アルゼンチンに赴いた家族


二人だけの外出
ひどく疲れた顔で授業にやってきた私を見て、エディットが不審気に尋ねた。
「いったい、何があったの?」
私は、今まで誰にも打ち明けずに心の奥にしまっておいた思いを、彼女に訓練されたスペイン語で、ありったけ伝えた。
「タカヨ!子供たちが病気したりして、家の中にばかりいたら、気が塞ぐのは当たり前のことなのよ。そういう感情はナチュラルなことよ。あなた一人の感情じゃないわ」
「自然」なんだと言われたことで、私はとっても気持ちが楽になったような気がした。そして、彼女は次にこう質問した。
「ところで、あなた方は週に何回、二人きりで出かけるの?」
「えっ?」
私にはひどく突飛な質問に思えた。小さな子がいるので「二人だけで」なんて出かけたことがなかった。すると今度は彼女がびっくりして、
「えっ!まったく出かけない?どうして二人で散歩しないの?小さい子供がいるなら、夜、子供が寝てしまってからだっていいじゃないの。たとえ三〇分だって、例えアパートのまわり一週だっていいじゃないの。なぜ、二人で出かけないの!」
「毎日夜中まで働く、仕事中毒の日本の男たち。二人で出かけることすらせず、ただじっと忍耐しているだけの日本の女たち。いったい、日本の夫婦って何なの?」
と迫ってきた。
私には考えたこともないことだったし、彼女にとっては信じられない話だったのだろう。

「郷に入っては郷に従え」
と、私はさっそく、
「この国じゃ、私たちみたいな夫婦はおかしいんだって!」
と、夫に提案し、半ば無理やり出かけてみた。ムッとしている夫と歩いたって、さして楽しいものでもなかったが、よそゆきに着がえ、久しぶりに夜の街を歩いただけで、ほんの少し救われたような気がした。
金曜の夜、着飾って街に出かけるのは若い人だけじゃないこの国。老人も同じように仲間をさそって出かけていく。食事をしたり、音楽会へ行ったり、カードをしたり、映画を観たり。仕事もそこそこで。個人主義な面もあるかもしれないけれど、人生の楽しみ方はよく知っているこの国の人々。どちらの習慣が良い悪いでなく、私は良いと思ったことは、どんどん自分の中に取り入れていこうと思った。
そんな私の攻撃作戦のせいか、夫も徐々に理解を示してくれるようになっていった。
「きみがこの家の中で気が狂いそうになるのは、誰も話しをする相手がいないからだってことに気づいた。男は、それなりにストレスもあるけど、会社へ行けば、冗談言い合ったりする相手がいるもんな。だから、うるさいけど、何でも聞いてやることにするよ」
「きみのわがままだ!つまらないことだ!」。ただそればかりだった夫が、やはり環境のせいか、少し変身してくれたのだ。以心伝心じゃ伝わらない。言葉で伝えてこそ理解が得られたのではないだろうか。


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