1998年11月19日
川崎フロンタ−レにとって、「忘れ得ぬ日」。日本で初めての「J1参入戦」
アビスパ福岡 VS 川崎フロンタ−レ
この日に勝つために、JFLを戦ってきたフロンタ−レ。しかし、その労を
ねぎらう事の無い決定、「アウェイでの一発勝負」。前年、フロンタ−レと死闘
を演じ、「J」に昇格したコンサド−レはホ−ム&アウェイで戦える。
僅かに「勝ち点1差」で昇格を逃したフロンタ−レは、この理不尽な「参入戦」
の条件を飲むしかなかった。これが「勝ち点1差が、天と地の違いなんだ」と
教えてくれた。そう、フロンタ−レには「これに勝つしか道は無いんだ!」
俺はこの日、「博多の森」に来られなかったサポ−タ−のレプリカを持って
福岡に来た。大仰に聞こえるかもしれないが、1年間を共に応援してきた仲間達の「魂」を
預かってきたつもり。「博多の森球技場」は異様だった。ホ−ムゴ−ル裏にサポ−タ−
がいない・・・。彼らはメイン・バックの両スタンドに分かれ、声援の挟撃で
フロンタ−レを圧倒しようとしたのだ。「これがアウェイ・・・。」
ネ−ビ−ブル−のシャツを着て、黒のビニ−ル袋を振りかざすアビ・サポ達。
芝の状態を見にグランドを歩くアビスパの選手達への大声援!
そして、ウチの選手達には「う〜○こた〜れ〜!」の罵声。
そう、これがアウェイなんだ。そこでの一発勝負なんだ!
「こんな奴等に負けるな!絶対に負けるな!勝って川崎に帰ろう!」
F・サポ達は声を振り絞る。
寒かった、雨も混じって本当に寒かった。やがて、場内には「タ−ミネ−タ−」
の曲が流れる。いよいよ、選手達の入場。今でもこの曲を聞くと、映画
よりも、博多の寒さと、悔しさと、祈りにも似た 想いが蘇ってくる。あの時、
俺は心の中で 「祈って」 いたのかもしれない、「神様!絶対に勝たせて下さい。」と。
日頃、無宗教のくせに「苦しい時の神頼み」ってやつだね。
だが試合が始まると、「神」も「仏」もない。そこにあるのは「魂」と「執念」と「意地」だった。
浦上・中西・川元・ペッサリ・長橋・大塚・鬼木・久野・伊藤彰・トゥット・ヴァルディネイ。
SUB、境・小松崎・土居・桂・菅野
選手達の、俺達の、そして川崎から連れてきた「魂」と
博多の森で迎え撃つ「魂」が、真っ正面からぶつかり、火花を散らす!
フロンタ−レには、「絶対にJ1に昇格する!」という2年間の執念がある。
アビスパには「初のJ2落ちチ−ムと言われたくない!」という意地がある。
立ち上がり、「意地」が「執念」を圧倒する。フロンタ−レは、Jの底力に「骨を軋ませる」
ように耐える。「すげぇ・・・これがJのパワ−なんだ。」そんな事を考えていた気がする。
しかし、ウチの選手達に浮き足立った様子はない。「今に流れが変る!我慢しろ!」
攻めても攻めても、跳ね返されるアビスパの攻撃が途切れる。左サイド、トゥットが
駆ける、センタリング、ヴァルディネイに張り付いたDFの間から飛び込む彰。
ネットが揺れる。雄叫びを上げ拳を突き上げる彰がいた。
「やったよ!やった!先制点だよ!」歓喜の中で大旗を振りながらも
「これからだ、これから来るぞ。耐えろよ、耐えるんだぞ!」何度も叫んでいた。
J相手に互角に、イヤ、先制点を奪って優位に試合を進めるフロンタ−レだが、
アビスパもJの荒波の中で戦ってきたチ−ム。このまま行くとは考えられなかった。
予感的中・・・。ゴ−ル前に上がったロビングに飛び出すガミさん、被せるように
ジャンプするアビの選手と交錯、こぼれたボ−ルを久藤に決められる。
「キ−パ−チャ−ジだ!」必死に抗議する選手達、そして俺達の怒鳴り声。振出し・・・。
逆に「これで行ける!」追いつかれた事にホッとする自分がいたのを覚えてる。
点も取れた、互角以上に戦ってる。点は取られたが、これで「余計な堅さ」も取れる
「勝てるさ!」と、無責任に考えていたんだと思う。
一進一退、文字通りの「死闘!」。技術もレベルも超越した戦いがあるんだ!
「勝ちたい、絶対、勝つんだ!」お互いの選手達、サポ−タ−達の 「魂の叫び」が
今、ピッチの上でぶつかり合っている。息苦しいような緊張の連続。
チャンスを逃し、ピンチを切り抜ける、その度に吐き出す息でさえ
満足に吐き切れない。正確に言うと、吐こうと思えば吐けるのだが
それをすると「緊張の糸」が切れてヘタリ込むような常軌を逸した錯覚
に囚われていた。ハ−フタイムにそんな気分を落ち着けようとタバコを
吸いに行く。当然、喫煙所はアビ・サポだらけだ。彼らの話し声が聞こえてきた。
「やべぇよ、フロンタ−レ強えぇよ。舐めてたな、俺ら。」
後半が始まる。もう声がかすれている、回りのサポ−タ−達も満足な
声を出せてる者は少ない。それでも「勝たせる!」為に声を振り絞る。
先に歓喜を爆発させることが出来たのは俺達だった。
ゴ−ルに背を向けボ−ルを受けるトゥット、DFを背負いながらも身体を捻るようにして
打ったシュ−トが目の前のネットに突き刺さる!
だが、時計を見ると残り時間は30分もある。まだ逃げの気持ちを持ってしまう
には早すぎる。「切らすな!もう1点だ!」前がかりになるアビスパ、
ポッカリとヴァルディネイがゴ−ル前でフリ−になった、強烈なシュ−ト!
「入った!」勝利確定の3点目の大旗を振ろうとした。しかし、ゴ−ルマウスの
中にいた岩井の真正面、ヘッドでクリア−される。あと僅か左右どちらに
ずれていれば・・・。ここからは何を考えていたのか覚えていない。
ただひたすらにコ−ルしていたんだと思う。覚えているのは、
「ど〜して、こんなに時間が進まねぇんだ!」と何度も時計を見ていた事。
そして、電光掲示板の時計が消えた。「勝った・・・。」
この時ばかりはF・サポの誰もが思っただろう。審判が時計を見たのも覚えている。
ところが・・・。
今まで、ロスタイムでイイ思いをした事が無かったが、ここまでロスタイムに
泣かされることになろうとは思わなかった。まさかの、同点・・・。
後に、中西哲生から直接聞いた。
「ガミさんに任せようか、外に蹴り出そうか迷った。」
この一瞬の迷いを、彼は一年間「重荷」として背負う事になる。
今思えば、この体験が今年の「最後まで切れぬDFの統率」に繋がるのだが、
当時の哲ちゃんとすれば、「悔やんでも悔やみきれない」ものだったことは
容易に想像がつく。そして、「魂の戦い」は延長に入った。
テレビでは、「フロンタ−レに力は残っていなかった。」などとほざいているが、
決してそんな事はない!最後の最後まで、フロンタ−レの選手達は「魂」を
ぶつけ続けた。アビスパに僅かな「運」が味方しただけだ。
104分、フェルナンドの放ったシュ−トが「魂の戦い」にピリオドを打った。
全ての思考回路が停止した。気がつくと選手達が深々と頭を下げている。
その中で哲ちゃんが土下座していた。「謝られる覚えはねぇぞ!胸張れぇ〜!」
そう怒鳴った。川崎からの「魂」は、博多に来てくれた人達に着てもらった。
今や、日本最西端のF・サポ、「我が盟友」もそのひとりだった。
その「魂」を返してもらった時、涙が溢れた。悔しさと、彼らの「魂」を無に
してしまったような申し訳なさが入り交じった涙だったように思う。
その夜、我々は飲んで騒いだ。涙はない、笑って騒いだ。
誰もが思っていたはずだ、「笑っていたい、ひとりになりたくない」と。
11月19日、J1参入戦。これを戦った互いのチ−ムの選手達とサポ−タ−達
だけが知りうる、これに関わっていないチ−ムやサポには絶対に侵せない戦い、
まさに「聖戦」。
後にも先にも、「参入戦」なるものは1998年だけ。
そして、一発勝負の参入戦を経験したのはウチとアビスパだけなのだ。
さらに、アウェイ一発勝負を経験したのはフロンタ−レだけだ!
敗れたとは言え、あの試合における選手達を「誇り」に思っている。
あれから1年。年間36試合というハ−ドなリ−グ戦を戦った選手達。
大雪、灼熱、大雨、北海道から九州までの遠征、監督交代などの数々の試練。
1試合の重みを知る、J2の素晴らしき精鋭達と戦ってきた34試合目。
1999年11月 5日、フロンタ−レはJ1昇格を決めた。
そして、フロンタ−レとして初めての頂点を極める。
博多の森で僅かな「運」に見放された「魂達」は、見事に念願を手にした。
2000年、一回りも二回りも強くなった「魂達」はJ1の舞台に立つ。
新たなる「魂の戦い」を求めて。