一期一会
                                     作:ko2001

空襲警報解除ぉ!! 総員持ち場に戻れぇ!!

第三航空隊は,連隊長室前に集合!!



「今日はもう来ないなぁ。敵さんは。どんよりした嫌な天気だ。」

「小暮先輩,早く行きましょう。連隊長直々のお話だそうですから」

「あぁ...鳥飼?」

「はい」

「いや,なんでもない。急ごう」


気を付けぃ!!連隊長に注目


「皆の者,ご苦労である。先ほど入電した,航空師団長からの指令を伝える。

 明日,0600時,第二,第三航空隊に対し,特別攻撃隊の発進を命ずる。

 なお,今後の作戦の遂行を鑑み,次期補給までの兵器の温存を図るため,

 今回の作戦は,第二航空隊4名,第三航空隊1名の,計5機編隊とする。

 明朝,天候が回復なれば,即時発進せよ。目標は暗電にて連隊長に伝える。

 以上


  この指令に従い,第三航空隊から,鳥飼二等兵の出兵を命ずる。」


「は,はい」


「鳥飼,おまえ故郷はどこだ」

「ひ,広島です」

「広島か,遠いな。明朝の出発だ。家族に会いに行く時間はないぞ。
 近くに,女はいるのか?」

「い,いえ,連隊長殿。おりません。」

「そうか。家族への手紙は,枕元に置いておけ。私が取りに行く」

「はい」

「手紙だけなら,夜にでも書けるな。 千兵装長!!」

「はっ」

「例の会を催す。頼んだぞ」

「はい」

「来れる者は,19:00に庵に集まるように。以上,解散」


鳥飼は,体中の血が沸き立つのを感じていた。
いよいよだ。お母さん。いよいよだよ。

「鳥飼,いよいよ出兵か。...」

「小暮一等兵殿!!」

「なんだ,鳥飼,よそよそしいぞ。」

鳥飼は,膨れあがる血潮を押さえるように,大きく息をして言った。

「小暮先輩,庵とは,滑走路脇の,焼け落ちた寺の離れですか?
 そこで,一体何が..
 自分は,そんなことよりも..もっと..」

「おまえのためにやるんだよ。鳥飼。
 あの,千兵曹長は,本名を千宗案と言って,日本でも指折りの茶の湯の
 大家なんだそうだ。
 その御方か,我々に茶を振舞ってくれるのだ。」

「茶..ですか?
 茶などというものは,おなごのすることと思っておりましたが」

「俺も,最初はそう思ったさ。
 でも,この茶というやつ,そんなものではないぞ。
 それに,今のおまえにこそ必要なんだ。

 行けばわかるさ。」



鳥飼が庵に着いた時には,すでに他の者は座していた。

「おう,来たか。おまえは,その千兵装長の前に座れ。」

「ここですか?こんなところに座ってよろしいのですか,連隊長?」

「かまわぬ。今日の正客はおまえなのだから」

鳥飼は,上座にあたる場所に座らせられた。
前には,日頃の兵服からは想像も出来ないような,気品高い姿の
千兵曹長が,静かに茶をたてていた。

鳥飼は,その姿をじっと眺めていた。

しゃかしゃかしゃか....

うっすら泡立つ茶の,そのけなげな泡を守るように,まるで流れるような
手さばきで,すべてのことが進んでいく。
張り詰めた空気に,茶柄杓を扱う手は,まるで弓を引くかのようであった。
その姿に見入るうちに,鳥飼は周りの世界から隔絶されたかのような
しかし寂しくはない孤独に浸っている自分に気がついた。

しゃかしゃかしゃか...

ふと気がつくと,千に手渡された大きな椀を持っていた。

そこから沸き立つ湯気が,目の前を白く覆った。
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そこは,幼い頃見なれた裏山だった。
山の中腹の小さな畑で,母が下生えを摘んでいた。
「お母さん,行ってまいります」

山頂に続く山道で,小さな人形を抱く妹の姿があった。
「お妙,母を助けて仲良く暮らすのだぞ」

薪を拾う父の姿もあった。山ほどの薪を背負った父の後ろ姿が,
山腹の草むらを歩いて行く。緑の草が生い茂る,広い草原...
「お父さん,色々ありがとうございました。」

決して振り向かない父..父..馬鹿な!!幼い頃に死んだ筈だ。何故だ?...
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鳥飼は,ふと我に返った。
緑の草原は,かすかに湯気がたつ茶の面に変わった。

鳥飼は,こみ上げるものを押さえるように,そっとその茶をすすった。

他の者は,その姿を食い入るように眺めていた。

「いかがかな?」

千兵曹長は,静かな笑みを浮かべて尋ねた。



「不味い」

その返事に,一同は慌てた。

「と,鳥飼,千兵曹長殿がせっかく入れてくださった茶に向かって何ということを」

「ば,ばか者が..」

だが,千は少しも慌てず,一同を抑えてこう言った。

「そうか,そんなに不味いか」

しばらく,椀の中を見つめていた鳥飼は,残りの茶を一気に飲み干してつぶやいた。

「不味いです...こんな不味いものは飲んだことがありません。
 この不味さは,死んでも忘れないでしょう。」

そして,鳥飼は,深々と頭を下げた。
そこには,すべての感情を胸の奥底にしまいこんだ悟りの背中があった。


千は,静かに目を閉じた。かすかに光るものを悟られまいと。

それは,他の者も同じであった。

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一期一会..
「一生にこれが最初にして最後の茶だと思って客に差し上げよ」
茶人の村田珠光が言ったことに由来する言葉だと言われている。

お茶であれ,お花であれ,それらは世の中が乱れに乱れていた
戦国の世に生まれ発展した。
そんな,明日の命もわからぬ時に生まれた芸術だからこそ,
そこには切迫感があり,単なる遊びを越えた緊迫感がある。
思いつめた者の切実な感情が存在するのだ..

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翌朝,空は晴れ渡った....


                END

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