2005年1月23日(日)しんぶん赤旗「日曜版」
NHK番組改変  何があった
安倍(自民党幹事長代理)、中川(経済産業相)の不可解
放送数日前に会うーー隠せない政治介入   徹底検証

 ときの政権の座にいる自民党議員がNHK番組に放送前に介入し、改変させた事件が、大きな政治問題に浮上しています。安倍晋三幹事長代理(当時・内閣官房副長官)、中川昭一経済産業相は一体何をやったのかーー。
NHKの番組に「政治介入」したと報道、告発された安倍晋三(左)、中川昭一の両氏
 ことの発端は「朝日」12日付。2001年1月30日に放送された、「従軍慰安婦」問題の責任を追及する女性国際戦犯法廷を取り上げた番粗「問われる戦時性暴力」が、放送前日の29日、安倍、中川両氏の圧力によって改変されたというのです。
 「朝日」報道の翌13日には、当時のNHKディレクター(現・チーフプロデューサー)による内部告発も続いて、世間は「政治介入だ」と大騒ぎに。
 ところが、当初は「(放送は)『だめだ』といった」(中川氏)などと介入を認めていた二人が、政治問題化すると一転、否定に回ったために、真相はまるで"ヤブの中"。

 しかし、ハッキリしてきたことがいくつかあります。

認めた安倍氏
 まず弟1は、番組放送直前の29日にNHK幹部らと会った安倍氏自身が「政治介入」を認めていることです。
 安倍氏は10日、「朝日」の取材にこんなコメントを出していました。「偏った報道と知り、NHKから話を聞いた。中立的な立場で報道されねばならず、反対側の意見も紹介しなければならないし、時問的配分も中立性が必要だと言った」(「朝日」12日付)。
 さらに、「朝日」の第一報後、マスコミにこんなコメントをーー「明確に偏った内容であることが分かり私は、NHKがとりわけ求められている公正中立の立場で報道すべきではないかと指描した」(12日)。同じ内容を自分のホームページにも載せています。「偏っている」から「公正・中立」にやれといって、反対論の紹介や時間配分を具体的に注文すれば、それを世間では放送番組への「政治的圧力」「政治介入」と呼ぷのではないのか。
 安倍氏の説明はその後も微妙に変わりますが、18日現在も、@番組放送直前にNHK幹部に会いA特定の番組の内容についてB「公正・中立に」といった、という事実は変えていません。
 NHKへの政治介入は、言論・報道・表現の自由を保障し、検閲を禁止した憲法21条に反し、放送内容について外部からの介入を禁止した放送法第3条に反する、民主主義破壊そのもの。21日開会の国会でも徹底的な解明が不可欠です。

安倍氏弁明にほころび
 ハッキリしてきたことの二つ目。安倍氏はコメントを連発し、テレビ番組の"ハシゴ"をして、「政治介入はねつ造」と訴えていますが、そのほころびが随所に表れています。
 安倍氏は16日、「非常にバランスのとれた番組になっている。いろんな議論があるので、そういう番組になっていますので、NHKの番組として問題はありませんという説明だった」(テレビ朝日系「サンデ一プロジェクト」)とNHKの幹部と会ったときのもようを紹介しました。
 実際には、この後で何が起きたか。NHK側は、安倍氏と会談したあとで、異例の「局内試写」をおこない、2回にわたり番組を大改変し、44分のものを440分までカットしてしまいました。NHKが「バランスのとれた」と説明していた番組ならぱなぜカットしてしまうのか説明がつきません。
 だいたいNHKが特定番粗について放送前に政治家に説明に出向くこと自体が大問題です。
 そればかりか安倍氏はテレビ番組で「朝日」の取材の仕方について、「インターホンごしに断定調にきめつけられた。ひっかけようということだった」「中川さんもけんかを売るような感じでの取材(を受けた)」(16日、「サンデープロジェクト」)とまで語っていました。
 しかし、取材経過を明らかにした「朝日」18日付によると、12日付で「朝日」が掲載した安倍氏のコメントは、「ひっかけ」でもなんでもなく、安倍氏自身が「正確を期すためにきちんとコメントしたい」とわざわざ取材後に差し替えたものでした。

180度変わった中川氏
 ハッキリしてきたことの三つ目は中川氏の弁明の不可解さです。
 中川氏は当初、「NHK側があれこれ直すと説明し、それでもやるというから『だめだ』と言った。まあそういう(放送中止の)意味だ」(「朝日」12日付)と居直っていました。
 ことが報道されるや、中川氏は大あわて。「当方は公正中立の立場で放送すべきであることを指摘したものであり、政治的圧力をかけて中止を強制したものではない」(12日発表のコメント)と釈明。ここまではどう読んでも、NHKとの会談後に番粗の改変がおこなわれたという経過を前提にしていました。
 ところが、翌13日には「来たのは当方の記録では放送後の2月2日。当方から放送内容の変更や放送中止に関しては一切いっていない」(コメント)と、主張を180度ひっくり返してしまったのです,不可解そのものといわざるを得ません。

取材経過を明らかにした「朝日」18日付を以下に抄録

渦中の二人は取材にどう答えた
「朝日」18日付から
 自民党の安倍晋三、中川昭一両衆院議員がNHKの番組制作に介入したとの「朝日」報道に、事実が違うとしていたことについて、18日付同紙は取材内容を詳しく報じました。
 そこでは、中川氏が放送前にNHK幹部と会い、番組内容が偏向しているとして放送中止を求めたことを認めています。安倍氏は、「朝日」報道2日前の10日に取材を受け、番組内容についてNHKと話したことを認めるコメントを出しています。
 18日付同紙が報じた中川氏との一問一答と、安倍氏の1月10日のコメントを資料として紹介します。
中川氏
 自民党の安倍晋三、中川昭一両衆院議員がNHKの番組制作に介入したとの「朝日」報道に、事実が違うとしていたことについて、18日付同紙は取材内容を詳しく報じました。
 そこでは、中川氏が放送前にNHK幹部と会い、番組内容が偏向しているとして放送中止を求めたことを認めています。安倍氏は、「朝日」報道2日前の10日に取材を受け、番組内容についてNHKと話したことを認めるコメントを出しています。
 18日付同紙が報じた中川氏との一問一答と、安倍氏の1月10日のコメントを資料として紹介します。

 −−放送内容がどうして事前に分かったか。
 「同じような問題意識をもっている我々の仲間が知らせてくれた」
 それで放送直前の1月29日に、NHKの野島、松尾両氏に会われたわけですね?
 「会った、会った。議員会館でね」
 −−何と言われたのですか。
 「番組が偏向していると言った。それでも『放送する』と言うから、おかしいんじゃないかと言ったんだ。だって(民衆法廷は)『天皇死刑』って言っている」
 −−「天皇有罪」と言っていましたが。
 「おれはそう聞いた。何をやろうと勝手だが、その偏向した内容を公共放送のNHKが流すのは、放送法上の公正の面から言ってもおかしい。向こう(NHK)は教育テレビでやりますからとか、あそこを直します、ここを直しますから、やりたいと。それで『だめだ』と」
 −−(NHKは)どこをどう直すと?
 「細かいことは覚えてはいない」
 −−放送中止を求めたのですか。
 「まあそりゃそうだ」
 −−報道や放送への介入にあたりませんか。
 「全然そう思わない。当然のことをやった」
 −−NHKの予算は通さないとは言われた?
 「向こう(NHK)の方が『こういう大事な時期ですから』って言ってきた。それで、おれが『予算の時期だろ』って。おれは(自民党の)部会でも、こんなNHKの予算は通すべきではないという趣旨のことを堂々と言っている」
 −−放送内容は放送法に違反すると?
 「違反する」
 −−(番組は)元のものと比べてよくなった?
 「よくなったんだろうけど、元がよく分からないから。しかし連中も、そんなもん毅然(きぜん)として拒否したらいいじゃないか。その方が筋が通ってるんじゃないの?」

安倍氏
 安倍晋三氏は、次のようにコメントしている。なお、報道前の1月10日、記者は安倍氏の自宅を訪問して取材をしたが、「正確を期すためにきちんとコメントしたい」として、同日夜、安倍氏側から改めてコメントが出された。概要は以下の通り。

 「偏っている報道と知るに至り、NHKから話を聞いた。中立的な立場で報道されなければならないのであり、反対側の立場の意見も当然、紹介しなければいけない。時間的な配分も中立性が保たれなければいけないと考えている、ということを申し上げた。NHK側も、中立な立場での報道を心がけていると考えている、ということだった。国会議員として当然、言うべき意見を言ったと思っている。政治的圧力をかけたこととは違う」

戦争前夜と同じ感じ
元共同通信編集主幹  原寿雄さん
 政治介入はあったといえます。細かいことはともかくとして、政治的圧力と受け止められることはあった。
 NHKの内部からは「日常化した自主規制が問題なんだ」との自嘲(じちょう)気味の声も聞かれました。NHKは完全に「政治部支配」で、政治部やその出身者が国会対策、政府対策を引き受け、娯楽番組にまで強い発言権を持っているという。その支配の頂点に海老沢会長がいる。NHKの中心戦賂はいかに政界工作を進めるかでしょう。実はその全体状況こそが大問題なのです。
 いまの時代は、1931年、「満州事変」ですべての新聞が翼賛体制にのみ込まれていくそのちょっと前と同じだと感じています。戦前よりも大きな存在のNHKが、翼賛体制のリーダーとなる危険がある。だからこそ告発者の長井さんらを守ることが大切だと思います。

NHK、 なぜ両氏に
立教大教授(メディア法)服部孝章さんの話
 安倍氏や中川氏のような政権中枢に近い議員がNHKに、ある特定の番組をめぐって「公平・公正に」といえば、党派性や政治性が出るのです。番組の説明をしている側や制作担当者が「政治的圧力を感じた」と、"ある意向"をくみ取るのが自然ではないのか。とくに安倍氏が認める、放送前の発言は重い。
 表現の自由や検閲の禁止を定めた憲法21条に違反します。民主政治にあってはならないことです。政治家の番組介入問題として、国会で議論すべきです。
 NHKも「自主的編集」といいながら、なぜ両氏のところに説明に行くのか。この姿勢は、放送の自律性の放棄です。
 ジャーナリズムの根幹部分が腐っているのに、一連の不祥事の時ほど世論が一つになっていないことをいいことに、NHKは高をくくっている節が見える。要注意です。


テレビで志位委員長が指摘
国会に招致し究明を
 日本共産党の志位和夫委員長は18日放映のCSテレビ・朝日ニュースター「各党はいま」に出演し、この間の安倍、中川両氏の発言などを見ると「不当な政治介入があった事実は明白」と指摘。この問題で小泉首相が「NHK内部の問題だ」と何ら調査する姿勢を見せていないことについて、「元官房副長宮、現閣僚のかかわった重大疑惑を『調査しない』とはまったく無責任な態度だ」と批判し、両氏を国会に招致して真相を究明することが必要だと強調しました。


勇気の内部告発
 問題の番組「問われる戦時性暴力」に当時デスクとしてかかわった長井暁氏(NHK番組制作局チーフプロデューサー、42歳)の告発証言の全容を、同氏の発言と発表文書をまじえて紹介します。

 2001年1月下旬、衆議院議員の中川昭一氏と安倍普三氏らが、NHKで国会・政治家対応を担当していた総台企画室の野島直樹担当局長(現・理事)らを呼び出し、「女性国際戦犯法廷」を取り上げたETV2001の放送を中止するよう強く求めました。
 自民党総務部会でのNHK予算審議を直前としていたこともあり、事態を重く見た野島担当局長は、1月29日(月)の午後、松尾武放送総局長(現・NHK出版社長)を伴って、中川・安借両氏を議員会館などに訪ね、番組についての説明をおこない、理解を求めました。
 しかし、中川・安倍両氏の了解は得られませんでした。そこで松尾放送総局長は、「番組内容を変更するので、放送させてほしい」と述べ、NHKにもどりました。
 松尾放送総局長は、当日の午後6時すぎから、すでにオフライン編集をUPしていた番組(通常、これ以降の編集の変更はおこなわれない)の試写を、野島担当局長と伊東律子番組制作局長とともにおこない、番組内容の変更を制作現場に指示しました。試写は私も立ち会って番組制作局長室でおこないました。そのときの主な変更内容は以下の3点でした。
 @日本軍による強かんや「慰安婦」制度が「人道に対する罪」を構成すると認定し、日本国と昭和天皇に責任ありとした部分を全面カットAスタジオ出演者であるカリフォルニア大学の米山リサ準教授の話を数カ所カットB「女性国際戦犯法廷」に反対の立場をとる日本大学の秦郁彦教授のインタビューを大幅に追加する、です。
 この指示を受けて、制作現場では既にオンライン編集(本編集)を終えていたVTRの手直し作業を深夜におこないました。この結果、通常44分の番組は43分という変則的な形で放送されることとなりました。
 これは、中川、安倍両氏の理解を得るためのものだったことは明白だと思います。


放送当日にも異例のカット
 松尾放送総局長は放送当日の30日(火)の夕方、すでにナレーション収録・テロップ入れなどの作業が完了し、完成間近となっていた番組内容を、さらに3分カットするよう制作現場に命じました。
 その内容は@中国人被害者の紹介と証言A東ティモールの慰安所の紹介と元「慰安婦」の証言B自らが体験した慰安所や強かんについての元日本軍兵土の証言、です。
 松尾総局長から現場に直接命令があり、担当部長もチーフプロデューサーもディレクターの私も何とか思いとどまってほしいと反対しましたが、現場の意向を無視して業務命令で押しきった。
 この指示を受けて制作現場ではVTRの手直し作業がおこ首われ、通常44分の番組は40分という異例の形で放送されることになりました。2度にわたる政治介入にともなう番組の改変によって、番組内容はオフライン編集完了時とは大きく異なるものとなり、番組の企画意図は大きく損なわれることとなりました。
 このことは海老沢会長はすべて了解していたと考えています。私の信頼すべき上司によると、野島氏はこの経緯をちくいち会長に報告していましたし、当然、会長の指示や了承を得て、この作業がおこなわれたと考えています。実際に総合企画室と番組制作局が、それぞれ会長あてに作成した報告書が存在しています。私は目にしていませんが、存在しているのは確かなようです。

海老沢体制で介入が恒常化
 一連の不祥事を受けて、昨年9月にNHKにコンプライアンス(法令順守)推進室が設置され、内部通報制度ができたので、NHKの自浄能力を期待して昨年12月9日に内部通報しました。事件を調査して事実を明らかにしてほしいと。しかし、ーカ月たっても関係者へのヒアリングもされていません。マスコミに事実を語るしかないと思いました。
 末端の職員の不正はただちに調査し、発表するが、会長や側近がかかわったできことは調査する能力も意思もありません。いまの海老沢体制のもとではNHKの本当の改革は難しいと思います。
 海老沢体制になってから放送現場への政治介入が直に現場に伝わり、放送が中止になったり再放送が中止になったりするのが日常茶飯事になってきました。報道の現場は政府に都合の悪い番組の企画は出しても通らないという委縮した空気がまん延しています。海老沢体制の最も大きな問題は政治介入を垣常化させた点にあります。
 海老沢会長と経営陣はただちに辞任し、NHKは新しい体制のもとで徹底的な改革でよみがえってほしい。
(記者会見は13日午前、東京・渋谷区のホテルでおこなわれました)


女性への戦時性暴力
日本の加害責任、兵士の証言
消された場面
 NHKの番組「問われる戦時性暴力」(01年1月330日放送)は、どこが消され、改変されたのか。
 番組は、第2次世界大戦での「従軍慰安婦」問題で、日本軍による性暴力を裁いた00年12月の民衆法廷「女性国際戦犯法廷」(VAWW-NETジャパン主催)を取り上げました。

企画書
00年10月NHK工ンタープライズ21の依頼を受けた番組制作会社ドキュメンタリー・ジャパン(DJUは、主催者のバウネットに取材の申し込みをします。
 「『女性国際戦犯法廷』の過程をつぶさに追い、戦時性暴力がどのように裁かれるのかを見届ける」
 番組「企画書」には、こう書かれていました。12月中旬 「ニュース7」で女性国際戦犯法廷が報道されると、右翼が騒ぎ出し、放送センターにおしかけるなどの妨害が翌年1月の放送直前まで続きます。

部長試写
 01年1月
 NHKで上旬から試写開始。19日、教育テレビでは異例の教養部長試写。
24日
 再度教養部長試写。「このまま出したら、みなさんとはお別れだ。二度と仕事はしない」と部長が発言。DJは作業から事実上はずされます。
27日
 番組のコメンテーターとして出演していた高橋哲哉・東京大学助教授(当時)に修正台本が送られ、28日再収録がおこなわれます。修正台本には、法廷が日本国家と昭和天皇の責任を認定したことや日本軍の加害兵士の証言などが、まだ残っていました。

改ざん
29日
NHK国会対策担当の野島直樹担当局長(現・理事)と松尾武放送総局長(現・NHK出版社長)が、自民党の安倍晋三官房副長官(当時)と中川昭一現経産相を訪ね、番組を説明。
 直後、完成していた番組内容は、2回にわたって大きく変えられます。

 消されたのはーー。
 @VTR(スタジオ収録以外の映像)で放送されるはずだった、日本軍兵士の加害証言、女性国際戦犯法廷がくだした、戦時下の性暴力は「人道に対する罪」にあたるとした判断、日本国家と昭和天皇の責任を認定した部分が消えました。

 Aコメンテーターの高橋助教授の発言は、性暴力についての日本の責任にかかわる部分などが削られました。
 たとえばーー。
 「お詫(わ)びをしても、言葉だけであると理解されてしまいますし…国家による補償ということが成されない限り、納得が得られないということだろうと思います」
 「サンフランシスコ講和条約、それから二国間条約で、戦争被害に関する請求権は解決されたということをとっているんですが…これは…国際機関の国際法上の判断では、退けられている」

 Bコメンテーターの米山リサ・カリフォルニア大学準教授の発言は、「従軍慰安婦」の証言にふれた部分など、全体の6割が削られました。
 たとえぱーー。
「(『従軍慰安婦』についての)証言をされている方…の背後に、何百人、何千人という死者、あるいは犠牲者の方がおられて、証言台に出てこれない方がおられる訳ですよね。…苦しい体験を、ものすこい苦しみを込めながら語られる時に、私達はどうすれば良いのか…引き受けるということが大事になる」

番組関係者は語る
番組コメンテーターの一人、東京大学大学院教授(哲学)
高橋哲哉さん

やはり裏に政治家が

 長井さんの証言で、"ブラックポックス"が埋まった感じです。やはり、大改ざんの裏に政治家の圧力がありました。
 私は4夜連続シリーズの番組を通してコメンテーターを務めました。
 シリーズ放映開始2日前の27日夕方、NHKから「新たにコメントを」と求めがありました。ファクスされてきた修正台本を読む限り、番組の趣旨は変えていないようだったので、28日、撮影に応じました。
 ところが、問題の第2夜分が放映されたのをみると、修正台本とまったく違う内容でした。予想だにしなかったことで、あ然としました。
 いったい何があったのか。NHKに申し入れ、5時間話し台いましたが、肝心なところは話してくれませんでした。政治介入は、うわさの域を出ませんでした。
 NHKの人に訴えたい。番組制作にかかわった人は良心をかけ、第二、第三の証言をしてほしい。それは、告発者のみならず、真実を守るためです。

「法廷」主催団体の一つ、VAWW-NET(バウネット)ジャパン共同代表
西野瑠美子さん

真実の声葬らないで
 「女性国際戦犯法廷」の放送をめぐり、NHKや制作会社などを相手に裁判をたたかっています。「法廷をつぷさに追う」という取材依頼時の説明とまるで違う番組に改ざんされたからです。
 NHKは裁判で「外部圧力はなかった」とくり返してきましたが、長井さんの告発で、政治家の圧力に屈していたことが明らかになりました。勇気ある告発が、葬られてはなりません。
 一部のマスコミは、何の検証もなく安倍氏の言い分を報じ、放送前の関与を正当化するかのように「戦犯法廷」をゆがめて伝えています。権力を監視すべきジャーナリズムが、みずからその役割を放棄しているのです。
 裁判で、長丼さんのほか、安倍、中川両氏、海老沢会長を証人申請しました。真実が正義を守ることを信じ、真実が明らかにされるまでたたかい抜きます。


「国民のみなさまのNHK」か、「政府・自民党のみなさまのNHK」か


椙山女学園大学教授(元NHK政治部記者)
川崎泰資さん

ウミ出し切るときです
 NHKへの政府・自民党の介入はいまに始まったことではありません。
 私が現役時代にも、田中角栄元首相の「ロッキード事件5年」の番組で三木武夫元首相のインタビューが業務命令でカットされるという事件が起きました。後に当時のNHK会長が田中派の幹部から「マスコミは"角栄"をやりすぎる」と脅かされていたことがわかりました。こんなことは多々あります。
 権力を持つ側は、影響力の大きい放送機関を自分たちのいう通りにしたいと介入するのが常です。過去にもあったし、現在もあるし、これからもあるでしよう。
■・・・・・・■
 安倍氏や中川氏が今回のことを「ねつ造」とか「事実無根」だというのなら、参考人招致にも応じて徹底的に国民の前で白黒をつけるべきです。
 とくに中川氏の"釈明"は、当初は「だめだと言った」と介入を認めておきながら、一夜明けると「放送内容の変更や放送中止については一切一言っていない」と180度ひっくり返っている。不自然そのものです。安倍氏、NHKと口裏を合わせたことが見え見えです。
 問題は、放送機関が政治からの介入とちゃんとたたかうかです。たとえば、BBC(英国放送協会)は、イラクの大量破壊兵器問題にかかわる「スクープ」のミスをめぐり、ブレア政権から攻撃され、会長や担当記者の辞任に至りますが、それでもひるんでいない。
 以前のNHKでも、政治介入には敢然とたたかったり、面従腹背だったり、いろんな抵抗をしていたものです。あの悪名高い島桂次会長ですら、半分は妥協しつつ、半分はたたかっているところもあった。
■・・・・・・・・・・■
 しかし、海老沢勝二会長体制になってからは、政治とは一切たたかわなくなりました。森喜朗前首相の「神の国」発言が問題になったときには、NHKの政治部記者が記者会見乗り切りのための「指南書」までつくってやる。イラク戦争では米軍発表、日本政府発表ものの垂れ流しです。
 こういう歴虫上最悪の海老沢体制のもとで、「公共放送」が日に日に音を立てて崩れている。だから、放送内容への異常な介入も起きれば、巨額な受信料の横領・使い込みも起きるのです。このさいこうしたウミは徹底的に出し切ることが必要です。


元立命館大学教授(放送史・マスコミ研究)
松田浩さん

権力迎含の歴史と体質
 長年、密室のなかでおこなわれてきた政府・与党の番組介入の実態と、それを許すNHKの権力迎合体質を白日のもとにさらし出した内部告発の意義は大きい。
■・・・・・・・・・・・■
 放送法第3条は、「何人からも干渉され、または規律されることがない」と放送の自由を明確に規定している。
 これは戦前、NHKが政府の支配のもとで、国民を無課な戦争に駆り立てたことへの反省にもとづいている。電波3法で電波監理委員会を設け、政府から独立して民主的に放送行政をおこなう仕組みをつくったのも、その教訓や先進諸国の経験に学んだからだ。
 だが、吉田茂内閣が日本の独立と同時に電波監理委員会を廃止し(52年)、放送行政の権限を政府の手に移したことで政治介入の歴史が始まった。
 戦後初代のNHK会長、高野岩三郎氏は就任のあいさつで「権力に屈せず、ひたすら大衆のために奉仕すること」を新生NHKのあるべき姿として提起した。
 しかし、放送民主化運動の担い手たちがレッドパージにあい、また吉田首相が高野氏の目付け役に送り込んだ古垣鉄郎氏が次の会長になることで、戦後の「NHK改革」は挫折する。
 その後、NHKは民放との免許争奪戦でも、政府・自民党との政治的パイプを使って有利に権益を拡大した。とくに80年代以降は、衛星放送、デジタル化、ハイビジョン普及など国策の推進に「先導的役割」を担い、こうした権力との「持ちつ持たれつ」の癒着した関係が、結局は今日のNHKマンモス化や「自主規制」という名の権力迎台につながっている。
 同じ公共放送でも、英国BBCとの違いは明白だ。権力に対して、ジャーナリズムとしての筋を通し、徹底して公開性を貫くことで視聴者に信頼され支えられているのがBBCだからだ。
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 前田義徳会長時代の66年に、NHKが実施した世論調査「日本の安全と独立」で、「非武装中立」(42%)が「安保条約継続」(27%)を大きく上回ったことがあったが、NHKはこの項目をさしかえて放送した。
 政府に都合の悪い世論調査の結果が放送からカットされる事件は、その後も消費税問題などでくり返されている。
 政府・自民党がNHKに介入する場合、「武器」に使うのは、予算と人事である。NHK予算については「総務大臣が意見書をつけて国会に提出する」仕組みだが、介入がその時期に集中しているのは示唆的である。
 不当な介入は世論をバックにたたかえぱいい。
 だが、歴代NHK首脳陣は「権力に屈せず」「大衆とともに歩む」戦後NHKの初志と裏腹に、権力に対して事なかれの対応をとり、トップの保身や自己の権益拡大とひきかえに、ときには進んで権力の片棒をかついできたのである。「海老沢体制」になって、この傾向は一段と加速化した。
 いま大事なことは、国民レベルで徹底的にNHK問題を論議することである。その際、@独立行政委員会制度の復活、A制作者・ジャーナリストの内部的自由と、内側からの民主的チェック体制の確立、B情報公開の徹底と、経営委員会の民主的選出など視聴者代表の経営への直接参画ーーを押さえておく必要がある。

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