなもんでっか?
ちょっと見せてもろてもよろしいか?
ははぁ...ほほぅ...なるほど...
うんうん...どひゃー!!」
「 おまえ,何が書いてあるんか読めるんかい?
」
「 いえ,ぜんぜん。金色の文字がキレイやなぁと思うて..
で,何ちゅうて書いてあるんですか? 」
「 なんやそれ,文字で書いたらまどろっこしいリアクションやなぁ。
まあ,ええわ。
ええ機会やから,どんなことを書いてあるかを
教えてあげまひょ。 よう聞きや。
このお経の題名は,正しくは『摩訶般若波羅蜜多心経』ちゅうて,
『偉大なる仏様の智慧,つまりありがたい教えの真髄』ちゅう意味や。
ほんで,この中身やけど,お釈迦様がおっしゃるに,『観自在菩薩』,
つまり
観音様のこっちゃけどな,この方が『行深般若波羅蜜多時』,
つまり
仏様のありがたい教えを理解された時にやなぁ...
」
「 ご隠居はん? ご隠居はん?
その,ありがたそうな講釈もええんですけど,つまり,つまり,ちゅうて
長うなりそうなんで,もうちょっと簡単に,わかり易うなりませんか?」
「 おぅ,そうやのう。
なんぼ短いお経を言えども,このままやったらお昼になってしまいそう
やな。
よし,わかった。昼行灯みたいなおまはんにもわかるように,簡単に
したるさかい,よう聞きや。
つまりやな,この『般若心経』でお釈迦様が言いたかったことはやなぁ,
『世の中のことは,しょっちゅう移り変わっていくさかい,目先の細かい
ことなんか気にせんと,気楽に生きたらええねん』
ちゅうことやな。 」
「 ......ほんまでっか?...それ...簡単すぎまへんか?」
「 そんなことはないがな。色々書いてあるんは,そう思わはった理由が
書いてあるからで,ようするに,こういう意味のことが説かれてあるんや。」
「 でも,なんやおかしな話でんな...」
「 何がおかしいんや?
簡単にして明瞭な教えやないかい?」
「 そらそうでっけど,でもご隠居はん?
お経って死んだ人を弔うために
お坊さんが唱えますやん? 」
「 そうや? それがどないしたんや? 」
「 死んだ人に『気楽に生きたらええねん』ちゅうても,もう手遅れとちゃうますのんか?」
「 ほほぅ,面白いとこに気づいたなぁ。
例えば,こないだ見たネットの掲示板で....
」
「 ご隠居はん..ネットの掲示板って,それこそ時代が合うてまへんがな..」
「 おぉ,そうやった。そんなら,瓦版でやな..」
「 えらい強引な話の持って行きようでんな?
」
「 生言うな。その瓦版で,夜寝てて金縛りに会うて幽霊を見たお人が,一心不乱に
般若心経を唱えてたら助かったというのが書いてあった。
これも,幽霊に『気楽に生きたらええねん』ちゅうて,効果があったことになるわな?」
「 そんなら,ますますおかしいですやん? 」
「 そこで,わしはこう考えてるんや。
そもそも,『悟り』ちゅうのを理解することで,死んでも極楽浄土に行ける,ちゅう意味が
あるそうな。
で,この悟りを理解するための説明が,この『般若心経』なわけや。
そやさかい,お亡くなりになったお人や幽霊になってさまよってるような人にも
このお経を聞かせてあげたら,『なるほど,そういうことかいな。よっしゃ,わかった!!』
てな具合に,極楽浄土に行ける,成仏できるようになる,ちゅうことやなかろうか?
」
「 く〜,ご隠居はん...ええ話やおまへんか...スンスン..」
「 別に,泣かいでもええがな。
そういう気持ちで今度からお経を聞いてたら,うるさい,退屈なだけやなくなる
とちゃうか? 」
「 いや,もう,今の話聞いてようわかりましたさかい,今すぐにでも,極楽へいけますわ。」
「 そない慌てんでもええがな。その前に,ちゃんと家賃払うてからにしてや。」
「 いや〜,そんな...
ご隠居はん,すんませんけど,そのお経の最後に,『借金一切免除』ちゅうのも入れて
もらえまへんか? 」
おわり