2004年8月    「ネイサン3度目の来日」




○1991年、15歳のときに「横浜国際こども平和ミュージカル」のカナダ代表で来日して我が家にホームステイしたネイサンは、4年前の2000年にYAET(横浜市採用の英語補助教員)として再来日して横浜に1年間滞在して帰国していたが、このたび、タイの子供を支援するNGOのスタッフとして同国に赴任する途中の1週間を日本で過ごすため、我が家にまたやって来た。                 

○滞在期間は4日から10日までだけであったため、私は5日から11日まで北海道ツーリングの予定でフェリーの手配も済んでいたが、急遽断念。5日は彼にとって想い出深い横浜のみなとみらい地区(こどもミュージカルはパシフィコが会場であった)を案内し、6日はまだ行ったことがなかったという富士山にドライブに連れて行った。

○中華街で。 ○ベイブリッジを背に。
○富士5合目で。 ○白糸の滝で。

○私は8日から10日までは九州に行ったが、10日に離日するまで彼は、娘に六本木に連れて行ってもらったり、YAETとして働いていたときの中学校の校長先生のお宅に呼ばれたりと、「第二のふるさと」と称する横浜を十分楽しんでいった。

○ネイサンの妻のジョディは今年無事、弁護士の資格を取り、現在バンクーバーの法律事務所に勤めている。しかし、ネイサンはYAETを辞めて帰国後大学に入り直して教員の資格を取ったものの、ブリティッシュコロンビア州政府の緊縮財政の影響で教員の採用が少なく、まだ仕事がないため、今回のNGO職員採用に応募し、外国人スタッフとして1人だけ選ばれ、6ヶ月間タイに赴任するのだという。
給料は少ないがジョディの収入がよいので心配ない、来年カナダに帰国後はたぶん教員になれるだろうと、まったく屈託がない。

○タイのNGOの仕事は、例えば、山岳民族の子供達を人身売買から救出したりするような、かなり特殊な活動のようである。15歳の時の来日がきっかけでアジアに関心を持ち続けるようになり、国際ボランティアとして活動するようになったようだ。いずれはまた日本で仕事をしたいと言うので楽しみである。