石垣田
                                 作:ko2001


「...敬三」  「...へい」  「... 勇太...」

俺の名だ。「へい」

「平一 ....平一... 居らんのか? こんな大事な日に...。
まあいい。そのうち来るじゃろう。
さて,今日集まってもらった訳は,みんな充分承知していると思う。
明日から,いよいよ御開田(おかいでん)が始まる。
今年は,新しい開田坊(かいでんぼう)が三人もいる,めでたい年じゃ。
これから秋分までの1ヶ月,しっかりと励んでくれい。

ささ,村からの心尽くしの宴じゃ。ゆっくり味わうがえぇ」

御開田,それはこの島に古くから伝わる儀式で,毎年盆明けの台風が
去ってから秋分あたりまでの約一ヶ月の間に,島の若い衆で田を作る
儀式のことだ。
これに参加する若い衆は,18を最年少とする10人の男で,上の年齢は
男衆の人数によって決まる。
今年は,この18歳の男が3人も上がってきたので,もうかれこれ,
5年はやってきた23〜25歳の年長衆の3人が抜けられる訳だ。
俺は,いったいいつまでやればいいのやら...

なぜ,この作業がこんな若い衆だけにまかされているかには,訳がある。

こんな狭い島だから,そんなに土地が余っている訳ではない。
だから,新たに田を作る場所を作らねばならない。
そのために,先祖代々行われてきたのが,この御開田。
 そう,海に作るのだ。

海の浅瀬に,石垣を築き,その中の水を抜いて土を入れて田んぼにする。
海中に石垣を積んで田を作るから,「石垣田」
北陸の一部でも,同じ名前で行われている方法があるらしいと聞いている。(※1)

盆明けの海は,波が高い。そこに大量の石を運んで垣を作るのだから
若者でなければ到底つとまらない。
それに,18を越えた若者は,自分の食いぶちを自分で確保せよと
いう意味もあって,最低1田は作らなければならない。
これが,この村の成人の儀なのだ。
この10人の力師の男のことを,開田坊と呼ぶ。


ガタン...

「平一,遅いぞ!!」村長の叱責が飛ぶ。

平一は静かに宴の端に座ると,冷めた料理をつまみ始めた。

横目で見ていた兄貴衆の中から「チッ」という声が聞こえた。

平一は,敬三,俺と共に,今年初めて加わった最若手の開田坊の一人で
力もあり,特に有望視されていた。
だが,この男はとても人当たりが悪く,特に村の若い男衆からは冷たい
目を向けられがちであった。
 俺は,幼いころから一緒に遊んでいたため,よく知っている。
 言葉は少ないが,思いやりもある,とても男気のある奴なのだ。
 今日の宴に遅れたのも,山向こうの一人暮らしの婆様の家への
小道が,台風で崩れたのを直してやっていたからだということを
俺は知っている。
 だが,平一はそんなことはおくびにも出さない。そんな男なのだ。


 翌日から,御開田が始まった。

 昔は,一田を一人で作っていたが,いつ頃からか,皆で一緒に
すべての田を作るようになっていた。
 大量の石を山から運び,潮の引いている間に一気に積んでしまう
必要があるから,みんなで一度に作業する方が理にかなっているのだ。
 石や土を運ぶ台車も,そんなにたくさんあるわけではなく,
さりとて,それを人数分用意できない村としても,多少の効率化には
目をつぶらざるを得ないのだろう。

 夜明けと共に開墾場に集まり,村長により作業分担が行われた。
 しかし,平一はまたも来なかった。
 昨日の婆様の所を先に済ませるつもりに違いない。
 あいつはそんな奴だ。
 村長は,そんな平一のために,最も沖合いの一角を割り当てた。

 昼も過ぎた頃になって,平一はようやく開墾場に姿を見せた。
 泥だらけの姿を見れば,兄貴衆も何をしていたか,大体見当が
ついているようだ。
 若い衆で,山向こうの婆様の家を直してやろうなどという
奇特な奴はいない。みんな,見て見ない振りをしていた。
 だから,平一の行動に対する反発は,やっかみ半分と
後悔半分の複雑な気持ちが垣間見れるのだ。

 結局,平一は集団に入れてもらうことも出来ず,一人で
石運びから始める必要があった。
 ひとつひとつ,手で運ぶしか方法がなかった。

 それから,数日が過ぎて,我々の田がほぼ完成に近づいても,
兄貴衆は平一から目をそむけたままだった。

 平一に割り当てられた開墾場は,今回の作業場の中で
一番悪い作りになっていて,誰もやりたがらない代物だった。
 強い潮に流されないよう,大きな石を運ぶ必要があり,
しかも,積んでも積んでも沈んでいく海底。
 石垣を作るだけでも相当の困難を極めた。

 平一は,ぼろぼろになりながらも,黙々と作業を続けて
いたが,一人での作業では限界に近づいていたのが見てとれた。

 予定より早く作業を終えた俺は,たまらず平一の作業場に駆け寄り,
その作業を手伝った。
 平一は,驚いた表情で俺の顔を見たが,俺はその視線を無視
して,作業を手伝った。

 兄貴衆らは,遠くから嘲笑めいた表情を向けていた。
 露骨に「止めろ」という奴もいた。
 しかし,ここが最後の御開田だ。止める訳にはいかないし,
平一を放っておくことも出来ない。
 平一も,俺も,歯を食いしばって耐えた。

 そこは,かなり厳しい作業場だった。
 俺は,意識さえ朦朧としてきて,ただ,体の動くままに
石を積み続けた。
 俺も,平一も,目もうつろで,倒れるのも時間の問題と覚悟した
その時,作業する人影が増えていることに気がついた。

 3人,いや,5人...そして6人...

 見るに見かねた兄貴衆の何人かが作業に加わってきたのだ。
 
 俺は,心の底から嬉しいと思った。
 地獄で仏とはこういうことかと,一人納得していた。

 よく見ると,平一の目にも,生気が戻っている。

 遅れて加わった兄貴衆も,照れ隠しに,ただ黙々と作業をしていた。
 平一も,そんな兄貴衆に感謝するでもなく,ただ体を動かし続けた。

 そして,しまいには,10人総出で作業をしていた。
 それでも作業は困難を極めたが,皆,黙って,しかし,協力し合い
ながら,働き続けた。

 最初は,各人が,まだ手付かずの作業を見つけては,思い思いに
作業を進めていた。
 しかし,そのうちに,皆で一丸となって,ひとつひとつの作業を
終わらせていくようになった。
 兄貴衆も,平一も,みんなひとつになって..


 そんな姿を,遠くからじっと見つめていた村長の顔に,うっすらと
笑みが浮かんだような気がした。


 そうして,ようやく石垣の目止めも終わり,最後の土を
入れ終わった時には,秋分が目前に迫っていた。

 渾身の力を使い果たした開田坊の衆は,ふらふらと
しかし,御開田の完了を噛み締めながら,最後の報告のために
村はずれのお社へ向かって歩き出した。

 平一は,一人御開田の前でぶっ倒れていた。

 先に進んだ兄貴衆の中の,最後まで平一を目の仇にして
いた奴は,苛立ちを押さえきれずにつぶやいた。
「手伝ってやっても,礼のひとつもないのかのう。
 これじゃから,平一の奴は,村の...」

 振り向きながら,そう言いかけた言葉が止まった。

 その異様な雰囲気につられて,皆も振り向いたその先には,
 兄貴衆に向かって,深々と土下座する平一の姿があった。
 
 秋の風は,もう冬に変わろうとしていた。


                   終わり

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※1  能登島の海辺で実際に作られていた水田の開墾法で,海中に石垣を
   築いて干拓し,そこを水田とした。
    川らしい川もなく,平地も少ない能登島では,こうした方法しかなかった
   と伝えられている。
         (参考文献:「ローカルバスの終点へ」宮脇俊三著)