随筆集「そばの香り」

あ  と  が  き

 

 まえがきでも書いたように、これらの文章は、私が文章というものを書き始めてから、ほぼ一年半の間に書き綴った拙文ばか

りである。そんな頼りない状態で、よく途中でタネが尽きなかったものだが、どういう訳かひとつ書き上げる頃には、もう次の

構想ができ上がっていたようである。

 全体を見渡してみると、上達しているのかどうか自分ではわからないが、文章が変化しているのは確かである。最初の頃の文

章は今読み返すと、これでも推敲がなされているのかと思うような所もあるが、文章修業の過程をそのまま記録に残すという意

味で、敢えて手を加えなかった。

 文章の長さということから見ても、最初の頃と最近のものでは歴然とした差がある。文章を書く時、私は普通、頭の中に構想

がすべて完成してからでないと、筆をとらないことにしているので、そういうことから言うと、一回に頭の中にまとめられる文

章の量が、段々に増えてきたと言えるかも知れない。

 しかし百關謳カに言わせると、文章でも落語でも、話の筋で人を楽しませるのはまだまだ駆け出しで、噺家も真打ちになると

話術で人を楽しませるので、筋は二の次でも面白い。文章も同様に、面白い出来事を書いて面白いのはあたり前で、日常のごく

ありふれたことを書いても、人を納得させるようにならなければ、本物とは言えないそうである。

 そう言われて自分の文章を読み返してみると、まだまだ人に読んでいただけるようなしろものではない事を痛感する。そんな

ものを敢えて出版した張本人としては、非常に心苦しいが、それ以上に、無理をして最後まで読んでいただいた方々に、まず心

から感謝の気持ちを捧げて、お詫びしなければならない。そしてこの本が自分自身にとって、次の段階に飛躍するためのジヤン

プ台となるよう望むばかりである。

 最後に、この本の出版に際しては、立花書房の頴原信二郎氏にたいへんお世話になった。又表紙のそばの絵を母が描いてくれ

たことも、私にとって非常に幸せなことであった。ここにあらためて感謝の意を表したい。

 

昭和六十一年初秋  畑野 峻