市議会での発言のページ
2000年9月21日
総合計画の基本構想に反対
2000年9月21日、9月議会最終日に行った私の討論です。
重視したのは、借金の問題です。中沖知事が、「富山県の借金が多いけれども、その多くは、国が返済にあたって地方交付税で面倒を見てくれるから、そんなに心配しなくてもよい」という意味のことを語っていると聞いたからです。
小矢部市の例から「そんなことはない」、という思いがします。
借金にも、かつて京都府知事の蜷川氏が語っていたそうですが、よい借金と悪い借金があります。教育や福祉など、市民の暮らしを支えるための借金はよいが、「国が面倒を見てくれるから」と、市民の批判の的でもあり、必要でもないクロスランドタワーに莫大なお金をつぎ込んでこしらえた借金は悪い借金です。悪い借金のために、本来全く自由に使えるはずの地方交付税が借金返済で「差し押さえ」を食らうのはごめんです。。
私は議案第55号、第5次総合計画の基本構想に反対するものです。この議案は、これから向こう10年間の小矢部市政運営の基本方向を定めるものです。
基本構想に市民要求実現の方向が具体化されているか
30人学級実現へのチャンスを逃がすな
私は、二つの角度から検討しました。第一は、この基本構想に社会情勢の変化を考慮しつつ市民要求実現の方向がどのように具体化されているかということです。小矢部市の将来を担う子供たちの教育は行政にとっても、たいへん重要な課題です。親はもちろん、多くの市民は「どの子も賢く育ってほしい」と願っています。「人間の生命、互いの人格と権利を尊重し、皆のことを考える」とか、「真実と正義を愛する心と、いっさいの暴力、うそやごまかしを許さない勇気をもつ」という市民道徳をしっかり身につけた社会人として成長してほしいと願っています。この願いにこたえるには、小矢部市として何をすればよいのでしょうか。行政の役割として、教育環境の改善、その中心的課題として30人学級の実現、あるいは少人数学級の実現をめざすべきだと考えます。そのためにも基本構想で「ゆとりある教育」という抽象的な目標にとどめないことです。少人数学級でこそ、一人一人に行き届いた教育ができます。少子化といわれているときだからこそ、これに踏み出す今がチャンスです。私はこの立場から、民生文教常任委員会で問題を提起し、修正を市長に求めましたが、市長は「ゆとりある教育」にすべて含まれるというだけで、修正に応じられませんでした。これでは今後、小矢部市として教育について何をするのか、努力方向が明らかになりません。これが反対の第一の理由です。
財政再建の方向が明確か
第二に検討したいのは、小矢部市の財政の深刻な状況をどう認識し、その改善に向かう方向を明らかにしているかです。この10年間に、一般会計だけでも、1990年度末の81億円の市債残高が1.7倍以上、140億円に膨れ上がっています。市民一人あたりで見ますと、21万円の借金が、この10年で約2倍の40万円になっています。毎年の利払いだけで、1999年度決算で見ると、6億円です。これは幼稚園から中学校までの学校教育にかけたお金6億円にほぼ匹敵します。
地方交付税の43%が借金返済に消える
借金返済の半分を国が面倒を見てくれるからと、野放図に借金を重ねてきたツケがこういうところに現れているのです。元金、利息合わせて昨年度は20億円の返済をしています。このうち国が地方交付税でどれだけ面倒を見てくれているのかわかりませんが、本来、小矢部市が自由にいろんな事業展開に使うことができたはずの地方交付税が46億円あったのですが、その43%が借金の返済に消えてしまったのです。
ところが基本構想にはこれについての危機感もなく、市債残高をどう減らすのか、方向性もありません。それどころか、北陸新幹線の促進ということを掲げています。新幹線の建設と引き換えに北陸本線が第三セクター化されると、小矢部市にも財政負担が求められ、ますます財政再建が困難になります。このような方向に同意できません。
以上、反対討論とします。