1989年11月から始められたホームの新築工事は、翌年12月に竣工した。建物は鉄筋五階建て、総工費は約1億円である。今までの、行き場のなかった老移民の救済とともに、スィートルームも備えた有料老人施設としての機能も合わせ持っていた。

 
 
1990年12月新館が完成する。
新・旧入居者の心理的な軋轢が心配だった
新しい入居者も交えてのレクレーションが和やかな雰囲気で進む

当初の私たちの心配は、以前からの無料あるいは軽費で入っている旧入居者と、有料の新入居者の間に摩擦が生じるのではないかということだった。そこで、入居に際しては、事務局長による面接選考が行なわれ、ホームでのケアは、費用に関係なくすべて平等であることを話し、納得してもらった。新館入居の前後は、職員も旧入居者も、新しい生活に適応するのがたいへんなため、新入居者は年明けの二月入居となった。
 1991年1月、新館オープンの日、老人たちは少し緊張した面持ちで、式典に参加した。長い間、影の部分で暮らすことを余儀なくされてきたかれらにとって、式典に参加することは大きな喜びと誇りになったに違いない。これからは、一人ひとりがこのホームの主役であり、協力して築き上げねばならないことも自覚できたと思う。

この段階で、老人たちは、新しい生活に期待と不安を持っていたが、互いの関係も改善され、レクリエーションにも積極的に参加できる状態になっていた。
 2月に入ると、旧入居者も新しい生活に慣れつつあり、新入居者を迎えることになった。すべて同一条件のもとで生活が始まったが、心理的対立が心配されたため、私のレクリエーションでは、とくに新旧の交流を大切に互いをよく知る、共に生きる、助け合う気持ちが生まれるような活動を心がけた。ここにいくつかのプログラムを紹介しよう。
  [自己紹介]
    新旧入居者の顔合わせのため、自己紹介をしてもらう。ほとんどの人が氏名と年齢くらいしか言わないので、私から事前に面接で得た本人のプロフィールを付け加えた。
  [ふるさと紹介]
    日本各県のパズルを使って、出身県を紹介し、そのお国自慢をしてもらった。別の日には、お雑煮の中身を絵に表わして、各県の特色を披露してもらった。おもちは丸だの四角だの、焼いてあったのなかったのと、話がはずんだ。
  [入植時の思い出]
    一世が多いので、渡伯し、初めて植民地に入植した時の苦労話などをしてもらおうと思ったが、あまり成功しなかった。ブラジルの老人福祉セミナーで、お年寄り(イタリアやポルトガルからの移民者)に入植時の思い出を語らせたら、とても生き生きと話してくれた、という発表があったので、さっそく取り入れてみたが、うまくいかなかった。辛く苦しいことが多く、思い出したくない時代になっていたのかもしれない。
  [ニュース報告の継続]
    新入居者にはインテリの人も多く、日本からの海外放送や新聞に通じている人もいたのでニュースを発表してもらった。
  [ホーム内トピックス]
    毎回、午前中は一人ずつ面接してまわるが、そこで話題になったことで、全体のテーマとして話し合うとよいと思ったものを、午後のレクリエーションの時間に取り上げた。例をあげてみると、
  • 小人数での朝の体操(太極拳)を始めたことをみんなに知らせて、参加を呼びかける
  • 目やのどの手術をした人の経過報告をし、みんなでその回復を祝う
  • 「私の健康法」の紹介。例えば腹八分目論。健康のための掃除・洗濯論(ホーム職員がやってくれるが、自分でできることは自分でやるというもの)
  • こんな歌が歌いたいというリクエストがあると、歌詞を準備して、みんなと一緒に練習する
  • 風呂場ですべったという人の話から、他の人はどんな注意を払っているかを聞いたり、ホーム側にどんな改善策を望むかについて話し合い、結果を職員に知らせる
  • 足の不自由な人がリハビリのため、廊下の手すりを行ったり来たり、一日に五往復を三回と自分で決めて実行していることを紹介して、努力を称える
  [特技の紹介]
    やはり、毎回の面接時に知った各入居者の特技を、レクリエーションの時間に披露してもらうことにした。こんなものがある。
  • いつも体の不調を訴え、薬ばかり飲んでいた人が、実は昔、多趣味でいろいろなスポーツができ、オルガンもひけるというので、何とかひっぱり出し、みんなの歌の伴奏をしてもらう
  • 日本に行った時に買った大正琴で、郷里沖縄の歌を歌ってくれた人
  • 発泡スチロールでお城を作った人
  • 詩吟が得意で、いつも朝日に向かって屋上で歌うという人に吟じてもらう。
  • 踊りの大好きな人には花笠音頭を踊ってもらう
  • 太極拳グループに日頃の成果をみせてもらう
  • 十八番の歌を持っている人には、そののどを披露してもらう
  • 百人一首の得意な人には歌と解釈をお願いする

 
 今まで自分の奥底にしまっていた個々の才能を、みんなの前で発表することは、取りも直さず、抑圧された自己の解放に多少なりともつながったのではないかと思う。こうして一人ひとりが主役を演じられる場を、私たちは提供することができた。その結果、はじめ心配していた心理的軋れきもなく、ホーム内の雰囲気はなごやかになってきた。また、話し合った内容は、現地職員につないだり、本部に持ち帰って対策を考えたりした。


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