タイトル



第39話   奇跡よ・・・
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 コタロ−の後ろ足がガクガクとして体を支えきれません。それでも、苦しい呼吸をしながら
歩き回るんです。ヨタヨタと歩き回り、崩れるように座り込む。こんなことが、数日前から続き
ました。連日、病院には連れて行くのですが夜に悪化し、朝には好転するという状況でした。
しかし、この日は違いました。朝からこの状態だったのです。「キュ〜ッ・・・クゥ〜ッ・・・」こん
な呼吸をしながら目をつむり、ちょうど人間が居眠りをして「ガクッ!」と頭が下がり目を覚ま
すように、「ガクッ!」となっては、再び呼吸を荒くして歩き回ります。まるで、そこで寝てしま
ったら「二度と目を覚ませない」と思ってるように・・・。荒い息をするので水が欲しいのでし
ょう、水入れに顔を近づけるのですが自らの体を支えきれないのです。あの、小さなコタロ
−の体を支えきれないほどに、コタロ−の体力は消耗されています。体を支えてやると「ピ
チャ、ピチャ」と懸命に水を飲みます。しかし、その音が止まってもコタロ−が動きません。
「コタッ!」と声をかけても反応が無い。抱いてみると、目を開けているのですが意識が無
いのです。「コタッ!コタッ!」と体を揺すると、「ハッ!」と我に返り、また歩き出すのです。
余程、苦しいのでしょう、一個所に止まっていられない、そんな風に見えました。そんな状
態が、一晩中続いたのです。かかりつけの動物病院は通常ならば24時間診療してくれま
すが、「サスコタな日々」にも書いたように、院長先生がガラパゴスに行ってるために夜間
は8時までで診療が終わっていたのです。「朝までもつのだろうか?」どうしようもない焦燥
感で朝を待ち、母に電話を入れました「早く来たほうがイイよ、コタロ−ダメみたいだから」
仰天する母。診療開始の時間を待って病院に連れて行きます、一目見た先生は「ああ・・
大分悪いですねぇ・・・」やはりコタロ−の心臓は、いつ止まってもおかしくない状態でした。
心拍が弱い上に、不整脈も出て、血液が全身に潤滑に回っていない、だから脳に酸素が
行かなくなり意識を失う。予想していた通りの状態でした。「院長ならば、『覚悟しておいて
下さい』と言うと思います。」しかし、その先生は「最後まで頑張ってみましょう!」と、強心
剤と栄養剤を投与し、「これで様子を見ましょう。それと、もう一種類お薬を渡しておきます。
入院という事も考えられますが、やはりご自宅の方が・・・」この言葉にすべてが語られてい
るようでした。母も駆けつけた夕方に、その薬を飲ませました。「効け!」頼るものは、この
薬とコタロ−の生命力しかないのですから・・・。しかし、一向に症状が落ち着く事はありま
せん。相変わらず、苦しそうに歩き回るコタロ−。夜9時を回る頃、コタロ−の動きが鈍く
なり寝転びました。「もう限界なのか?」コタロ−を抱くと、私の目をみつめて「ハァハァハ
ァ・・・クゥ〜ッ」という呼吸をしながらも、ペロペロと私の顔を舐めるのです。「そんなことし
なくてイイから・・・」頭をなでると、目を閉じ「ハッハッハッハッ」と、荒い息遣いをしながら
「スゥ〜」っと顔が下がって行きます。これまでか・・・、こんなに苦しそうにしているコタロ
−を見るのは、これ以上イヤでした。「コタロ−!もう頑張らなくてイイから!眠ってイイ
よ!もう眠りな。良く頑張ったよ。おやすみね・・・」そう言いながらも、「こんなに苦しませ
ずに、さっさと連れてけ!」心の中では、死神に向かって叫んでいました。完全に私の腕
の中でグッタリとして、苦しげな息遣いをしていたコタロ−の呼吸が「カァ〜・・・フゥ〜・・・」
という音に変わっていました。「うんうん、もう頑張らなくてイイからな、ゆっくり休め」と、頭
をなでてコタロ−を送ろうと思いました。母もカミサンも泣きながらも覚悟を決めていたよ
うでした。その時です!何と、コタロ−が目を開いたのです!それも、うつろな目では
なく、シッカリと輝きを持った目を開いたのです!「コタッ!コタロ−!」と揺すって顔を近
づけてみると、またペロペロと舐めるのです。さらに、「離してよ!」とでも言うように、ジタ
バタと暴れるのです。断末魔の苦しみなのか?と思いましたが、そうではないようです。
そこで、抱くのをやめ床に降ろすと、なんと自らの足でトコトコと歩くではないですか!そ
して、ピョン!と、ソファ−に飛び乗ったのです!今まで、ヨタヨタと歩くこともままならな
かったコタロ−が、シッカリとした目で、足取りで、ソファ−に飛び乗ったのです。「これ
は夢だろうか?」3人は、一様にその光景が信じられず言葉を失っていました。「奇跡
・・・」そんな言葉が頭をよぎります、本当に俄には信じられませんでした。しかし、現実
にコタロ−は、ソファ−に座り「どうしたの?」という表情で我々を見ているのです。「奇
跡だよ!」この言葉が正しいのか分りません。「最後の賭け」にも似た、あの薬が効い
たのでしょう。そして、コタロ−の生命力が死線から返してくれたと思います。それでも、
その時は「奇跡」という言葉が一番でした。さらに驚いたのは、試しに与えてみた鶏肉
をバクバクと食べたのです。口に持っていっても、食べようとはするものの「グゥ〜・・・」
という呼吸が口を開けることを許さず、何も食べられなかったコタロ−が、目の前でバ
クバクと食べているのです。まさに「奇跡」を見ているようでした。亡くなった父と、入れ
替わりに我が家に来たコタロ−、「お父さんが『コタロ−、まだ来るな』って返してくれた
んだよ、きっと。」母がポツリと言いました。現在のコタロ−は「元通り」とは、とても言え
ませんが、呼吸は多少荒いものの、自力でチョコマカと歩き、食欲も大分出てきました。
しかし、全て安心という事ではありません。コタロ−の「生への戦い」は、まだまだ続くの
です。コタロ−の心臓は、いつ止まってもおかしくない状況は変わらないのですから・・・。
もう、春はそこまで来ています。まずは、コタロ−と一緒に「桜」を見たいですね。今は、
長いスパンで考える事は出来ません。この子達と一緒にいられる時間は、そう長い事
ではない、ということを今回は痛感しました。そして、この子達と別れる事が、どれだけ
辛く悲しいことなのかも実感しました。その日が、なるべく先であることを願うばかりです。
コタロ−、もっともっと、一緒に暮らそうな!



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