『卵の常識 (その誤解を解く)』



人間も鶏も胎生と卵生の違いこそあれ同じ生物ですから多くの共通点があります。卵は人間の子宮にあたり通常厳重に保護されています。間違い易いのは人間の場合、輸卵管は卵巣と子宮をむすんでいますが鶏では膣である総排泄腔に通じていることです。いずれにしても血液を通して細菌が子宮内に侵入すれば敗血症という母体にとって重篤な事態となりますし、このことは体内に卵を抱えた鶏にとっても同じ事なのです。

自然界でインエッグのかたちでサルモネラが卵巣内にあるとしたら、その鶏はとても無事では済まないし、そんな鶏が満足な卵を産める訳がありません。それなのに黄身の中に注射器で菌をブスリとやってそれが70度で死滅したから卵はそれ以上に加熱して食べろ等という実際的でない無茶がまかり通るのは残念でならないし、それではうまい卵料理の大半は姿を消してしまいます。

人間共の浅はかな知恵を少しでも見直して、もういちど自然を見直そうと云うときこんな自然の摂理を無視した話もありません。驚いたことに業界内でもサルモネラがインエッグで存在しなかった時代は良かったが、などという人がいますが冗談ではない、無理に敗血症(獣医はバイケツショウといった)をおこさせるような実験をして菌の消長を調べても卵巣、輸卵管、排卵後の卵内と、どんどん菌は消滅していくことが分かっていたし、それさえも鶏をバイケツショウにして卵を取り出すという不自然な実験だったのです。ただ、菌が子宮や卵内に入り込むのに敗血症型でなく子宮口や排泄腔から入り込むものが無きにしもあらずですが、これらの多くは性病型です。たとえば人間のクラミジアは、まだ子宮内膜の一部が外にはみ出している未成熟な十代の女性にとりつき易いといわれますし、鶏の生存に重大な影響を与えるサ・プロラムは交尾がその主たる感染機会ですが、狼の恐水病さらにはエイズなど、その種に対する重大な警告としてとらえるべき自然の摂理が厳然としてあることも忘れてはならないことでしょう。

要するに卵は自然の摂理に守られて子宮内の胎児と同様一番安全な殻に入っているのですから自然の状態でそうやすやすと細菌に犯されるわけはないのです。一部の学者はサルモネラエンテリテイデイスは味も臭いもしないから危険だなどといいますが、純粋培養する実験室内と違って自然界では、それよりも圧倒的に多くて普遍的な腐敗細菌がいて、それをマーカーとすることを自然に会得し生活の知恵とすることで人間は生き延びて来たのです。

殻に守られた正常な卵は一カ月や二カ月では腐りません。それを割って生で食べて中毒した例も経験的には皆無です。ところが200度に熱した卵焼きは放置すれば夏は半日で臭いが変わります。そこら中にいる腐敗菌が取り付くからで、その中にはハエが付けてきたサルモネラがいるかも知れません。においが変わったから、糸を引くから食べるのをよそうというのは腐敗菌そのものでなくそれをマーカーとして危険を察知する知恵が身についているからです。70度に加熱したから安全という根拠より、殻の中の卵のほうがずっと安全と云う根拠のほうが確かなのはいうまでもなく、自然界ではありえない実験から、卵巣や卵の中に住み着く新しい病原性サルモネラが出現して、これまでの暮らしの知恵が役立たなくなるかのごときとらえかたをするのが間違いのもとであり、返って危険です。

プロラム以外の病原性サルモネラは、古くは鶏パラチフスと呼ばれ鶏にとって致命的な疾病でした。無論正常な産卵はできません。経験的にいえば、腐敗菌を通さない正常な卵からは病原性細菌も出て来ません。そして正常な鶏が産んだ正常な卵は、通常の状態では干からびるだけで絶対腐らないのです。卵が腐ると云うのは、殻が不完全だったりひびが入っていたりするからです。正常な卵の殻の上に実際に細菌を付けても、そうそうは中へは入れないのです。正常卵は腐らないのだと説明すると、どんな防腐剤を使うんだと云う笑い話にもならない質問が来ることがありますが、そんな卵にとっての基本的なことも忘れ去られるようになってきたかと隔世の感を覚えます。

生の卵は正常な殻に入っている限り、事ほど左様に安全なもので、種を残すための、何度もいう自然の摂理をしみじみ感じます。とは云え腐らないはずの卵が全部腐ってしまったり、肝心の、腐った卵がわからないで黄身がくずれたから腐ったなどという人さえいます。因に卵が腐りかけると、先ず本来の味以外の味と異臭がします。これはマーカーとしての腐敗菌が入った証拠で食べられません。ところが味音痴の人は以外に多い。ですから厚生省がきめた法律を守って行くことも大切ですが同時に卵とはこういうものと良くわきまえて、熱したから安全、生だから危険としゃくし定規にやらないことも大切な暮らし方と思われます。

もうひとつ卵について基本的なことにその分類があります。日本人のファイル下手は世界でも定評があるそうですが、食中毒菌にしてもク・ボツリナムがボツリヌス菌でク・パーフォリンゲンスがウエルシュ菌だったりすると、同じ仲間の嫌気性菌だとわからなくなってしまうように、新潟のトキ報道のように公的機関が有精卵などと云ってしまうと、これまでの卵の分類はめちゃくちゃになってしまいます。

卵は大きく種卵と食卵に分けられ、更に種卵は受精卵と無精卵にわけられます。そして受精卵の中で孵化途中で発育がとまってしまったものを中止卵と呼びます。さきに厚生省が食用不適卵として列記して通達した中に、この中止卵が入っています。ところが古来、日本人は中止卵は食べたことがない。なぜなら孵化途中で死んでしまった卵だからです。そのかわり無精卵というのは孵卵器にいれて2、3日で判別して取り出し、菓子原料などに使ったこともあった。今は誰もそんなものは使わないのに、厚生省はわざわざひろいあげ、それを中止卵としたため、逆に無精卵は食っていいのかと揶揄するむきもありました。もともとの議事録では明らかな中止卵で論外ですが、最終的な通達では無精卵の意味の中止卵でごまかした。これなど受精卵を有精卵などということを放置したばかりに、無精卵すなわち食卵という誤解が定着してしまい通達までが混乱したようです。

ひるがえって我々は食べるための食卵をつくっているのですが、それを「お宅の卵は無精卵ですか」と聞かれるのは如何にも気色がわるい。繰り返すように無精卵とは種卵のはねだしをさす言葉ですから。因に私も、もともとは種鶏屋ですが、種卵の受精卵は食用には全く向かないことは鶏の交尾によるサ・プロラムなどの伝ぱん一つをとってもわかります。

(以下 次回 ) 2000・6・29 記 篠原 一郎 (文責)




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