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国内最大の自動車部品メーカー・デンソー
請負労働者は、低賃金に加え、健康保険にも入れません。なぜこんなことになるのか。

2006年4月16日号「しんぶん赤旗」日曜版より

■働けど保険なし トヨタグループ企業の請負労働者

 1兆円を超える史上最高益を更新し続けるトヨタ自動車。しかし、トヨタグループの"御三家"に数えられる国内最大の自動車部品メー力ー、デンソー(本社、愛知県刈谷市)の工場で働く人たちの話は、にわかには信じがたいものでした。
北條伸矢記者

健康保険、厚生年金、雇用保険、所得税のいずれも天引きが見当たらない佐藤広子さん=仮名=の給与明細

 職を求め、全国から人が集まる愛知県。十数人が暮らす業務請負会社の寮を訪ねました。倉庫を改造した建物に入ると、トイレの異臭が漂ってきます。
 日当たりの悪い3畳ほどの部屋に住む20代の佐藤広子さん=仮名=は数カ月前、北海道から出てきたばかり。万年床。雨漏りする天井。段ポール様の壁に穴が開いています。
 「北海道は時給が安い。電話一本で雇うと言われ、見知らぬ女性から空港で航空券を受け取った。ぽろい寮で最初びっくりしたけど、もう憤れちゃった」
 寮費・食費を引いた手取りは月10万円前後。給与明細を見ると、健康保険、厚生年金、雇用保険や所得税も天引きなし。公的保険に未加入なのです。
 北海道で働いていた時は健康保険に入っていました。派遣・請負でも、2ヵ月以上続けて働けば健康保険の強制加入対象です。
 「正社員じゃないから保険なしが当たり前と思ってた」と佐藤さん。「しばらく頑張って働きたい。やっぱ、健康保険なしはやばいですよね。胸が苦しいと同じ寮のおじさんが救急車を呼び、大騒ぎでした。保険はどうしたのかなあ」

 1年以上寮に住む30代の田中裕さん=仮名=が言います。
 「おれたちの請負会社の上に別の請負会社があり、その上にもある。"三重人貸し"だね。工場の入門証は一番上の請負会社の名前だ。そこの社員じゃないのに。昼夜交代で、正社員よりきつい。何でおれたちが健康保険に入れないんだ」

 佐藤さんと田中さんが通うのはデンソー西尾製作所(愛知県西尾市)。同社によると、正社員6900人、「それ以外」1876人が働いています。



 企業が非正規労働者を健康保険にさえ加入させないーー。国民皆保険制度の安全網から締め出される"保険格差"が広がっています。
 「この前、仕事で腰を痛めた。健康保険どころか労災保険もないので自腹で整体に行った。5千円くらいだったかな」

 デンソー西尾製作所で働く請負労働者の田中裕さんが語ります。
 本紙の問い台わせにデンソー広報部は「当社は、労働保険・社会保険の加入に関しては、法律を遵守(じゅんしゅ)し適切に対応しております」としていますが、請負労働者の実態は還います。

佐藤広子さん、田中裕さん=いずれも仮名=が暮らす業務請負会社の寮の内部









デンソー西尾製作所の門前

例外ではない

デンソー西尾製作所の入門証を手にする田中裕さん=仮名=

 デンソーの事例は例外ではありません。デンソー以外のトヨタ関連主力各企業で働く派遣・請負労働者に聞きました。

 「何年か前、請負でも健康保険に加入させるようにという派遣先(トヨタ関連大手)の指示があり、強制加入になった。工場で事故があって派遣先があわてたみたいだ。今はまた無保険だよ」
(内装部品工場、北海道出身の39歳男性)

トヨタ関連企業の工場に出勤する人たち=いずれも愛知県内



          巨大工場で無保険

          「不安でたまらない」

          大企業は負担逃れ

 「以前キヤノンの工場にいた時、入院したことがある。保険がなく不安でたまらない」(同、宮崎県出身の21歳男性)

 「会社の健康保険がない。自分で国保に入った」(駆動部品工場、鹿児島県出身の49歳男性)

 「正社員以外でも保険に入れるなんて初めて聞いた」(空調部品工場、北海道出身の46歳女性)

 関係者によると、1万人以上を全国で雇用し、トヨタ関連にも人を送る大手請負会社「高木工業」では、昨年夏時点で約4割の労働者が健康保険未加入でした。同社には会計検査院と社会保険庁の検査が入り、今春から全員を強制加入させました。

抜け道もある

 日本有数の巨大工場で、なぜ無保険状態が放置されているのか-。
 近年、人件費抑制のあおりを受け、働き手を外部から調達する派遣・請負への置き換えが拡大しています。半数以上が非正規労働者という事業所も珍しくありません。
 直接雇用から間接雇用になり、健康保険加入といった企業の社会的義務も直接責任を負わなくなりました。大企業側は、無保険の労働者がいても派遣・請負会社に責任を転嫁しやすくなります。
 労働者が加入する政府管掌健康保険や組合管掌健康保険では、保険料の半分以上を企業側が負担します。大企業の単価切り下げ圧力のもとでしのぎを削る派遣・請負会社にとって、コスト削減は至上命令で、保険料負担を回避しようとするのです。
 トヨタ関運企業と契約する大手請負会社の管理部門職員が説明します。
 「役所に見つからなければ未加入でやろうというのが会社の考えです。短期で人を入れ替えたように見せかければ抜け道もある。1円でも手取りが高い方がいいという現業員(労働者)も多い。でも、医者にも行けず、年金ももらえなくなるのは現業員自身なのです」

自動車に同乗して出勤する請負労働者=愛知県内



制度から排除

 『あなたの知らないトヨタ』(学習の友社)を昨年末出版した愛知労働問題研究所副所長の伊藤欽次さんが指摘します。
 「れっきとした働き方をしている派遣・請負の人たちが健康保険に入れない事態は、格差社会どころの騒ぎではない。公的保険制度からの排除です。大企業は実態を知っているのに知らぬ顔をしているだけなのです」

日本経団連

「社会保険料の企業負担ゼロに」

 非正規雇用拡大の旗振り役である日本経団連の奥田碩会長は「今の日本で凍死したり餓死したりする話はほとんど聞かない」「多少の格差があることはおかしくない」(「日経」4月7日付)と公言しています。
 2003年1月に日本経団連が発表した「奥田ビジョン」では、「雇用の多様化」の中で現行の保険制度が機能しなくなったと指摘。「企業の従業員についても、自営業者と同様、保険料を全額本人が負担する方法に改めることが考えられる」と、企業の社会保険料負担をゼロにするよう主張しています。





日本共産党衆院議員 佐々木憲昭さん

直ちに是正を

 トヨタは日本最大の自動車会社で、奥田磧(ひろし)日本経団連会長の出身企業です。その関連主力企業で、健康保険にも入れない労働者が働いているのは驚くべき事態です。
 これは偶然の産物ではありません。根源にあるのは、「ある程度の格差は悪くない」と公言する小泉内閣や財界が進めてきた労働法制の規制緩和です。この路線の抜本的見直しが必要です。
 私が2月に国会で追及しましたが、東京の派遣・請負事業所の8割で〃多重派遭〃などの違法行為が横行しています。健康保険未加入も直ちに是正すべきです。国会でも、こうした事態を野放しにしている大企業の責任を追及していきたい。



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