『自然の摂理を無視した実験結果が一人歩きして誤解の神話を生む。』

 

私達が学者の実験結果を受け入れる際、一番問題にするのは、それが実際の現場で起こり得るかどうかという事です。ウサギのコレステロール実験で卵業界は永い間その誤解をとくのに苦しんで来ました。今またサルモネラ・エンティリティディス(SE)にかかわる学者たちのいろいろな実験で、コレステロールのときと同じような神話が続々と生まれていることを生産者として危惧します。

 卵の黄身に菌を注射したり、気嚢にサルモネラを植え付けたり、総排泄腔から菌が輸卵管に遡上するといったり(回虫や精子ではあるまいし)。病原菌が血液を通して全身に回ることは人間なら敗血症で重篤な状態、それは鶏にとっても同じなのに、いとも簡単にそういう状態にして実験して、結果だけがマスコミの報道に乗って一人歩きをする。仮にその結果が本当なら卵のサルモネラ汚染が何千何万個に一個などというのはあり得ない話になります。

 卵の安全性はもともと種の保存という自然の摂理によって守られているもの、卵は哺乳動物で云えば子宮そのものであることを忘れてしまっている研究者が多い気がします。人間の場合を想定して婦人科のお医者さんに聞いて見れば、卵巣と子宮を結ぶ輸卵管も、そして子宮そのものも、有害な細菌から守るため、いかに厳重に保護されているか教えてくれるでしょう。そのかわり一歩そこを出れば(卵でいえば殻を割れば)あらゆる危険が待ち受けていることも。その大切な輸卵管に菌がうじゃうじゃいると書いたのが例の週刊誌であり、平気で菌を植え付けるのが学者の実験、そのまま何の疑いも無く受け入れるのが一般大衆であるとすれば、われわれ鶏飼いとしても「冗談じゃない血液や卵巣や輪卵管など大切なところに、そう簡単に菌を突っ込まないでくれ、人間の場合を考えて見てくれ」と云いたくもなります。

 実際に学者たちの机上実験のようなことや、簡単に菌を血液や卵巣や輪卵管や哺乳動物の子宮である卵の中に入れてしまう人達の云うようなことが容易く自然界で起きたら、胎生以外の種はたちまち絶滅してしまうでしょう。(但し介卵感染がはっきりしているプロラムのような鶏にとって種の保存に重大な影響を及ぼすものもあり我々の半生は、それとの戦いでした。)一般の細菌に対しては卵生も胎生も同じように安全に作られているのが自然の摂理です。繰り返すようにこれら人間の計り知れない自然の安全対策を無視して、人為的な、それもまったく無知に等しいものまで混じる今云われているようなたぐいの安全かどうかの話でいけば、そのうち種卵は煮沸してから孵化しろというようになるかも知れないと皮肉りたくなります。

 事実、汚れ易い平飼いの卵が、調べてみると意外に大丈夫なのは、投げ込み野菜などの粗飼料がSEの生息域である腸内で有益な細菌を増やしている結果ではないかといわれています(プロラムは別)。

 総じて今の学者の実験を私がそのまま信用しないのは、あまりにも実際のフィールドに出て来ない人が多すぎることもあります。昔は我々百姓にも気概があり、学者先生ともお役人とも行ったり来たりしてうるさがられるくらい議論しました。今は講演のあと会場でははばかって聞けないことを、あそこはおかしいなどと押しかける失礼な手合いもいないそうです。聞くことは大切、読むことも大切、しかしそれを頭から鵜呑みにしているだけでは聞いたことにも読んだことにもならないとよく云われたものですが、最近は特に学者の実験結果や学説などを、そのまま信じて神話を作ってしまうことが多い気がします。

これは現場ではおかしいと気づいても、いちはやくマスコミ報道で事実として流されてしまう影響もあると私は思っています。


    平成11年 7月 25日         篠原 一郎



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