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それは20年ほど昔の事。 サイラーグ。 えぐれた大地が所々顔を覗かせている場所。 そこでは、多数の人々が家を建て、道を造っていた。 広い畑を耕し、野菜や果物などを植えていった。 ……廃墟と化したその街を復興させるために。 「……ふぅ……」 暑い日差しの中、少女は一息ついた。 長い黒髪、白い肌。 清楚な印象を与える彼女は、手を休めた。 「だいぶ、進みましたね……」 見渡すと、彼女が植えた若木が広がっている。 満足そうに微笑む少女。 と、彼女の背後に人影が現れる。 「シルフィールさん、お茶にしませんか?」 中年の女性が少女に声をかける。 「ありがとうございます、エレノアさん。すぐに、そちらに向かいます」 少女――シルフィールは、にっこり笑って答えた。 サイラーグに建っている家の1つ。 そこに、女性達が集まって午後のひとときを過ごしていた。 もっぱら話題になるのは、やはりこの地で起きた謎の滅亡である。 「それにしても、この街はよく酷い目に遭うねぇ(ぱくっ)」 クッキーを1つ口の中に放り込みながら、ドーラが言った。 「まったくだね。遙か昔、魔獣ザナッファーに滅ぼされてたんだろ?ここは。エレノアも知ってるだろ?」 「ええ。で、その後は何も起きなかったというのに、数年前にまたいきなり壊滅ですってね」 「呪われているのかねぇ?(もごもご)」 「でもほら、ある旅人が言ってたけど、人によって話が違うらしいわよ」 「どういう事だい?。……ちょっとドーラ、あんたクッキー食べ過ぎだよ。それ以上太ってどうするんだい」 香茶の入ったカップを手にしながら、赤髪のジェシカが尋ねる。 「放っておいてちょうだい。……何でも、ここが壊滅したって後で、2通りの噂が流れたらしいよ。神聖樹フラグーンを残して後は何もかも無くなってしまった、ってのと、逆に神聖樹は無くなっていたけど後の街並みは変わらず残っていた、って。……(モグモグ)」 「でも、結局調べてみたら、神聖樹は無いし街も何も残っちゃいなかったからねぇ。噂なんていい加減なものだよ。」 「そうそう。……あら、シルフィールさん、やっと来たわね。いらっしゃい」 扉の向こうから現れた黒髪の少女に向かい、エレノアが優しく声をかける。 「お邪魔します」 軽く頭を下げて、シルフィールは部屋へと入った。 「しっかし、あんたも若いのに、よく頑張るねぇ!(むしゃむしゃ)」 体格のいいドーラにどすんと背中を叩かれ、彼女は思わず転びそうになる……が、かろうじてそれを堪えた。 「……ここは、わたくしの故郷ですから」 ちょっとだけ寂しそうに微笑むシルフィール。 「そうね。……私の主人もここで育ったんですよ」 「あたしも、小さいときはここで育ったんだ……やっぱり、放っておけなくてねぇ(パクパク)」 そう、ここでサイラーグを復興しようとしている人々は、何らかの形でサイラーグに関わり、この街を愛した人達であった。 幼い時をここで過ごした者、旅の途中でここに寄りかつての住人に恩義を受けた者……。 そのような者達が集まり、サイラーグの復興を始めてから数ヶ月が経っていた。 苦労の甲斐あってか、まだ昔には及ぶべくもないが、小さな村といったくらいには復興していた。 「街も大分できてきたし。頑張って、元通りにしなくちゃね」 ジェシカが宣言し、皆は笑顔でそれに頷いた。 「あ、お茶を入れなくては」 「ありがとうございます、エレノアさん」 「そうそう、シルフィールさん、あんたもこれを食べて体力つけな…………」 「……」 「……」 沈黙が流れ、皆の視線は1人の女性に集まった。 「(モグモグ)……な、何だい!?」 「クッキー……1つも残っていないんですけど……?」 空の皿を見せながらエレノアが言う。 「えっ!嘘でしょ!?(ごっくん)たったあれしか用意してなかったの?」 「あれだけって……結構多かった筈じゃないの!」 ジェシカも呆れながら言う。 「シルフィールさん、かわいそうじゃないですか。せっかくこのクッキーを食べるのを楽しみにしていらしたのに」 女性達のジト目におろおろするドーラ。 「(そんなこと思っていませんが……)あ、あの、みなさん……わたくしの事は気にしなくても……」 「いえいえ、シルフィールさん。こういう事はきちんとけじめを付けておかないと」 「そうだよ。じゃないと、ドーラにこの村の食料全部食べられちゃうよ」 「そこまで言うかい、ジェシカ!」 「あの、ですから、わたくしは……」 「しーっ!黙ってなって、今いいところなんだから!ふふふ……血が燃えるねぇ」 「……いいところ……って……?」 「ドーラさん。私もクッキーを食べたかったのですが」 にこにことエレノアが言う。 「これは、今すぐ私達のクッキーを焼いてもらってついでに夕飯の支度と洗濯をしてもらわないと割に合いませんわね♪」 「エレノア、にっこり笑顔で言う事じゃないだろ!」 ……温かい香茶で楽しいひとときを過ごしていた時。 それは突然始まった。 「シルフィールさ〜ん!!!大変だぁっっ!!!!」 扉の向こうから慌てた声が聞こえてくる。 「どうされました!?」 こちらも香茶の入ったカップを置くと、急いで部屋を飛び出した。 「あらあら、シルフィールさんったら、香茶まだ残っているじゃないですか」 「もったいないから、あたしがもらおうっ!!」 「だーっ!またそんなに砂糖を入れて!!だからあんたは痩せないのよ!」 「放っといて!」 ……女達の呑気な会話を残して。 「一体どうしたんですの?」 「それが……」 中年男性が答えるより一瞬早く。 街の外れに火柱が上がる! 「……あれはっ!?」 「デーモンっ!デーモンが現れたんだっ!!!」 「デーモンですって!?」 男に導かれるままに走ると、そこには確かにデーモンがいた。 そのデーモンに向かい、必死で剣を振りかざす男達が数人ほどいたが、相手にダメージを与えている様子は全く無い。 怪我らしい怪我をしていないだけでも奇跡である。 ……レッサー・デーモン。亜魔族であり、それほど上位のものではない。 しかし、その強さは、一般人にとっては脅威である。 かなりの力量を持つ戦士・魔道士でないと、返り討ちにあうのが常だからである。 「頼むっ、シルフィールさんっ!!!あんたしか、魔法の使える人はいないんだ!!!」 男が懇願する。 シルフィールは今のサイラーグの中で唯一魔法が使える人物だった。 重たいものを運搬するために、浮遊(レビテーション)を用いて男達を手伝った事も1度や2度ではない。 基本的に、彼女は攻撃呪文が苦手であった。それに元々、火などの元素を用いた精霊魔法は魔族には通用しない。 だが、彼女は最強の黒魔術である「竜破斬(ドラグ・スレイブ)」を使う事ができた。 昔、恋した男について行くため、そしてライバルの少女に対抗するために覚えた術である。 神を称え魔を憎むべきである巫女がこの世界の魔王の力を借りた術を使うなど、……あまり世間に広めたい事ではないだろう。 しかも、場所が場所である。いくら外れとは言え、ここで竜破斬なんか使った日にはせっかく再建中のサイラーグが再び灰塵に帰す事請け合いである。 どこぞの女魔道士ならば、平気で術を放ちそうな気がするが。 「と、とにかく……みなさ〜ん!!!!そのデーモンから逃げて下さ〜い!!!!」 できる限りの大声で叫ぶ。そして、‘混沌の言葉’と唱え、術を発動する! 「火の矢(フレア・アロー)!!」 その澄んだ声に導かれるように、炎が彼女の前に現れる! ……人参サイズの炎が。 彼女の言葉に従い逃げつつあった周りの男達も、その妙な光景に思わず足を止め眼を丸くしてしまった。 (うう……だから、あまりこの術は使いたくなかったのに……) 心の中で涙を流しながら、彼女は炎をデーモンへと向かわせた。 じりじりじりっ。 お世辞にも速いとは言えない速度で、ゆるゆると炎が宙を動く。 そしてデーモンへと当たり、ぽすっと軽い音を立てそのまま消えた。 「……?」 何か背中に当たったと感じたのか、デーモンがシルフィールの方を向く。 (こ……怖い……けど、わたくしがどうにかしないと……) 気を抜くと奮え出しそうな気持ちを押さえ、彼女はデーモンへと挑発的な視線を放つ。 「さぁ、あなたの相手はわたくしですわ!」 無論デーモンには言葉の意味など分かりはしないだろうが、それでも目の前の女が自分に敵対しようとしている事は分かったようだ。 やおら身体の向きを変えると、彼女の方へと炎を放つ! 「封気結界呪(ウインディ・シールド)!」 防御呪文ならお手のものである。 彼女が張った風の結界は、デーモンの放った炎を軽々と弾き飛ばした。 (後は、このデーモンを遠くへ引きつけて、街の外で竜破斬を使って倒して……) デーモンを誘い出そうとしたその時。 彼女は動けなくなった。 ――既視感。 しっかりとした体躯が彼女の前へ躍り出て、デーモンへと切りかかった。 彼女の目の前で、剣士は華麗な剣さばきを見せている。 その手に握られる剣は、物理攻撃が効かないはずのデーモンに傷を与える。 さらさら……と宙に舞うは光り輝く長い金髪。 そして苦しみに悶えるデーモンの咆哮が響く。 ――黒い鎧に身を包んだ青年が魔族を闇に返すのに、そう時間はかからなかった。 「大丈夫かい?」 そっと手を差し伸べる剣士。 その顔は美しく整っていた。 優しく聞いてきた声は、とても懐かしいもの。 (……ここにあの人が居るはずないのに……) 思わず彼女の頬に涙が流れる。 そして、呟く。 「……ガウリイ……様……?」 |