神になった男
                                  作:ko2001


    お前は,これから神となって迷える者を救うのじゃ...
    慈悲の心を忘れるでないぞ


  突然のことだった。
  いつもの通り,駅に向かう道すがら,向かいから来た自転車をよけて
  道路にはみ出したとたん,ガンっという衝撃と共に,俺の記憶は
  途絶えた。
  そして,さっきの声で目覚めたら,俺は俺を見ていた。
  そう,病院のベッドで横たわる俺の体を。

  細かいことは解らないが,どうやら,俺は死んだらしい。
  体から出ちまってるもんな。

  でもさっきの声はなんなんだ? 神になれって? この俺が?
  これまで,普通の生活をしてきた俺が,なんで神なんかに...


  まぁ,そんなこんなで,俺はどうやら神になったようだ。
  生来の楽天癖が役に立って,こういう時にもあんまり悩まないのが
  俺のいいところだ。

  さて,神様になったのはいいとして,これから何をすればいいんだ?
  神様って,どこかのお社でお賽銭待ってるだけじゃないのか?
  でも俺には,住み着く神社がないぞ。

  まあいいけどな。別に腹が空くわけでもなし。
  フラフラその辺を漂ってても,何の危険もないし。

  しかし,暇だなあ。
  何にもすることがないぞ。

  あ,そうか、神様は何でも出来るんだっけ。
  ようし試しに,そこの犬,転べ!!
  こっ,転んだ。スゲー。

  それなら今度は,そこの車,浮かべ!!
  浮いた....こりゃ,面白いぞ。


  それから,俺はそこら中にあるものを,手当たり次第に動かしてみた。
  どんな物でも動くんだぜ。自由に。

  でも,元々気が弱い俺には,差し障りのない程度に,その辺の物をちょっと
  移動させるくらいしかできなかった。
  そりゃそうだよ,急に物の場所がかわったら,みんなびっくりするじゃねーか。

  でも,それにも飽きてきた。
  なんか面白いことがないかとうろちょろしていた俺は,ふと見覚えのある交差点に
  来た。昼間は交通量もそこそこある,普通の交差点だった。

  そこで,信号待ちをしている人の中に,知った顔を見つけたんだ。
  俺の住んでいたワンルームマンションの2Fに住んでいたOLだった。
  名前は知らないけど,ちょっと美人のなかなかな子だ。

  俺はその子に声をかけてみた。「もしもし...」
  だめか,やっぱり聞こえないんだ。くそ...
  そう思った俺は,今度は腹にチカラを込めて「おい..」
  おっ,振り向いたぞ。聞こえたのか?

  よし,今度は,このハゲおやじの頭を,腹にチカラ込めて,パシーン!!
  おお,当たった。いつもはすり抜けるだけだったのに。
  ハゲおやじのやつ,後ろの学生と口論始めたぞ。
  こりゃ面白い...

  それからの俺は,通りかかる人,車にいたずらをして,暇をつぶしていた。
  だんだん,コツがつかめてきて,姿を現すこともできるようになってきた。
  ただ,これはかなり難しいので,まだ,ぼんやりとしか相手には見えない
  みいだが...


  こうして,俺はいろいろ訓練して,ようやく大体のことが出来るようになってきた。
  神様になるのも楽じゃないぜ。

  でも不思議なことに,この交差点付近でしか,そのチカラがうまく
  発揮できないんだ。少し離れると,もうだめだった。

  こうなると,網を張っているクモみたいなもんで,そこを通る人を待つしか
  ないことになる。それも,大体同じ人ばっかりだ。

  せっかく,神様のチカラで,願い事を叶えてやろうと思っても,交差点で
  お祈りする馬鹿もいないので,何にもできやしない。

  結局,日がな一日ボーっとしてる訳にもいかず,つまらないことで
  時間をつぶすしかなかった。
  急に声をかけたり,肩をたたいたり,足を引っかけたりして通る人を驚かした。
  大人は鈍感なんだけど,子供なんて,キャーキャー言いながら逃げるから
  結構面白いんだぜ。

  あと,夜になったら人通りも絶えるので,今度は車で遊ぶんだ。
  信号待ちの車のドアをノックしたり,顔をニューっとだしたり,
  まあ,やってることは昼間と変わらない。
  でも何がスリルがあるって,走っている車の前にでて引かれる真似を
  するんだ。もちろん,車はすり抜けるんで,痛くもかゆくもないんだけど,
  やっぱり,ぶつかる瞬間は恐いぜ。神さまでも。

  ところが,この前ちょっと失敗をやらかしたんだ。
  猛スピードで走ってくるスポーツカーでこれをやった時のことだ。
  その速度があんまり速かったんで,ぶつかると思った瞬間,ちょっと
  身構えちまったんだな。そうしたら,どうも俺の姿がそのドライバに
  見えてしまったらしくて,ハンドルを切り損ねて横転しやがった。
  死んじゃいなかったようだけど,運転手には悪いことをしちまったぜ。
  でもこんなことばかりしていちゃ,神様失格かな。やばい、やばい。

  それからは,ちょっといたずらを控えて,俺はここを訪れる人の
  耳もとでこうつぶやき続けたんだ。
  「ここには神様がいるぞ。願い事をすると叶えてやるぞ」ってな。

  それからだ。この交差点を訪れる人が増えてきたのは。
  俺も必死につぶやき続けたさ。
  その甲斐あって,ついに願い事をする女子高生なんかが出てきたんだ。
  大抵は恋愛成就とか,お金をくれとかばかりで,お年寄りは長生きと
  病魔退散だ。どれもこれも俺が叶えられる願い事じゃないんだが,
  とりあえず,お祈りした人の頭をポンポンたたいてやったり,
  肩を揉んだりしてやると,皆きょとんとして,それでも喜んで帰っていくんだ。

  善いことをすると気持ちがいいもんだぜ。それも無償だ。
  これぞ神様ってもんだな。

  そんなある日,その交差点にテレビ局の奴等がきたんだ。
  嬉しかったねぇ。
  俺の神様としての苦労がようやく報われた気がしたよ。
  なんでも,この交差点の角の空き地に祠を建ててくれるらしい。
  これで,俺も一国の主,いや一社の神様だ。
  これから地鎮祭でもやるのかな。
  今後の神様ネームは何にしようかな。
  わくわくするぜ。
  俺は,ついに,自他共に認める神様になったんだ。


  「こちらが▲△交差点です。今回新しい祠を作ることになったのはこの場所です。
  この祠の建立により,かつてこの交差点で亡くなった男性の霊の仕業による
  と思われる,度重なる異変も一応静まるのではないかと思われています。
  また,今回の.... 」

                       END

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