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- T氏は二年前、交通事故に遭い、大腿部を骨折し入院。退院後、体の回復するまでということで、このペンソンに住み、生活扶助を受けていた。今まで何回となく訪問し、就職活動をするよう助言してきたが、あまり積極的ではなかった。
ペンソンMの暗い地下の食堂脇のベッドが、彼の居場所だった。彼のカウンセリングは、福祉部で週一回のペースで行なわれた。事故から二年経ってもまだ足が痛むことを理由に仕事をしようとしない。そこで、まず、援協診療所の整形外科医の診療を受けた。骨折部分に金属板が入っているので、それが痛むということだったが、手術によって取りはずすことができるというので、社会保険局の病院で手術を受けさせた。
それと同時に、将来の就職のために身分証明書の再発行手続きを進める。退院後、カウンセリングを続ける。何回か面接を続けるうちに、彼は幻聴体験を語るようになった。それを「念」と称し、自分のまわりの人間が念を発するため、自分の睡眠が妨げられたり、就職活動のじゃまになったりするというのだ。T氏はこの幻聴にかなり悩まされていた。私は、心理士である福祉部長の静子さんのスーパーバイズを受けながら、心の奥に隠されたものを放出させるように力を注いだ。数回のカウンセリングによってだいぶ落ち着いてきたところで、心理士の静子さんはT氏に精神科の受診をすすめたが、
「私は精神病なんかじゃない!」
と拒み続けた。何回かの説得の後、援協診療所の精神科医の診断を受ける。医師は、薬の服用をすすめ、彼もそれに従った。
しばらくしてペンソンを訪れると、彼は以前よりいくぶん落ち着きをみせていた。投薬によって、少し気分が楽になったようだ。私たちは医師と連絡を取りながら、カウンセリングを続ける。次はいよいよ就職活動である。援協はさまざまな求人・求職の窓口となっているので、そのファイルの中から、本人と相談しながら選んでいくことにした。いくつか紹介してみたのだが、何日も続かない。やはり、二年におよぶブランクが再就職を困難にしているようだ。アルバイト的な仕事から徐々に進めていくことにした。
T氏の場合、心と体の両方からの社会復帰が課題となり、ひじょうに困難なケースの一つだった。医師、福祉士、心理士が各々の立場で側面から本人の自立を援助してきたが、なかなかうまく実を結ばなかった。結局どの仕事もうまくいかず、カウンセリングを途中でやめペンソンから出ていってしまった。
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