
米国に住むPALS、ダグラス・エッシェルマン氏の個人ホームページを紹介します。
はじめに、“PALS”という言葉ですが、インターネット上でALSのことを調べているとよく出会う言葉で、意味は“Person with ALS”という意味です。なんとなくALS患者と訳してしまいますが、やはり違うと思います。
ダグラス氏は現在40歳の男性で、奥様、息子さん、そして犬と一緒に暮らしておられます。個人のホームページとしては、膨大な情報をもりこんだものとなっていますが、最近になってからは病気の進行のために一部に集中して情報を更新されるようになりました。
彼が特に述べたいことは、この「Doug
Sez」 にも集約されているようですが、誰もが避けてとおりたい死について考えていることなど、毎日の正直な気持ちが述べられています。
彼のホームページアドレスは、
http://www.lougehrigsdisease.net/ です。
また、「Doug Sez」
は、
http://www.lougehrigsdisease.net/als_doug_sez.htm にあります。

ALSと共に生きること
私のALSは何が原因だったのか?
1999年1月20日 Douglas E.Eshleman
よく聞かれることなのですが、「どのようにすれば、あなたのように上手くこの病気と付き合っていけるのでしょうか?」という質問があります。「自分なら、あなたのようにはこの逆境を乗り越えていけない」とも。そんな時、私はすぐに次のように答えています。
「決していつも上手くやってきている訳ではないです。それに、あなたもきっと上手くやっていける可能性はあるのですよ」と。
私もずっとこの病気と上手に付き合っていくための方法を模索しつづけてきました。その結果、私にとって効果的な方法として私自身の経験から得られたものは、12の重要なキーワードとしていつも心に留めるようになりました。他の人にはまた別のやり方があると思います。
私の『ALSと付き合っていくための12か条』とは、次のとおりです。
1.支えてくれるパートナーや家族、友人をもつこと。
2.希望をもちつづけること。
3.必要なだけ悲しむこと。
4.ALSに関する知識や情報を身につけること。
5.解決しなければならない問題は片付けておくこと。
6.適切な医学的治療は受けておくこと。
7.早めに自助具や補装具の使用を検討しておくこと。
8.古い生き方にこだわらないこと。
9.新しい生き方への変化を受け入れていくこと。
10.幸せな気持ちになれることや楽しいことを選択していくこと。
11.快適な環境を求めていくこと。
12.人の役に立つという喜びを持ちつづけること。
1.支えてくれるパートナーや家族、友人をもつこと。
私にとって、この最初のキーワードが最も大切なことです。愛されている人は、そのことによって心の安らぎが得られ、痛みを和らげ、その人生に喜びがもたされていることを知っておいて下さい。妻のアイリーンは私を愛し、快適に、そして幸せな気持ちにさせてくれたことで、私の世界を一変させてくれました。また他の家族や友人たちも、私が困っている時には近くで支えて励ましてくれました。全ての人がこのような恵まれた環境にあるとはいえませんが、ほとんどの人が少なくとも一人は家族あるいは友人に恵まれて、力になってくれるのではないかと思われます。真実の友人が一人いれば、全ては変わるものです。
2.希望をもちつづけること。
ALSという診断をされることは、死の宣告を受けるようなものです。患者は医師から、やらなければならない仕事は段取りをつけるように言われ、これは2〜4年で死に至る病気と教えられ、この以外に何もされないからのようです。だれでもこのようなことを聞けば、楽観的な気分ではいられないと思いますが、それでも希望をもちつづける意味がある多くの理由があります。
統計上の数字は数字にすぎません。あなたはひとりの人間であり、そのような数字に影響されることなく、上手くやっていけるかもしれません。数字を否定的に考えることをすすめているのではなく、物事を良い方に考えることをすすめているのです。希望は信念をもつことで強められますが、信じる対象はいろいろなものがあると思われます。神を信じること、自分自身を信じること、医学的技術を信じることなど、です。信じるということは、この病気によってもたらされる人生の冷徹さや暗闇のなかで、私たちに与えられる暖かみと輝きのようなものです。
3.必要なだけ悲しむこと。
いくら希望をもちつづけても、この病気自体がとても深刻なもので、数年で死んでしまう可能性が高い病気であることも事実です。夢、目標、将来に対する計画なども失われてしまいます。パートナーとともに歳を重ねることも、子どもたちがりっぱな大人になる姿を見ることも出来ないかもしれないことに気づいてきます。病気が進行するにつれて身体の機能は次第に失われることになり、このことは好きな身体活動も次第に失われていくことを意味します。体が弱っていくと友人のなかには離れていくものもあるでしょう。なぜなら、彼らはそのような人間の傍にいるだけで苦痛に感じるようになるからです。このように多くのものが失われてしまうことを深く悲しむことは私たちにとって大切なことなのです。泣き叫び、涙を流し、愛する人を抱きしめ、そして一緒に悲しむ。必要なだけ悲しむことが大切です。そして、この病気を診断されて特に数ヶ月間は悲しむものなのです。
4.ALSに関する知識や情報を身につけること。
「知は力なり。」 私を知っている多くの人々は、私がこの言葉をよく口にすることを知っています。私がこれを指摘する理由は、ALSに関して調べれば調べるほど、病気そのもの、治療法、経済的・法的問題、補助用具、介護などについての多く知識が得られることを感じているからです。このような知識は、身体機能が落ちてきたときに行なわなければならない生き方の選択に役立つものとなります。また、ALSがもたらす不安を解消させるうえでも有効です。たとえば私の場合、病気の最終的な進行においての呼吸困難に恐れを抱いていました。しかし、この問題に関しての情報を読んだり、緩和ケアが専門の看護婦さんの話を聴いた後は、この恐れは必要ないものであることを知ることが出来ました。
私は知識を得る2つの方法をすすめます。まずは、1)患者支援グループに参加すること、そして、2)コンピュータでインターネットをすることを学ぶこと、です。きっと、ALSを患っている多くの人々と出会うことになり、ALSに関する情報が豊富なホームページを見つけることが出来るでしょう。
5.解決しなければならない問題は、片付けておくこと。
出来るだけ早く、経済的な問題や法的な問題はかたづけておきましょう。これは出来るだけ早いほうがよく、なぜなら、最後には、病気の進行によってもたらされる緊急の決断をあなたはしなければならないからです。
法的な問題にはつぎのようなものが含まれます。遺言状、代理委任状、生前指示書、受託者、証書、財産所有権など。政府がおこなっているものとしては、社会保障、メディケア(高齢者医療保障制度)、メディケイド(低所得者・障害者医療保障制度)、保険会社がおこなっているものでは、生命保険、医療保険があります。経済的な問題に対する決断は、危機的状況になるまでにしておかなければなりません。私の場合、私が働けなくなった時点で経済的な困窮状況に陥ることがわかっていたので、まだ働いていて比較的健康な時期に家を売りました。その後、スポーツタイプのセダンも売り、車椅子を乗せることが出来るミニバンを購入しました。あなたの法的な証書が書き換えられる時には、障害者の法律に詳しい弁護士をおすすめします。
6.適切な医学的治療は受けておくこと。
これはすべてのALSに関連する症状への治療を含みます。投薬、セラピー、補助具の導入は、ALSの症状を軽快することに役立ちます。そして、快適な生活をおくることができるか、地獄のような生活をおくらなければならないかほどの違いがでてきます。神経内科の医師と仲良くなってください。あなたが保険会社と闘わなければなったとき、医師は大切な味方となってくれるかもしれません。ALSは多くの不快な症状をもたらしますが、これらは適切な投薬によって効果的に和らげることが出来ます。治療可能な症状としては、筋痙縮、うつ気分、便秘、過剰な唾液分泌、濃い痰、筋けいれん、呼吸器感染症などがあります。
7.早めに自助具や補装具の使用を検討しておくこと。
これもそうなのですが、できるだけ早いほうが良いでしょう。補助具を利用することに対して前向きの気持ちをもつようにして、是が非でも必要という状況になる前から補助具を手に入れておくことが大切です。私は最初、杖を使うことをずっと拒んでいました。強情な性格である私は、そのことが「病気に負ける」ことになると思っていたからです。何度も転倒し、怪我をするようなこともあって、やっと気づき、杖を使うようになったのです。それからは実際に必要となってしまう前に、次に必要となるであろう補助具を手に入れることを重要視するようになりました。空気洩れの少ないマットレスを敷いた病人用ベッドは穏やかな睡眠をもたらしてくれます。ゲル状のシートを坐面に敷いたリクライニング式の電動車椅子は、一日中、快適で自立した生活をもたらせてくれています。
8.古い生き方にこだわらないこと。
ある時、古い生き方を捨てていることに気づきました。私の場合それは、ALSと診断されてから約1年が過ぎた頃でした。時間がそれほど要したのは、必要ような悲しみの時期を過ごし、一日中座った姿勢での生活に慣れ、私を含む周りの人がみな、その人生における身体的にも感情的にも大きな変化を受け入れることが必要だったためです。その頃には、ALSになったことを悔やみながら朝起きるということもなくなっていました。私が以前楽しんでいた身体活動などをしている健康な人々をみても、腹立たしく思わなくなったり、自分の感情をごまかしたりはしなくなりました。過去に経験したような深い後悔の念に惑わされることなく、楽しい思い出として昔を考えるようになっていました。ALSになって死んでしまうということより、ALSと一緒に生きていくという気持ちになってきていることに気づいたのもこの頃でした。私は古い生き方を捨て、新しいこれからの生き方を受け入れることを始めていました。
このように、生きることに対する古い考え方をこだわらなくなることは、ALSという病気と付き合っていくためには大切なことだと考えています。
9.新しい生き方への変化を受け入れていくこと。
「私の古いALSとの生活」から、「新しいALSとの生活」は大きく変化したものでした。そして、私はこれを受け入れていくことを学びました。ALSという病気は、私に将来を見つめた生き方を促し、これから迎える変化を上手く受け入れられるという自信もつけてくれました。私がそのとき気づいたことのひとつは、変化はすべてが悪いものということではなく、すべての扉をALSという病気が閉ざしてしまうからこそ、私には新しい扉をひらくチャンスも生まれているということでした。わかりにくいかもしれませんが、つまり、悪いことのようにおもえる出来事も、良い面をもっていることもあるということです。ALSとともに生きてきたことで良くなってきたことは、まず、交通渋滞や悪い天候と闘う必要がなくなったこと、特に好きでもない仕事をする必要がなくなったこと、いつも運転手付で、広い駐車場を利用できるようになったことです。ALSが原因となったすべての新しい困難に、私は適応した方法を見つけ出しました。ALSが原因となってできなくなったすべての身体活動や楽しみのかわりに、新しい楽しみを見つけ出しました。ALSと上手に付き合っていくことは、単に人生の変化を受け入れることだけではなく、これらくると思われる変化も、上手く乗り越えていけるだろうと前向きに見通せることができるようになることのように思います。
10.幸せな気持ちになれることや楽しいことを選択していくこと。
私がこのことを理解できるようになるまで、40年もの時間を要しましたが、今は本当にこのことを実感しています。私たちはみな、自分自身の気持ちや人生のあり方という面では責任者であるということです。うつ症状というものは、ALSを患っているものにとって良く出合うものです。しかし、これは薬によってコントロールできるものです。感情が高ぶることもALSでは問題になることも多いですが、もし、このような感情の問題をクリアできるということは、私たちは本当に自分が望んでいる気持ちになれる可能性があるということです。私たちがよく言う、「彼が僕を怒らせたんだ!」という状況は、本当はこういうべきなのでしょう。つまり、「彼がそうしたとき、僕は怒りという気持ちを選んだんだ。」という感じに。私たちは人生の危機に際して、自分でどのように乗り越えていくかという選択権をもっています。昔の人のことわざに、「人生があなたにレモンを持たせてくれた時には、レモネードをつくりなさい」というものがあるそうです。この言葉はALSと付き合っていく上で役立つひとつの考え方だと思います。私は、新しい人生を楽しい出来事で満たし、そして、幸せな気持ちになれることで時間を過ごすという生き方を選んできました。テレビで楽しい映画をみたり、天気の良い日にその温かみに身体を浴したり、友人と話をしたりというささやかなことから、もう少し複雑ではありますが、インターネットで情報を流したり、障害者でも可能な休暇の過ごし方を計画したり、といったことがそのような私の生き方です。
ALSという病気によって限られた人生を生きていく上でのポイントは、悲しみの中にうちひしがれた人生を選ぶか、楽しむ人生を選ぶかということです。
11.快適な環境を求めていくこと。
私が思っていることなのですが、すべてのALSと共に生きるの人々は、特別な施設よりも、暮らし慣れた自宅での生活を希望するように思います。残念なことに、経済的あるいは介護体制の問題からそのような人々も施設で人生を終えている状況があります。いずれにせよ、ALSとともに生きていくためには、まわりの環境を出来るだけ快適なものにしていく必要があります。私は退職金のいくらかを私の楽しみにしていることに必要なものに使いました。たとえば、新しいコンピュータ、大きな画面のテレビ、性能の優れたステレオと多くのCDなどです。妻のアイリーンは、家を快適で過ごしやすいものにするために、よく働いてくれています。夜はリクライニング椅子でリラックスしながら、ふたり一緒に音楽で心を癒したり、アロマティック・キャンドルを灯したり、冬には暖炉に暖かい火を灯しながら時間を過ごしています。ストレスもなく、とても落ち着いた気分で、精神的にも(身体的にも可能な限り)健康な状態でいられます。このような幸せで快適な生活を維持するために、ささやかだけれども大切なものが多くあります。5分間の筋肉マッサージ、夜に天井式扇風機をつけておくことなどです。このような要求リストをつくることをためらわないで下さい。家族や友人はあなたのために快適な生活がおくれるよう動いてくれます。誰でも、人に役立つことは嬉しいものです。
12.人の役に立つという喜びを持ちつづけること。
ALSを患っている人々にとってもっとも大変な出来事のひとつに、病状が悪化するにつれて、他人からの援助がより多く必要となってくるという事実と、そして、逆に他の人に役立つことが少なくなっていくという事実です。だからといって、私たちに人助けをするという喜びがまったく出来なくなるというわけではありません。私たちはそれを創り出し、その方法を自分のなかから見出さなければなりません。私の場合、コンピュータに関する知識や芸術や文章を書くという技術がありました。ですから、インターネットでホームページを公開し、ALSの人々の役に立つということを考えられたのは、私にとって自然の成りゆきでした。人の役に立つということの意義は、多大にあります。まずは、ただ座ってテレビをみているというより、生産的なことをすることで心に満足感が得られます。次に、自分の好きなことが出来て退屈せずにすむし、次から次へと新しい考えが浮かんできます。最後に、(これが最も大切なことのように思うのですが、)自分が他人の役に立っている、今までの恩返しをしている、という感じが得られるということです。いろいろなALSの友人たちが、いろいろな素晴らしい貢献をしています。Mark Reiman氏は、メジャーリーグの試合で国歌を歌い上げました。Chris Pendergast氏は、“Ride-For-Life”と称して、ニューヨークからワシントンまで、スクーターでの旅行をしました。Dave Feigenbaum氏は、ALSとともに生きる人間の物語“ALSとの旅立ち”を書き上げ、発行しています。私たちはこれらの試みほど効果的なことをしなければならないということはありません。患者支援団体の会合に出席して新しく患者となられた方の手助けをするとか、新聞の編集者に手紙を送るとか、チャリティー・イベントに参加するとか、このような簡単なことから始めればよいのです。
ALSは、確かに最も苦難の大きい病気のひとつです。しかし、幸いなことに、精神機能は正常に保たれます。この病気は、私たちから知的能力や感覚、記憶、理性、信念、そしてこの病気と闘う機能を奪うことは出来ません。多くの場合、身体機能は衰えていくにつれて、精神機能は鋭くなっていくようです。私は、ほとんどのALSの人々が病気と付き合って生きていく中で、想像していた以上に自分たちに力があることを知って、驚きながらも喜んでいることを知っています。
1998年12月6日 Douglas E.Eshleman
多くの人が私のことを強い人間だと言ってくれたり、明るく、前向きに生きる姿勢を持ちつづけていることに驚きを示してくれます。確かに、私は病気に負けないようにがんばってはいるのですが、その裏では数え切れないほどの不安や恐怖感、深い絶望感を感じつづけてきました。このような機会を利用し、私のささやかな思いをあかしているのは、人々に私が経験してきた本当の気持ちを伝えたく思っているからであり、決していつも勇敢に、幸福でいるわけではないことを知ってもらいたいからです。
何が生きる意欲をもたらしてくれるのでしょうか? 生きようとする意欲を持った人と、持たない人がいるのはなぜでしょうか? 「生きる意欲」とは、単純に、生きたいという欲求です。人生には、悲惨な苦しみに出会ったり、身体的あるいは精神的、現実あるいは想像上の耐えられない痛みに出くわすことがあります。このような場合に時々、生きる意欲を失う人がいます。最近テレビで放映された悲惨な例として、「60分間」という番組で、ALSに苦しむ患者の自殺扶助の様子を紹介したものがありました。個人的にはとても悲しむべき出来事として、14年前の私の父の自殺がありました。これらの出来事から私が疑問に感じてきたことは、「どうして彼らは自ら死を選んだのだろうか? 何が彼らから生き続ける意欲を失わせてしまったのだろうか? なぜ、彼らは生きる意志を放棄したのだろうか?」ということでした。テレビ番組で紹介されたヨーク氏は、ALSという病気によってもたらされるであろう、ゆっくりとした苦しい死には耐えられないと言い続けていました。他人にとって迷惑な存在としかならず、人生においてなんの喜びも得ることもなく、最後には自分の唾液によって息をつまらせ、死んでしまうのではないかという誤った認識をしていました。私の父の死は、突然のことであったため誰もが驚き、それは精神科医であった最も親しい友人にとってさえもそうだったのです。彼は遺書を残してはいましたが、それでもなお本当の理由を私は理解することが出来ません。
1997年11月28日付の私の論説は次のような始まり方をしています。「私も安楽死の手助けをしてくれるジャック・ケヴォルキアン医師を見つける準備をしなければならないのだろうか。・・・ この悪夢が毎日、私の人生を悪いほうに悪いほうにもたらそうとしている。」幸いなことに、この精神的落ち込みから私は抜け出すことが出来ました。私は生きる意欲を取り戻すことが出来たのです。そのことが本当に嬉しく思えたのは、1998年という年がとても有意義な一年だったからでした。本当に多くの素晴らしい出来事があったのです。そして、1999年という年がどんな年になるかが楽しみになっています。でも、もし“救い”というものがなければ、私も再びおとずれるであろうスランプから抜け出すことが出来るかどうか自信はありません。
“救い”にはいろいろな形がありますが、これらはすべて苦しみを和らげ、希望をもたらし、生きる意欲を持ち続けさせてくれるものです。“救い”は、思いもよらなかった自分の内なる力から生まれることもあります。愛する家族や友人たちから得られることもあります。神への信仰から生まれることもあります。前向きな祈りや瞑想から得られることもあります。身体的な問題のみならず、精神的な問題に対して助言してくれるカウンセリングやセラピーによって得られる場合もあります。良い選択肢を選ぶことができ、無知による不安を和らげさせるような知識を得ることによって、もたらされることもあります。抑うつ、不安、痛みといった状態への薬物療法によって得られることもあります。支援団体や、困っている人々に援助を行っている多くの組織から得られることもあります。何かを創造したり、貢献したり、他人を助けることで得られることもあります。緩和治療やホスピスによって救われることもあります。そこでは安らいだ気持ちで、尊厳を保ちながら、愛に支えられながら、この世を去ることが出来ます。
もし、トーマス・ヨーク氏や私の父がこのような救いを得ることが出来ていたら、今もなお、私たちとともにこの世で楽しい人生を送り、他人にも喜びを与えられる存在であったことと思います。逆に考えれば、ジャック・ケヴォルキアン医師だけを“救い”と考えて、その他の生きる意欲をもたらしてくれる多くの救いがあるという事実を知らなければ、あの「60分間」というテレビ番組にでていたのは、私だったかもしれません。
(Death Doesn't Take A Holiday)
1998年12月10日 Douglas E.Eshleman
ずっと昔、1934年に制作された映画に、「死が休むとき」というタイトルのものがありました。内容は十分憶えていないのですが、私たちの世界に死というものが、生命や愛と同じような明らかな出来事としてとらえられている筋書きのことを良く憶えています。この興味深いタイトルはいつまでも私の心に残っており、最近つくり直されて、新しくつけられたタイトル「ジョー・ブラックと会って」よりも良いように思います。私はこの新しい映画のほうをまだ観ていませんが、聞くところによるとオリジナルの映画のほうが良く出来ているといわれているようです。こういうことは良くあるようで、オリジナルのほうが、新しく、改良された、“ハリウッド映画”的リメイク版より、たいてい良いようです。
実際にはもちろん、死というものに休日などありません。週末というものもありませんし、仕事を翌日に延ばすということもしません。15分間のコーヒーブレイクをとることもありません。おそらく皆さんにもわかると思いますが、私の心にはここ毎日、死のことが思い浮かぶようになっています。私にALSという診断がされて以来、その生命予後についての情報が私をいつも苦しめています。“2年から5年の生命”や“治療法がない”という冷徹な言葉がいつも頭の中をうずまいています。そして、このことはメディアや医療専門家の言葉によって、より強められていることなのです。これは多くのALSを患っている人を挫折させたり、命を絶つことを決心させることの十分な理由となっているのです。私はこの生命予後に関する統計を否定するわけではありませんが、これは単なる平均的な数値に過ぎないことを強調したいと思っています。人はそれぞれ異なり、これより長生きするものもいれば、短命なものもいるわけなのです。
死に関する二つの事実があります。まずは、1)私たちは皆いつか死ぬということ、そして、2)自殺の場合を除いて、その死がいつやってくるかはわからないということ、です。死期のせまった病気の人間ですら、他の理由による死から逃れられるわけではありません。他の人々と同じように、この私も明日、交通事故で、あるいは脳卒中で、あるいは心臓発作で死んでしまうかもしれません。この2ヶ月間でも、2人の仕事上の友人が心臓発作で亡くなったという話を聞き、驚いています。私たち全てが、突然やってくる様々な原因によって、愛する人々や、近い友人、近所の人々、有名人などの死を経験するのです。
よく知っているALSの友人が亡くなると、特に悲しくなります。私は私自身を含めて、多くの人々と繋がっていようと努力しています。そして、予測されている死に打ち克とうと努力しています。あるとても素敵なご夫婦が、私たちの患者支援グループに参加していました。夫は妻の代わりに話をしていました。妻は球麻痺型のALSを患い、発語が出来ない状態でしたが、歩くことや、手で身のまわりのことをすることは出来ていました。しかし、ある月の会合に姿を見せなかったと思うと、翌月、夫のみが会合に参加してくれました。彼は妻が数週間前に亡くなり、その最期の生きることを渇望していた妻の様子について、細かく説明してくれました。この夫は医師でした。彼ですらその愛する妻の命を、その確かな死の手から救うことが出来なかったのです。
マイケル・ザスロウ氏の死もまた私を苦しめました。彼はその死に立ち向かうために、利用できるあらゆる手段を使いました。お金で買える最高の治療法を受けました。愛する家族や、数多くの支援者や熱狂的なファンの祈りもありました。最高の神経学者の治療を受け、私と同じ新薬治験にも参加していました。大量の食餌補完療法や、1日に100以上もの薬を飲んでいました。毎週、抗酸化療法のための静脈点滴を受けていました。さらに他の治療法も試み、催眠療法や、1日3時間の筋肉マッサージを受けていました。数週間前にテレビのラリーキング・ショウに出ていたマイケルは、元気そうにみえていました。彼は本当に生きることを望みつづけていました。でも、彼は亡くなってしまいました。死がその闘いに勝ったのです。死はやはり休日をもたないのです。
多くのALS患者が亡くなりつづけているにもかかわらず、私たちが忘れてはいけないことは、決して人類がこの闘いに敗れてしまったわけではないということです。もっと多くの時間とお金が必要かもしれませんが、重大な病気による死にも人類は勝つことが出来るのです。多くのそういった闘いに今まで人類は勝ってきたし、ポリオや天然痘もそうやって乗り越えられるようになったのです。エイズに関しても同様で、エイズ・カクテルをはじめ、いろいろな治療薬が開発され、死を少しずつでも確かに後ろに追いやることが出来るようになってきました。
もし、ALSの患者会や支援グループ、家族、医師、研究者らがその役割を果たしていけば、人類はこのALS戦争に勝つことが出来るでしょう。死は休まないかもしれません。でも、死は決められたときにやってくるものではないということを理解しておくべきだと考えています。
1998年12月15日 Douglas E.Eshleman
最近、私はいろいろな痛みを身体に感じるようになってきました。でも、これはALSに関連してのものではありません。肺の表面にある外側の膜に感染をおこしたことがありました。これは胸膜炎という病気で、抗生剤で比較的容易に治療できるものと聞いて安心しました。でもその痛みはかなりの痛みで、医者からは肺の胸膜が炎症を起こしていて、スムースに胸郭の内側にそって滑らなくなっているからだと説明してくれました。私にとっては、息をするたびに肺が紙やすりにこすりつけられているような気がしたものです。私には毎日慢性的な痛みを感じている人たちはどのようにしてその痛みを乗り越えているのだろうと、と思っています。
ALSという病気は、全身の運動神経を進行性に破壊してしまう、残酷で重大な病気です。神経が破壊されるにしたがって、多くの筋肉細胞が死んでしまい、最終的には全身の運動麻痺をもたらしてしまいます。私自身の手や腕にもこのような病気の進行を見ることが出来ます。破壊し、死滅しかけた運動神経は無秩序に活動し、その結果、残存している筋肉に多くの“ぴくつき”や線維束攣縮(ファシキュレーション)と呼ばれるものを生じさせます。筋肉に対するダメージは著しく、目に見えるようになります。筋肉量の低下による筋萎縮は、手足を“骨皮”だけに見えるようにさせ、最終的には、私自身が最近自分に名づけているように“The Incredible Shrinking Man(信じられないほどやせ細った男)”という状態にまでなります。このように身体中が破壊と死滅を受けながらも、ひとつの慰めとなる事実があります。それは、私自身この病気からは痛みを感じることがないのです。この病気自体は痛みをもたらさないのです。
注意しておかなければならないことは、確かにALSという病気による神経と筋肉の破壊は痛みをもたらすものではないけれども、この病気を患う結果生じる痛みは、確かにあるということです。筋肉のけいれんと痛みは、よく知られている痛みです。痛みを伴う胃酸の逆流症状や便秘を経験する人もいます。転倒によって生じる痛みもあります。床ずれによる痛みもあります。過激な理学療法による痛みもあります。関節拘縮による痛みもあります。ALS患者にとって一つの救いは、これらが短い期間に限られる急性の痛みであって、長期的な慢性痛ではないことです。
痛みは人々に急激な苦痛をもたらしますが、厳しく慢性的な痛みがもっともつらいものです。多くの人々が毎日、怪我や病気が原因の痛みを感じながら生活しています。痛みは薬によって和らげることが出来ますが、その効果はしばしば部分的なものにすぎません。さらに、強い鎮痛剤は副作用ももたらし、眠気、めまい、吐き気、精神的な混乱などが見られることもあります。痛みと鎮痛剤は、両方ともに悲惨な状況をもたらすことがあります。睡眠障害、注意力低下、短気になったり疲れやすくなったりします。痛みの程度とその人の生活の質とは反比例し、そのことは痛みが強いほど、生きることがつらいものになるということです。
私は、ルー・ゲーリック氏が述べた次のような言葉に心から同意します。「私は大変な状況に立ち向かっているのかもしれません。でも、私にはそのために生きる大切なものを失ってしまったわけではないのです。」
私自身にとっても毎日がその大切な贈り物であり、毎日が愛と喜びを分かち合う時間であり、考える時間であり、計画をたてる時間であり、社会に貢献する時間であり、感謝の気持ちを伝える時間となっています。私がいままで生きてきた人生に感謝し、その時間に感謝し、私の心が明るく活発であることに感謝し、細かないくつかの不快な症状はあるけれども、少なくともALSという病気に関しては、痛みをもたらさない病気であることに感謝しています。
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